正気で言っているのか。
その「神王リョウ」だなんて、怪しい源氏名だけど、自分を神とか王などと思っているのか。
そんなに簡単に稼げるのなら、誰も苦労しません。
年2億も要らないからさ、その10分1で構わないので、俺の口座に振り込んでくれよ。
貴様にとっては安いものなのだろ。
おっと、ここで落とし穴に填まってはいけない、「年2億」とは、日本円とは抜かしていない。
どこか、よその国の通貨で、日本円に替えると、2円かもしれない。
それにしても、こんな狂ったバナー広告を載せた、サイト主は何を考えているのか。
鉄道トリビア
353 淡路島に鉄道があった - 電車も走っていた
南海電鉄の汐見橋駅は通称「汐見橋線」の始発駅。正式には高野線の起点の駅だけど、高野線の立体交差事業によって分断されてしまった。現在は汐見橋~岸里玉出間を往復するだけだ。「都会のローカル線」「忘れられた本線」などと紹介されたりする。
汐見橋駅の開業は1900(明治33)年。開業時の駅名は「道頓堀」だった。現在の駅舎は1956(昭和31)年に建てられた。改札口の頭上に掲げられた昭和30年代の「南海沿線観光案内図」が、この駅の歴史と伝統を示していた。休日にはこの駅から行楽に出かける人も多かったのだろう。
2004年に筆者がこの案内図を見たときは、中央に少し破れたところがある程度だった。しかしその後は傷みが増して、破損面積も大きくなってしまったようだ。2016年3月23日の新聞報道によると、3月1日に撤去、廃棄されてしまったという。昭和30年代の鉄道や観光地の様子を残す貴重な資料なだけに残念だった。2004年の時点で額装、保存してくれたら……と思うと悔しい。
この「南海沿線観光案内図」は淡路島も描かれており、そこに赤い線が引いてあった。その線は南海電鉄ではなく、淡路鉄道の路線だ。淡路島には鉄道があった。
淡路鉄道は淡路島東岸中央部の洲本と淡路島南西部の福良を結んだ。どちらも港町で、当時は洲本と大阪・神戸方面を結ぶ船が発着し、福良と徳島県の鳴門を結ぶ船もあった。
淡路鉄道の路線距離は23.4km。開業は1922(大正11)年。全通は1925(大正14)年。当初は蒸気機関車で運行し、のちにガソリン気動車なども導入された。戦後は電化され、南海電鉄から購入した電車が走った。きっとその縁で南海電鉄と淡路鉄道は良好な関係にあり、南海沿線観光案内図にも淡路鉄道が掲載されたと思われる。
洲本~福良間の所要時間は1時間程度で、1日に30往復していたという。全線単線で、信号機による自動閉塞を導入。おもな踏切には自動警報器も設置されるなど、当時としてはかなり近代的な設備を持っていた。
淡路鉄道を利用して、本州と四国を結ぶ鉄道を整備する動きもあったようだ。国が建設すべき鉄道を定めた「鉄道敷設法」で、1953(昭和28)年に須磨~岩屋、福良~鳴門が追加された。淡路鉄道が洲本から岩屋へ延伸すれば、本州と四国が鉄道でつながった。しかし、淡路鉄道はその計画を待たずに廃止となった。
淡路鉄道の廃止は1966年。9月末日が最終運行日だった。廃止の理由は採算が合わないため。その原因は自動車の普及である。廃止のきっかけはその1年前の集中豪雨で、鉄道が寸断され、乗客が鉄道からバスへ移ってしまった。鉄道が復旧しても、バスの乗客が戻ってこなかった。
淡路鉄道は戦時中にバス会社と統合され淡路交通として再編されており、会社としても鉄道よりコストの低いバスを推進したようだ。ちなみに、淡路交通の公式サイトには、「当社は、もともと鉄道会社(淡路鉄道株式会社)として、大正11年11月に鉄道を開通させました」と記載されている。
淡路鉄道の当時の姿がYouTubeで公開されている。2014年に亡くなった鉄道模型趣味の達人、原信太郎氏が16mmフィルムで撮影した映像の一部を神戸新聞が映像ニュースとして報じた。2015年には洲本市でカラー写真も見つかり、11月に開催された淡路鉄道展で公開された。2016年は淡路鉄道の廃止からちょうど50年にあたる。貴重な資料を公開するイベントを期待したい。
-引用ここまで。-
> 昭和30年代の鉄道や観光地の様子を残す貴重な資料なだけに残念だった。
> 2004年の時点で額装、保存してくれたら……と思うと悔しい。
本気で仰っていらっしゃるのでしょうか。
