『人は、何のために生きるのか?』
今更ながら、そんなテーマに
取り組まねばならないことが起こっていた。
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『お前もな、いい加減、
正社員として働いたらどうや?
給料だって保証されるし、
ボーナスだってもらえるやろ?
なんでわざわざ、
そんなわけのわからん仕事してるんや?』
・・・先日、夕食後の静かなひととき、
父親からの電話が鳴った。
開口一番、私に、
『正社員で仕事をしろ!』
という。
元来、穏やかな気質の人ではないので、
その声はすでに怒り心頭![]()
『いきなり何いうてんの?
なんで・・・じぃちゃんの思い通りに生きなあかんの?
私は私の人生を生きてるだけで、
じぃちゃんの人生じゃ、ないやんか?
なんで私の人生まで、
自分の思い通りにしようとする?』
・・・ある程度の年齢を重ねてからというもの、
父のわがままな言い分にも、随分と、
『あ・・・そう
』
と受け流すことができる様になった私であったが、
この夜はおいしいワイン![]()
を頂いた酔いも手伝って、
おもむろに父に反抗した。
『人生って・・・お前、
そんなこと言えるほど、
偉い人間と違うやろ!!
バカなこと言うてんと、
雇ってもらって仕事しろ!』
父は益々、声を荒げる。
『あ、そう。
じゃ、じぃちゃんはなんで、
サラリーマンになれへんかったん?
(父は自営業者です)
誰かに雇われて仕事して、
生きていたくないからってずっと、
そうやって私に言ってたよね!
私も同じと違うんかな?
安定したお給料で毎日同じ時間仕事して、
そこに幸せとか喜びを感じることができへんから、
だから自立したんやんか?
怒るんやったらDNAとか、
サラリーマンとして生きひんかった、
自分の人生に怒ったら?
子供は親の背中見て育つんやで!』
反論しようとするけれど、
なんの言葉さえ
捜すことができない父。
電話の先では相変わらず、
『でもな・・・
安定した給料が・・・』
などと理由にならない理由を必死で述べている。
・・・バカバカしい![]()
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静かに電話を切ってから、
私はしばし考えた。
”きっとこんな風にして、
親からの呪縛に苦しんでいる・・・
そんな方が多いんだろうな・・・”
このときばかりは父の荒い気性さえも、
受け継ぐことができている自分がありがたかった。
なぜなら私は父へ、
自分の言い分を伝えそして、
まったく違う世界で生きていけるだけの度量を、
すでに蓄えることができているのだから。
きっと『いい子』として育ってきた方は、
『親の言いなり』
の人生を、余儀なくされてらっしゃるのだろう。
例えそこに、
『自分の望む人生』
が無かったとするにしても・・・
親からの洗脳、呪縛はその人の、
『人生』
を大きくゆがめてしまう怖さをもつ。
子供が親を殺してしまう・・・
そんなニュースを耳にするたび、
どうしても、
親側に同情できない私がいる。
親は、
『支配者』
なのか?
『権力者』
なのか?
自らでさえ、
『人生の路頭』
で迷っているのに、
またそこにさえ、
気づこうともしないのに、
では子供に一体、
何をもって
何を教えようと言うのだろうか?
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母:のりちゃんも随分と、
今の私には理解を示してはくれなかった。
『安定した給料』
『ボーナス』
『有給休暇』
が、人の幸せなのだと思っている。
(それが幸せだと思う人は、
自分がそういう人生を送ればいいだけのことで誰かに、
無理矢理押し付けるような価値観ではない。
また、安定が幸せだと思う人達は、
安定という幸せを頂くことができているなら、
そこに文句や愚痴を言うのではなく、
”ありがとう”と思えた方がうんと幸せ。)
『みえこに一体、何ができるん?
大した人間じゃないやんか!?』
その言葉が吐露されるたび私はいつも、
『そんな大した人間じゃない人間を生んだのは誰?
育てたのは誰?』
と言っていた。
『解って欲しい・・・』
とは言わない。
だけど、
『見守る強さ』
をなぜ持たない?
『信じる勇気』
をなぜ持たない?
”あなたの生んだ子供でしょう?
あなたの育てた子供でしょう?”
と、私はずっと思っていた。
・・・大きな体調不良の時期からようやく、
改善をみせてきた最近ののりちゃん。
『あんた(おだろー)の今やってることが、
なんとなく・・・
人の役に立ててるのかな?
って、思えるようになってきた。
あんたの伝えることで誰か一人でも、
ココロが楽になるのなら、
仕事・・・がんばりや!!』
と、初めて背中を押してくれたとき、
本当に私は嬉しかった。
自分が大した人間か?
大した人間じゃないのか?
なんてことは問題じゃない。
ただ、
知ってる人間、
気づいた人間、
学んだ人間、
は、伝えてゆかねばならないのだと、
そんな使命感が私を動かすだけなのだと・・・
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『人は、なんのために生きるのか?』
この問いに私は、
即答できる自信がある。
それは、
『あぁ、楽しい人生だった!
幸せな人生だった!
生きるって案外、
楽しくて幸せなことだよ!
みんな、ありがとう。
また、また、会おうね!!』
そういって、笑って棺に収まること。
ここなんじゃないのかな?
って。
笑顔で棺に収まるために、
私達は生きている。
それを実現させるには、
今の私にとって、
『安定』
はあまり必要ではない。
多少のリスクがあったって、
多少のがまんがあったって、
それらこそが大きな冥途の土産に
・・・なるんだ。
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『何かをしよう!』
と思うとき。
まずは、
『神様からのテスト』
が、お約束。
それはいつも、
自分の確固たる意思を確認させられる、
そんな内容となっている。
今回の父からの電話では、
『まだ・・・続けるのぉ~?
また、やるのぉ~?』
という、神様からのイヒヒ笑い
が聞こえたような、
そんな気がした私だった。
迷いは・・・ない。
『はいっ!![]()
もちろん、やります
』
イヒヒ笑いで即答しよう。
そうして父に感謝をしよう。
『とーちゃん、神様からの試験の代弁、
ありがとよっ![]()
でもって、ブログのネタまで・・・
感謝ですぅ~
』
・・・今日も、素敵な一日を生きましょう![]()