母校の友人が家に遊びにきて、調子こいてパンツ一丁で庭で遊んでたら、蚊にさされすぎて、未だにそこら中かゆいボクです。奴ら血に飢えているので、速攻で攻めてきて、蚊取り線香なんてへの突っ張りにもなりません。
※注(田舎ではパンツ一丁で庭で遊んでいても、大丈夫なんです。)

大学を辞めると、よく聞かれるのは「大学どうだった?」ってやつ。
まぁ当たり前か。

ボクは純粋に「最高の学び場」だったと思う。
(辞めといて、よく言うよと言われればさーせんと言います。)

「大学で学んだことなんて社会じゃ役に立たない」

っていうのが、ことあるごとにキラーワードとして使われるけど、そんなこともねぇじゃねかと思う。

ボクは、浪人して、第一志望落ちて、合格した大学から選ばなきゃならんってなるまで、パンフレットも開いた事もない、ましてやオープンキャンパスなんて行ったこともない大学にいった。

だけども、学歴コンプレックスなんて一ミリもない。
(あ、一ミリもないは嘘です。大学名言って、知らないとか言われたら、ちっ慶應とかうかれば良かったとかちょっと思うwちなみに、第一志望は、慶應の商学部でした。目指すのは自由なんだからね!)

ボクは、1年からずっと同じゼミにいた。他の授業は行かなかったりしたけど、ゼミだけは行ってた。
それでも、つまらんなぁとか思うこともあって、やめちまおうかと思うこともあった。
でも続けた。
それに「ゼミ辞めるときは、大学辞めるとき」ってのは、ことあるごとに言ってたしね。
(結果的に逆になっちまったが、まぁ嘘はついてないからいっかと思っています。)
未だに、ゼミに行って学びたいなーって思う。

それだけ、教授が魅力的だった。本当に学べてよかったし、心から感謝している。
(教授には、虫だとか「名古屋のかみつき猿」とか呼ばれてました。)

とことでさ、大学の価値ってなに?
もともとは学問を研究する機関だった訳だけど、その色は薄れてしまってる。

大学生という特権階級みたいなので、遊び散らかせるから?
「新卒」というご身分で就活が出来るから?
教員免許が貰えるから?

ボクは、そんな「社会に決められた大学の価値」なんて下らないと思うよ。

大学ってやつはさ。
自分で価値を決められるから行く意味あるんだと思うんだよ。

社会に出てまだ半年とかだけど、大学で学んだことは最高に役に立ってるよ。

たった一人、この人から学びたい!と思える教授がいたらそれでいいじゃん。

読んでもらえてるかわからんけど、今大学生の人とかこれから大学人はたった一人でいいから、この人から学びたいって思える教授を見つけられたら、大学終わったときに、大学で「学べて」良かったといえるんじゃねぇかと思うんだよね。

偉そうなこと言っといて、お前親の金で大学行っといて辞めてんじゃねぇよと言われると、
「すいません。何も言えません」って言うしかないので、勘弁してください。
半年近くブログを書いてなかったので、久しぶりに書こうかと。

9月21日に東京の荷物を全部愛知に送って東京から完全撤退しました。
(実家に大量の荷物を送りつけ実家はボクの荷物であふれかえっておりひんしゅくをかっております。)

東京を離れて今思うことは、
10代後半から20代前半を東京で過ごせて本当に良かったなと。
実は、大学受験の時。
ばぁさんに、名古屋の大学に行くなら金塊あげると買収をけしかけられたことがあった。
数百万円ぐらいにはなったのかな?
当時から勘違いしていたボクは「金で俺を買えると思うな」と思い断った。
(なかなかやってくれるぜ俺。)

東京に行く前に、よく行っていた接骨院の先生に言われたことがある。
「東京に行くのはいいと思うよ。何より人がたくさんいる。人がたくさんいるということは、いろんな人・物があふれている」
これは、3年住んで確かになと思った。
いろんな人々に出会えて、色々学べた。
当たり前過ぎることだけど、本当にそうだと思う。
何よりも、人生の師に出会う事ができ、生涯の友人にも出会えた。
そして、人生賭けて成し遂げたいと思える夢も持てた。

夢だからさ。相当無謀なんだけどね。
まぁでも人生賭けるんだから無謀ぐらいがちょうどいいと思うんだよね。

成し遂げられれば、ボクは本物だった。ダメならまぁそれまでの人間だったということ。
ダメだったらダメだったでそれなりの人生を考えようと思う。
(楽観思考万歳。)

こんなテキトウなボクではありますが、
東京に行かせてくれて、大学を辞めることを許してくれた両親に何よりも感謝しております。

これを機にブログ名も変えました。
流浪人なので、またどこかに流れますよ。
ここ何回か、結構がっつりとブログを書いたので、今回はゆるりと。
ということで、また、我が妹のS子に登場してもらうことに。
まさか、妹ネタでブログが3回も書けるとは話題提供感謝するよ。
妹。

妹のS子は現在関西の大学に通っていて、朝晩二食付きの寮で豊かな生活をしている。
(兄は寒い中、朝飯を食うために米研いでいるというのに。)
学部のカリキュラムで、留学が必須なため英語を結構頑張って勉強しているらしい。
そのためか、会話に英単語が心なしか増えた気がする。母もそうだが、覚えた言語をところどころ単発で使ってくる傾向がある。母の場合は韓国語だ。
(ちなみにボクも妹も、親父の仕事の関係で3年韓国にいた。)

夏にうちにきたときは、流暢な関西弁をしゃべっておられたS子であるが、冬にはさらにグレードアップしてトリリンガルになっていた。日本語、英語、韓国語?それなら、まだカワイイ。関西弁をベースに、ちょっとの英語、ちょっとの韓国語である。
さて、おかしな点にお気づきの方もいるかもしれない。そう、母語である「共通語」がない。
(いやいや、愛知県は名古屋弁でしょ?とか思われた方もいるかもしれませんが、ぶっちゃけ名古屋弁をしゃべるのなんてK村市長ぐらいですよ。「どりゃうみゃーでかなわんわ」なんて聞いたこと無いし、ボクも東京に3年いるが地方出身だと気づかれることも滅多にない。)
ついに妹は母語を忘れ、関西弁ベースの、英語、韓国語ミックスになってしまった。
「ほんまに?オンマ(母)にそれアスク(聞く)しなくていいの?」という具合だ。もはや、無惨な言語をしゃべる妹を前に、ただただ見守ることしか出来ない。

次に会うのは、留学から帰ってきたときになると思うのだが、3言語のバランスがどうなってるのか見物である。