普段から、小まめに利用する駅ではないから、何とも思っていないのではありませんか。
真面目なら、訪問したとき、懇願なされば良かったです。
元号標記と西暦表記、相変わらず、文章に統一性がありませんね。
文中、併記はありますが、
それも、昭和までで、「2016(平成28)年」というような、「平成」の記述は、一切ありません。
いったい、何故でしょうか。
この筆者様の頭の中は、どうなっているのか、まったく判らないです。
静岡ホビーショー
心躍らす模型のフェスティバル in 静岡
このゴールデンウイークは、どこへも遠出しませんでした。
その代わりとして、
来週、東静岡駅近くで開催される、鉄道模型のイベントへ行きます。
とても楽しみにしています。
こだま号に、1時間以上も乗ることは、初めてです。
ドキドキものですね。 o(^o^)o
鉄道トリビア
352 JR相模線を建設した会社は相模鉄道だった
相模鉄道は関東の大手私鉄だ。横浜~海老名間を結ぶ本線と、途中の二俣川駅から湘南台駅までのいずみ野線を運行する。現在は西台駅から羽沢新駅経由で新横浜駅までの路線を建設中で、完成すればJR東日本や東急電鉄と直通運転を行う予定だ。鉄道ファンだけでなく、不動産業界や東京へ通勤する人々からも、相模鉄道とその沿線が注目されている。
神中鉄道は厚木駅から始まったが、現在の相鉄本線は途中から分岐して小田急線海老名駅に到達した。
厚木駅への線路は回送線として残る
一方、JR東日本の相模線は東海道本線茅ケ崎駅と横浜線橋本駅を結ぶ路線だ。途中に海老名駅がある。しかし相鉄本線・小田急線の海老名駅とは250mほど離れている。橋本駅はリニア中央新幹線の駅ができるため、相模線沿線も注目だ。
相模鉄道とJR相模線は、東海道本線から海老名までを結ぶという意味ではライバルかもしれないけれど、平行ではなく八の字状だから競合していないと思われる。それにしても、相模鉄道とJR相模線は名前が紛らわしい。JR東日本が相模線を「湘南橋本ライン」などと称してイメージアップをしても良さそうだ。
路線名よりややこしい話は相模線の歴史だ。じつは、相模線を建設した会社は現在の相模鉄道である。しかも、相模鉄道は相鉄本線と相模線の両方を運営していた時期があるというから、なおのことややこしい。当連載第327回「JR阪和線と南海本線、どちらも同じ会社だった時期がある」と似たような経緯がある。
相模線と相模鉄道本線の歴史
現在はJR東日本が運営する相模線を相模鉄道が建設した。現在の状態になった理由は戦時買収だ。その経緯は相模鉄道の持株会社である相鉄ホールディングスのサイトで紹介されている。
発端は1917(大正6)年にさかのぼる。相模鉄道が創立し、茅ケ崎駅から厚木駅を経由して橋本駅に至る33.3kmの鉄道を建設した。開業は1921(大正10)年。茅ケ崎~川寒川間だった。1923(大正12)年には、寒川~西寒川間の支線が開業した。橋本駅までの全通は1931(昭和6)年だ。
相鉄本線となる路線は神中鉄道が全通させた。神中鉄道も相模鉄道と同じ1917(大正6)年に創立。開業は1926(大正15)年で、厚木~二俣川間だ。さらに横浜へ向かって延伸していった。横浜駅まで26.0kmが全通したのは1933(昭和8)年だ。
神中鉄道と相模鉄道の歩みは似ている。両者とも業績不振を経験し、東京横浜電鉄(現在の東急電鉄)傘下に入った時期もほぼ一緒だ。そして1943(昭和18)年、相模鉄道は神中鉄道を吸収合併する。おそらく東京横浜電鉄の意向もあって、業務効率化を図ったのだろう。
しかし、同じ会社に収まった2つの路線は1年あまりで引き離されてしまう。1944(昭和19)年に陸運統制令が発令され、相模線は国有化されてしまった。東海道本線と中央本線を短絡するルートが重要視されたためだ。神中線も1945(昭和20)年に東急へ委託され、大東急時代に加わることになる。
戦後、相模鉄道は独立し、旧神中鉄道区間を本線とした。しかし相模線は国有化されたまま戻ってこない。国鉄相模線となり、民営化でJR東日本の相模線になって現在に至る。
……というわけで、相模鉄道とJR相模線は名前だけではなく、経緯もややこしい。このトリビアを知っていたら、かえって乗り間違いを起こしそうなので要注意。誰かに話すときも路線名の言い間違いに注意しよう。
