人は誰しも自由になりたいと思っているものだろう。
僕のように、何かに縛られて行動しなくてはいけない生活から逃れたいと思ったことは多くの人がもったことがあると思う。
冷静になってみると、本当に自分を拘束するものが自分自身であったことがわかってきた。
僕は、2月の初めのある出来事から、ずーーっと自分を縛るものについて考えてきた。
「自己規制」を心に抱えたままの生活は、「自由」「クリエイティブ」といった言葉とは、対極にあるものであると感じていたし、僕の周りの人たちベースの実感として、この「自己規制」を極力少なくし、生活している人たちは、そうでない人よりも自由に、生き生きとしている。
「自分もそうなりたい!」という心から湧き出る強い想いから、
一体、何が今の自分を縛っているのか?について考えてきた。
その結果、「自由」や「クリエイティブ」という領域から遠ざける要素として、大きく分けて3つのものがあるという結論に至った。
① 固定観念
② ルール
③ 自己評価 の3つ。
固定観念に関しては、いろいろなものがあるが、外側から、世間、バックグランド(出身地域、学校、会社)、親しい友人、家族、という順番で自分に近い関係となり、私たちは、それらの「当たり前」を、無意識のうちに許容する思考・行動をしているといえる。
これが1つ目の自分を縛る「規制」。
自分の脳内でこの固定観念に従う行動をすることが「正しい」と判断をし、日々そうした行動をしていることから、これは「自己規制」であるといえる。
つまり、自分でそれらの固定観念を「承認する」というプロセスを経ていることから、自分で自分を縛っているということ。
ルールに関しては、法律、会社、学校がつくったルールである。会社でいえば、毎日この時間に会社につかなければいけなくて、この時間にランチをとり、この部署で働き、この時間からは帰ってもいい時間・・・などのルール。まだ働いたことがないからわからないが、会社に入ればもっと多くのルールがあるのだろう。(時には理不尽なものまで)
最後の自己評価は、自分で定めた自分の限界。自分に自信がない人はことが低くなってしまい、思考・行動の範囲が狭くなってしまいがちな印象。これを乗り越える方法としては、外からの自信を与えられる機会の積み重ねと、その外部からの声を素直に受け止められるぐらいの自己肯定であるように思う。
この点の難しさは、まだまだ感じる。
こうした、自分を縛っているものは何なのかという“事実”を認識したうえで、それらを疑い、行動することに挑戦する。
いつもの当たり前を疑うこと、そして論理的に他の行動が善いという判断をした場合については、上記3つの縛りを守らないという判断を許容する。しかし、同時に、絶対に破ってはいけない「最低限のルール」を少数用意する。
この「最低限のルール」によって、より強気のアクションが取れるようになる。
まだまだ模索中だが、20代で今の自分がもつ,自分に対しての期待値を大幅に超えるレベルためには、これらを乗り越えることが不可欠だという確信はもっている。