「おださんは、もっと自分のことを・・・
好きになったほうがいい」
・・・・なんて
”その言葉、そっくりそのまんま、
あなたにお返し差し上げるわん”
とか、
ちょいと大人なつもりの私は・・・
言わないけれど(どーん)
相手に「好き」を見たときそれは、
自分の中に存在する「好き」を見ていて、
相手に「嫌い」を見たときそれは、
自分の中に存在する「嫌い」を見ているのだと、
なんだか、そんな言葉が今更ながら、
ずしんとココロに突き刺さる。
・・・そうなんだ。
あなたが自分を嫌っていて、
そんな潜在意識から逃れるように、
自分を客観視することなどなく、
相手の非(?)にばかり着眼して・・・
それはある意味、
「本当の自分」
からの逃避でもあったりするんだもんね。
「好き」
の対比語は
「嫌い」
ではなく
「無関心」
だから
「嫌い」
の対比語はもしかしたら
「自己愛」
・・・なのではないかな?
自慢ではないが今の私は、
少なからずとも自分のことが
「嫌い」
だったりもしてみるの。
そこに存在するものは、
紛れもなく「自己愛」だったりするもんで、
だからこそ
「自分が嫌い」
なのだと感じてしまう。
「もっと自分を好きになった方がいい」
そんな言葉を
言われた言葉それらはたぶん、
真実でもありそしてきっと、
自己愛がもりなす「謙虚」からの逸脱でもあるのだろう。
・・・自分が好き
大切なんだろうけれど、
きっと大切なんだろうけれど、
・・・それだけじゃ、
だめなんだ。
そこにはきっと、
「謙虚」
や
「向上」
など、本当に大切なものはないのだから。
だから今日も、
「嫌いな自分」
そのまんま
そのまんまでただこの瞬間を、
生きてみようと思うんだ。
・・・しょーちゅー
片手に
・・・何か?