-引用ここまで。-
それがどうしたのですか。
日本の地理に疎い、訪日外国人のかたではあるまいし、乗り間違えることはありません。
誰かに話すことも無いでしょう。
いつものことながら、記事の要旨が見えてこないのですが。
タイトルの1行だけで済みますよね。
そのJR東日本様は、相模鉄道様との連絡乗車券を発売しています。
競合関係にはありませんよね。
せめて、文章表現は、たった、これだけの記事なので、統一して戴きたいですね。
> 横浜~海老名間を結ぶ本線と、途中の二俣川駅から湘南台駅までのいずみ野線を運行する。
その「駅」付いたり付かなかったり、「~」と「から」が混在するとは。
いくら、ゴールデンウイークの真っ只中と言っても、嫌々、仕事をしないで下さいよね。
【連載】
鉄道トリビア
351 世界最長のロープウェーは全長6,293m、どこにあるかというと…
杉山淳一 [2016/04/23]
日本のロープウェイは鉄道事業法の管轄だけど、その中では「鉄道」ではなく「索道」に区分されている。当連載は鉄道の話題をお届けしているけれど、今回は箱根ロープウェイの一部区間の運行再開を記念して、鉄道の仲間の索道の話だ。
神奈川県の箱根ロープウェイが4月23日12時から姥子~大涌谷間の運行を再開する。箱根ロープウェイは箱根登山鉄道と接続する早雲山駅と桃源台駅を結んでいる。運行は早雲山~大涌谷間と大涌谷~桃源台間の2組のロープウェーを接続する形になっている。
しかし、ほぼ1年前の2015年5月6日から全線で運行見合わせになってしまった。気象庁が箱根山を噴火警戒レベル2としたからだ。箱根ロープウェイの運休は噴火レベルに合わせた交通規制に沿った処置だった。約半年後の2015年10月30日から姥子~桃源台間の運行が再開された。4月23日の姥子~大涌谷間の運行再開で、大涌谷~桃源台間のロープウェーがフル稼働する。早雲山~大涌谷間は代行バスで連絡するという。
箱根ロープウェイは大涌谷駅で乗換えが必要とはいえ、路線全体では4,005mもある。日本最長のロープウェーだ。2009年には年間有料乗車人員206万4,241人でギネス公認記録「Busiest gondola lift(最も乗車しているロープウェイ)」を更新した。
しかし、海外にはもっと長距離のロープウェー路線がある。世界一はベトナムにあり、標高3,143mのファンシーパン山にある。ふもとの街サパと山頂を結び、距離は6,293mだ。2016年2月2日に開業した。
ファンシーパン山はベトナム最高峰で、インドシナ半島の最高峰でもあることから「インドシナの屋根」と呼ばれているという。外国からの登山客も多く、標高1,500m付近に簡易宿泊施設や食堂を備えた山小屋がある。そこから山頂への往復は2日がかりとのこと。サパから山頂へは片道2日かかるというから、往復で最短4日間の登山行となる。
サパ~ムオンフォア谷~ファンシーパン山を結ぶロープウェーは、片道の所要時間が約15分。いままで片道2日、しかも険しいムオンフォア谷を経由するため、健康で体力のある人しか行けなかった。そこにロープウェーなら15分で行ける。いままでの登山客はがっかりしたかもしれない。ベトナム総合情報サイト「VIETJO」によると、きっぷ代は往復で40万~60万ドン。日本円で約2,000~3,000円だ。
ロープウェーの輸送力は1時間あたり2,000人。いままで体力のある限られた人しか行けなかった場所に、大勢の観光客が訪れる。ロープウェーを開発したファンシーパン・サパ・ケーブル観光サービスは、第2期整備事業として、山頂付近に高級ホテルや観光施設を建設するという。その資材輸送もロープウェーが活躍しそうだ。
このロープウェーは2013年11月2日に着工し、営業開始まで2年半かかった。ベトナムでは同じ企業グループが、さらに長いロープウェーを建設中だ。こちらは島を渡る路線で、ベトナム南部のフーコック島とアントイ諸島のホントム島を結ぶ。完成すれば全長約7,900mとなって、世界一長いロープウェー路線の記録を更新する。
ファンシーパン山のロープウェーが開業する前は、やはりベトナムのダナン市にあるバーナーヒルズが全長5,772mで世界最長だった。つまり、ベトナムには北部、中部、南部に世界1~3位のロープウェーがある。ベトナムのロープウェイ巡り、やってみたい。
