休学してNZ留学を実行する大学生や、海外移住を本気で考える女子学生から学ばせてもらいました | ニュージーランド留学と海外生活ブログ ~ 一度は日本から出てみよう

久々のNZ移住留学個別相談会の事後談です。偶然ですが今日はともに現役の学生さん。

ひとりは、卒業後に目指す職種、企業が明確で、そのためには海外経験や英語力が必要だと考えて親を説得し、休学したうえで1年間の留学を目指す男子学生とどういう留学生活を送るべきか話し合いました。。

もうひとりの女子学生は、NZ渡航も経験済みなので、その経験を生かして将来的なNZ移住を目指すために学生時代の今をどう過ごすべきか。卒業後はどういう道筋で将来的な移住に至るべきか。という視点で自由に互いの考えをぶつけあう場になりました。



僕とは親子以上に世代が違う二人と話して感じたのは違和感ではなく、ああ同じだなという思いです。


いつの時代も、多かれ少なかれ若い時は若いなりに人間関係で苦しさを感じるものですし、これから立ち向かう社会に対して違和感や馴染みにくさを感じる感受性があると思います。

僕らの世代、今は社会の中枢にいますが、偉そうに言ってっても若い頃は『新人類』とか『すぐに会社を辞める』『我慢が足りない』などと言われていたのです。クズだらけですよ。今と何が違うのでしょう?


だから、今と昔では文明の水準など社会のあり方が違うのは当然ですが、世代的なものは実は殆ど大差はないと思うのです。学生が考えることは今も昔も大差ないのでは、と。中学生は中学生で、大学生は大学生。


例えば今の子が草食なのではなく、なんかのアンケートや統計らしきものを見たらバブルの頃だって7割の男子学生に彼女がいないとか出てる。じゃ、なんで今の子だけが草食系なんですかって話です。誰が言い出したんだろうと。これこそ固定概念、偏見ですね。自分の若かった時代のことは都合よく解釈したり忘れたり。

とはいえ、物理的な面で社会は違う。僕が学生の頃は携帯もPCもネットもない。いい悪いじゃなくあるかないかの違いだけ。でも全員持ってなかったわけなので不公平はない。その条件でみんな生きていた。それだけのことです。だから今と大差はない。横並びなのは今も昔も同じなので。


今あるものの中でどう生きるかというだけ。条件や身の回りのモノは違ってもどう生きるかの悩みや方向性は大差はないと思うのです。
 

ところで「東京オリンピック以降、日本の経済はどんどん衰退する」とか、「いやいやそれ以前だよ、日本はもう終わってる」という論調が優勢ですね。僕もそう思ってます。


確かに人口動態面でも、否応のないグローバリゼーションの流れの観点からも避けられないでしょう。今だに政治家をはじめとする昭和世代は、カジノだ五輪だと一過性のバブル再来願望の熱にうなされてますが、そんな利権物欲も時代遅れになるだろうと。

きっと、今日出会った学生たちの多くには、そういう昭和的なものは自分にとっての幸福の原点にならないんでしょうねぇ汗


感受性があれば「自分はこのままでいいのか」と思うのは今も昔も同じに違いない。そんな中で、今は、社会の成長という神話に惑わされない世代が育ってるように思います。きれいごと抜きで『金持ちになるより、貧しいけど幸福だ』を追求するかもしれない平成世代のことです。


そんな中から、この狭い国に閉じこもって一生を終える選択にNO宣言をする子らがたくさん出てくるのではないかと思います。



今日話した女性は泣く子も黙る名門大学生。


彼女に話を聞く限り人口減で危機感を抱く大学も変わりつつあるなとは感じました。でも、入るまでは受験に必死で、入ってしまうと学びを忘れる学生の実態に今も昔も変化はないようです。


そんな学生生活を送る中で、NZ生活を経験した彼女自身が海外で気付いた事は少なくないと改めて日本を出ることの意義を知った次第です。

三回生の彼女からは、就活をするにせよ周りに流されることなく、また、名門大学の卒業生という立場に胡坐をかかず卒業後も挑戦し続けたい、という意志の力を感じました。



僕が彼女に教えられることは実は殆どなくて、せいぜいい『せいぜい死なない限りはかすり傷』、程度ですね。むしろ彼女からいろいろヒントをもらいました。就活が一番大事な大学生に響く言葉とか、そういう学生には何をメッセージすべきとか。


「きょーびの若い子は」は本当にナンセンス。先入観なく若い世代と向き合って感じるのは、社会にある問題の大半は若い世代にあるのではなく、ジジババ世代に原因があるんだな、と…あせる




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