皆様、こんにちは。おだろーです
本日もお越し頂き、本当にありがとうございます![]()
・・・もう、日本中が大騒ぎでこの数日、
どこをどの角度からどう見ても
”のりピー”
一色。
いえ、もちろん私も、
”無事に出てきて欲しいなぁ~
”
と考えておりましたので非常に関心をもちながら、
メディアの報道を見つめておりました次第です。
・・・今はもう、
このまんま記事にせず、
スルーすることはできないな![]()
・・・
数ある報道番組の中で、
「確固たる正義」
「裏切り者のりピー」
「怒りを覚える!」
と主張する彼らはいったい
「なぜ、彼女をそこまで責めることができるか?」
と問いたい気持ちになってしまう。
いえ、もちろん、
薬物(特に違法なもの)はいけないし、
ましてや自分の立場・・・
を考えずして起こした今回のドラッグ事件は、
のりピー
の
「甘え」
「甘さ」
が導きだした結果なのであろうと思います。
でもね、
そこに手を染めてしまった
いや、むしろ
手を染めなければ
いられなかった
「人間・酒井法子さん」
としての
「ココロの闇」
にどれだけの人が関心を示してくれているのだろう?
人は、人を責めることができるほど、
誰にも迷惑を掛けず
誰をも傷つけることなく
・・・生きることができているのかな?
どんな人でも例えば、
生きているというだけできっと、
誰かに迷惑を掛けていたり
誰かを傷つけているはずなのに
自分のそれらを見つめることなく、
「裏切った!」
だの
「腹が立つ!」
などと言っては攻撃する。
また、
どれだけの人がメディアの作り上げた虚像のイメージに翻弄され
絶望し、勝手に怒りを覚えているのかと・・・
「イメージイメージ!」
と騒いでいるのは結局、
メディアに踊らされている人間達の
「勝手」
じゃん。
「メディアが作り上げた虚像のもの」
を、
勝手に
「更に膨らませて決め付けて」
いるのは見ている側の身勝手で、
それが期待通りじゃなかったからといって、
彼女を責めるのは全くのお門違いでは・・・
ないのかな?
こうやって多数決によって人はまた、
「悪人」
「裏切り者」
を作り上げてゆくんだ。
解ろうとなんか
全くしようともしないまんまに・・・ね。

私は直接、
”のりピー”
という女性を知りません。
ですからこれから私が記載するものは全て、
「憶測」
の域を脱しません。
だけど私は、
「こう見ている」
ということを、
少しでも多くの方に知って頂きたいと思うしまた、
今、
「ココロの闇」
と闘っていらっしゃる方。
「何かに溺れそう」
になってらっしゃる方にお届けできればな・・・
と思います。
![]()
「愛されるためには何だってやる!」
一見、
馬鹿げた考え方に見えるのかも知れないけれどこの
「愛されたい!」
という欲求は、
(特に)人間にとって
「地獄へ続く道」
をも厭わぬほどに
強烈な欲求なのだと思います。
特に女性で目立つのは、
「愛されるために貢ぐ」
「愛される為に子供を虐待する」
「愛される為に子供を殺す」
「愛される為に育児放棄をする」
およそ、直接犯罪へ結びついてしまったりまた、
後悔、自責の念に結びつくような結論しかもたらされることは
・・・ない!
というのに。
・・・
彼(または夫)の「愛」を自分の方に向けるには、
その先にどんな地獄が待っていると知っていてもそれでも・・・
「言いなり」
になってしまうのね。
例えばね、
今回の”のりピー”の幼少期からの”人生”は、
決して
”愛情”
に、満ち溢れたものではなかったようですよね。
いや、
そんな人はごまんと存在しているしまた、
だからといって
「犯罪」
に手を染めることを容認しているわけでも何でもないの。
ただ、
「愛人の存在」
が取り沙汰される
「結婚生活」
の中で
”のりピー”
が、
それでも旦那様の愛が欲しくて欲しくてたまらなくて、
「一緒に薬物をやらないことで、
旦那様の愛が他へ行ってしまうことが怖かった」
そう怯え、最初の第一歩を踏み出してしまったならそれを、
一体、誰が責める権利があるのかしら?
満たされることのなかった愛情を、
たった一人、
「旦那様」
という存在で満たされていたのであるとするならば、
人はいとも簡単に、
「奴隷化」
してしまうものなのだと思います。
後はもう、
ドラッグが日常化してしまうのにそう、
時間は掛からなかったのでは・・・
ないのかな?
![]()
ちょっと話が逸れるのですが、
キリストのお話の中にね、
不貞を犯した女性がいて、
その女性に皆で石を投げて殺すという
なんだかそんな時代と国があったのだとか。
そのときキリストが、
「投げたいのなら投げなさい。
ただし、あなた方の中で一度たりとも
過ちを犯したことがない人でなければならないが・・・」
といった趣旨のことをお話になったのだとか何だとか。
この「てきとー」なうる覚えが私の、
「宗教家ではない所以」
で申し訳ありませんがでも、
私たちにもこれらと、
同じことが言えるのでは・・・
ないのかな?
たった1度の過ちを、
「愛して欲しい!」
という欲求を抑えることができず感情的に(たぶんね)、
ドラッグに走ってしまったのりピーを、
ひどく
非難したり罵ったりできるのは、
きっとこの世に一人もいない。
もしのりピーが、
自分で愛情の器を満たすことができていたなら・・・
旦那様の愛を乞う、
そんな女性ではなかったら・・・
旦那様の愛が他へ行ってしまったときに、
「それも・・・仕方がないな・・・」
ともっと自分を大切にしてくれる人との未来を思うことができたなら・・・
「NO!」
と言える、強さと自分をもっていたなら・・・
きっとこんな風にはなってはいない。
![]()
人は弱い生き物です。
どんなに強そうに見える人にだって必ず、
「弱さ」
が存在する。
ただその「弱さ」を自分で受け入れ
自分で「変えてゆく」勇気を持たなければその
「弱み」
には必ず、悪魔が忍び込んでくる。
ですからね、
自分を
自分の弱さを
知りましょう。
そして自分を見つめましょう。
そこにどんな「苦しみ」が潜んでいたとしても
そこを見つめる勇気を持つことからしか、
人は立ち上がることはできないの。
私は、偽善者ぶるつもりはありません。
また、
優しい人でもありません。
ただ、一人の人間として母親として、
のりピーという女性には、
立ち直って頂きたいと願っています。
更生の道を、
閉ざす一人ではなくただそっと、
彼女の笑顔を待っていたいなと
思うのです。