-引用ここまで。-
たった、これだけの記事の中に、「ロープウェー」と「ロープウェイ」と、
二種類の記述があるのですが。
これは、筆者様がおばかなのか、使われているマシンがおばかなのか、
どちらなのでしょうか。
黄金週間を目前に控えていて、精神がかなりたるんでいるのかも知れません。
そんな気がします。
鉄道トリビア
350 新幹線は地震発生から約3.6秒で非常ブレーキを作動させる
4月14日夜に発生した熊本地震で、九州新幹線の回送列車が脱線した。地震による新幹線の脱線は2004年の中越地震から数えて2回目。今回も脱線したとはいえ、転覆はしなかった。乗員も無事とのこと。任務が終わって基地に向かった回送列車だっただめ、乗客はいなかった。
今回の脱線事故も、地震に対する新幹線の安全性を裏づける事例となりそうだ。しかし、安全面で注目すべきは回送列車ではなく営業列車のほうだ。他の列車は地震発生後、約3秒で自動的に緊急ブレーキを作動させていた。
熊本県熊本地方を震源とした地震の発生は14日21時26分。時刻表をもとに4月14日のダイヤを作成し、21時26分頃の状況を調べた。営業列車だけを数えても、全部で9本の列車が稼働していた。このうち、速度を上げて走行していたと思われる列車は「さくら571号」「みずほ609号」「つばめ350号」の3本だ。これらの列車については報道されていないため、無事だったと思われる。脱線した回送列車は時刻表に掲載されていないので、このダイヤには表示されない。ちなみに熊本駅に21時11分に到着した「つばめ347号」だ。この列車が回送列車となり、約10km南の車両基地に向かう途中だった。
初期微動発生から3.6秒で非常ブレーキ作動
全国の新幹線には、早期地震警報システムが導入されている。早期地震警戒システムは、地震計が揺れを検知すると、最短で約0.1秒で警報を出す。この警報は中継サーバ経由で監視システムに到達。監視システムは複数の地震計のデータを受け取り、約0.5秒で影響力を判定する。危険だと判定した場合はただちに新幹線司令所に通報し、変電所に対して送電停止の命令を出す。
新幹線列車は、送電の電圧が下がると自動列車制御装置が作動し、非常ブレーキを発動させる。電圧低下から非常ブレーキ作動までの時間は約3秒だ。つまり、地震が発生してから非常ブレーキが作動するまで約3.6秒となる。
新幹線の地震対策のきっかけは、東海道新幹線が開業する4カ月前に起きた1964年新潟地震だ。マグニチュード7.5、最大震度5で、関東大震災に準じた規模だった。ここから新幹線の地震対策の検討が始まる。東海道新幹線開業後の1965年4月には大井川河口地震が発生し、これがきっかけで変電所に地震計と送電停止装置が設置された。構造はとてもシンプルだ。ピンを立てておき、強い揺れでピンが倒れると送電停止スイッチが作動する。これが早期地震警戒システムの第1世代だ。
その後、1970年代から東海大地震の予見が取り沙汰され、1978年に大規模地震対策特別措置法が制定された。この法の下で、静岡県を中心とした地域が「地震防災対策強化地域」に指定されると、官民挙げての地震予知、早期警戒の技術開発が始まった。
国鉄鉄道技術研究所は、1983年に次世代地震警報システム「ユレダス」を開発した。ユレダスは地震の2つの波「P波(初期微動)」「S波(本震)」のうち、P波を検知し、波形を解析して、まず地震発生源までの距離を割り出し、次に地震発生源の方角とマグニチュードを判定して、S波が到達する前に警報を出すしくみだ。ユレダスは「のぞみ」運行開始の1992年3月ダイヤ改正から全面的に稼働した。
地震警報システムは本震の発生に対して警報を出すしくみだ。しかしユレダスは初期微動で判定するため、本震より早く警報を出せる場合がある。どの地震でも本震前の警報が望ましいけれど、ユレダスは自身の半径約200kmを検知対象とするため、検知から警報発令まで3~4秒かかる。つまり、直下型地震では本震前の警報ができない場合も多い。
そこで、検知対象を半径約20kmに限定した「コンパクトユレダス」が開発された。コンパクトユレダスは検知から警報発令まで1秒に短縮されている。また、設置条件がユレダスより緩やかなため、どこにでも設置できる。そこで東北新幹線開業以降は、線路沿いにコンパクトユレダスをたくさん設置するという方針になった。もちろんユレダスも有効で、組み合わせで効果を発揮する。これが第3世代だ。
このユレダスの経験をもとに、さらに進化したシステムが2005年の「フレックル」だ。P波検知から警報発動まで0.1秒に短縮された。こちらは東京メトロや大阪市営地下鉄、小田急電鉄などで採用されている。また、女川原子力発電所や民間企業の工場でも使われている。
東海道新幹線では2005年にJR東海がユレダスを改良した「テラス」を導入した。その他の新幹線では気象庁と鉄道総合技術研究所(JR総研)が共同開発した「EQAS」が採用された。これらがいわば第4世代システムといえる。九州新幹線も「EQAS」が採用された。「EQAS」の特徴はネットワーク化だ。各鉄道事業者が保有する地震情報と、全国的な地震情報を組み合わせて、正確な警報を出せるようになった。
早期地震警戒システムは「もっと早く、もっと正確に」を目標に開発が続いている。そして鉄道会社側は、「警報を受け取ってから列車を停めるまでの時間短縮」について技術開発を続けている。安全の追求はまだまだ続く。
-引用ここまで。-
あらかじめ用意していた話題を差し替えて、今日は、これで来ることは予想していました。
被災地では亡くなられた方もいるし、
そのJR九州も甚大な被害を受けたというのに、お悔やみの言葉も無く、自慢話のネタにするとは、
いったい、どういう神経をしているのか判りません。
今週は、連載を自粛するという考えは無かったのでしょうか。
はぁ、やれやれです。
そんな「第1世代」とか、50年以上も前に遡って、記事にする必要があるのでしょうか。
いつもどおり、曖昧な表現の連続ですし。
2016年4月9日(土)8時0分配信 マイナビニュース
国内外の地下鉄などで採用している駅ナンバリング。近年は国内の大手私鉄でも採用され、定着した感がある。そしてついに鉄道業界最大手のJR東日本も首都圏で駅ナンバリングを始める。主要な乗換駅では、アルファベット3文字の「スリーレターコード」も採用するという。「スリーレターコード」は空港の国際的な略称にも使われている。
ところで、駅ナンバリングが始まる前から、首都圏の大手私鉄などではアルファベット3文字を車体に記していた。現在は見かけなくなったけれど、一体どんな文字で、どんな意味だろうか? 「T.K.K.」「KHK」「OER」などがあった。
その答えは、車両の所属会社名だ。「T.K.K.」は「Tokyo Kyuko KabushikiKaisha」で東京急行電鉄。「KHK」は「Keihin Kyuko」で京浜急行電鉄だ。「OER」は「Odakyu Electric Railway」で小田急電鉄である。小田急電鉄の場合、「急行」を英語に直訳した「Odawara Express Railway」と勘違いする人もいそうだけど、英語の会社名は「Odakyu Electric Railway」となっている。小田急電鉄の公式サイトの左上にも、新しいロゴと英語社名が表記されている。
その他の採用事例として、「K.T.R.」は「Keio Teito Electric Railway」で京王帝都電鉄、現在の京王電鉄だ。「K.D.K.」は「Keisei Dentetsu KabushikiKaisha」で京成電鉄である。大手私鉄ではないけれど、江ノ島電鉄も「Enoshima Electric Railway」を略して「EER」の文字を車体に表記していた。江ノ島電鉄は前社名の「江ノ島鎌倉観光電鉄」当時から「EER」を使っていたけれど、じつは江ノ島鎌倉観光電鉄のさらに前の会社名が「江ノ島電気鉄道」だった。
アルファベット3文字を比較すると、各社の個性が見えてくる。東急電鉄と京成電鉄はすべてローマ字。アルファベットを覚えたばかりの中学生のようだ。京浜急行電鉄は「Keihin」の一単語から「K」と「H」を取り出した。東京の「京」と横浜の「浜」、両都市を結ぶというプライドか。小田急電鉄、江ノ島電鉄、京王電鉄は地名以外は英語だ。会社名の英文表記はローマ字派と英語派がある。これは鉄道会社に限ったことではない。
なお、西武鉄道と東武鉄道、関西の大手私鉄では車体の3文字アルファベットは採用されなかったようだ。社章や阪急の「H」をモチーフにしたマークなどが使われていた。
現在、アルファベット3文字は車体から消えている。その大きな理由は会社名の変更やCI(コーポレート・アイデンティティ)の導入だ。京王帝都電鉄は京王電鉄に社名変更したため、「K.T.R.」の「T」が使えなくなった。東急電鉄はグループロゴとして「TOKYU CORPORATION」を採用し、電車のロゴもこちらに変更となった。小田急電鉄もロゴマークを制定し、英文社名を省略しない。京急電鉄、京成電鉄、京王電鉄はそれぞれもっと簡単な略称の「KEIKYU」「Keisei」「KEIO」を採用している。
CIは、日本では1970年代から採用企業が増えていった。オイルショックの景気低迷を打破するために、小売業で採用され始めた。イトーヨーカドーのハトのマークが代表例だ。1980年代になるとバブル景気が始まり、多くの企業が自社のイメージアップのため、ロゴマークや企業ブランド名を変更している。たとえば、おもにトイレなどのメーカーとして知られた伊奈製陶は、1985年にINAXに変わった。現在はLIXILのブランド名である。鉄道会社のCI導入もほぼ同じ時期だ。
昭和時代からの鉄道ファンにとって、全国的に有名なアルファベット3文字といえば「JNR」だろう。「Japanese National Railways」の略で、意味は日本国有鉄道、つまり国鉄だった。「JNR」はきっぷの地紋にも描かれていたけれど、車体に表記する場合は文字そのままではなく、鋭角と丸みを組み合わせたロゴマークだった。
「JNR」マークの採用は、1958年に登場した電車特急「こだま」から。その後、国鉄の特急列車のシンボルとして、485系電車などで長く使われた。経営母体がJRになってからは、リニューアルなどに合わせて撤去されていった。
(杉山淳一)
-引用ここまで。-
この記事に於いて、筆者様が訴えたいことは、いったい何なのでしょうか。
今に始まったわけではありませんが、まったく判りません。
これは、決して、ぼくが日本語を理解していない、お莫迦だからではないでしょう。
知っていることを、あれもこれもと列挙すれば良いものではないです。
博識ぶられていらっしゃる割りには、「ようだ」という曖昧な表現が目立ちます。
さぞかし、ご自分の記事に自信が無いのですね。
最初に、アルファベット3文字に拘った経緯が知りたいのですが、その記述はありません。
何故、アルファベット2文字ではなく、アルファベット3文字だったのか。
その「JR」とか、日本郵政公社が分社民営化されて発足した会社は「JP」と2文字です。
普通、イニシャルというと、2文字ですよね。
> 経営母体がJRになってからは、
こんな表現の仕方、初めて目にしました。
一般的には、「国鉄が分割民営化されてJRになってからは、」ではありませんか。
ランドセル背負ってお散歩 石川の水族館
毎日新聞2016年4月2日 19時18分(最終更新 4月2日 20時19分)
2016年4月2日午前10時43分、金志尚撮影
入学シーズンに合わせ、石川県七尾市ののとじま水族館で2日、ランドセルを背負ったペンギンの散歩ショーが始まった。10日までの土、日曜に1日3回披露する。
同館ではクリスマスなど季節の話題に合った数種類のペンギンの衣装を用意。ランドセルは職員が紙で手作りした。黒とピンクの2種類があり、背の部分に「こうつうあんぜん」の文字もあしらった。
小さな体で元気に歩き回る姿は新入生さながら。来館者は我が子の晴れの日のように、しきりにカメラを向けていた。【金志尚】
-引用ここまで。-
ペンギンさんがかわいそうです。
もしも、人間の言葉を話せたら、「こんな物を背負わされるのはちゃだ」と言うことでしょう。
それぞれの季節ごとに用意しているなんて、
この水族館の職員様は、いったい、どんな神経をしているのか、一般人には理解が出来ません。
楽しいのは、ご自分と一部の能天気な来館者だけです。
そんなに人を笑わせたいのなら、ご自分がやったら如何でしょう、大爆笑は間違いないです。
こんなことを配信する会社も気が知れません。
新年度も、おもしろおかしく過ごせる人ばかりとは限らないというのに。















