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Ted Silveira / Twin Lakes Beach
算命学では(ていうか陰陽五行説では)、
「相生」と「相剋」という考え方があります。
相生というのは生む循環、
相剋というのは攻撃する循環。
相生は「無意識」です。
自分にとって心地よく、
何の傷もつけられない状態って
特に何かを意識することないじゃないですか。
例えば、人間は生きるにあたって
内臓が日々働いているんですが、
それを特に意識しないでしょ。
それが相生。
相剋は「意識」です。
攻撃って、痛いですよね。
だからすごくよく分かりますよね。
インフルエンザ予防接種受けて、
針が腕に刺さるとともに
ワクチンも入ってきて、
「痛った!針は痛くないけど
ワクチン入ってくるの痛った!!」
ってすごく分かるじゃないですか。
分かるってことは、意識しているんです。
無意識だったら何にも気づかないですしね。
これだけ読むと
「相生がいい!相剋はやだ!!」
なんてね、思えてしまうかもですが、
相生と相剋はそれぞれメリデメあります。
相生は無意識だからこそ楽ですが、
気づかないので学びを得られず
成長スピードは遅い。
相剋は意識なので苦しいですが、
その分学ぶことができて
成長スピードは速い。
相生も相剋も、同価値なのです。
主観的な良いところも悪いところも
両方あるからね。
算命学は二元論でして、
上記の相生・相剋のように
対極の性質の組み合わせが結構あります。
合法と散法(位相法ね)
守護神と忌神
陰と陽(これは算命学っていうか陰陽説)
とかとか。
これらはね、
両方あるのがこの世の自然で、
バランスが取れるわけですよ。
陰陽説の基本原則は、
「一つのものは
性質の異なる二つのものから成り立つ」
ですから。
相生も相剋も、両方あっていいし、
両方あって然るべき。
「人生楽ありゃ苦もあるさ」
って話です。
楽を受け取るのは簡単だと思うんです。
(もしかしたら受け取り拒否の人がいるかもだけど)
でも、苦を受け取るのは
ちょっと躊躇しちゃうことがありますね。
「やだやだ、苦しいのやだ。
そんなのやりたくないし頑張れない」
みたいに思って、
逃げたり、かわしたり、捨てたり、
誰かに代わりにやってもらったり。
相生の無意識はいいけど
相剋の意識はやだ、
私の世界にいらないから
それは断固拒否!!
・・・ってなるとね、
やっぱりね、人生のバランスが
ちぐはぐになってくるんです。
(ちぐはぐの中身は人それぞれだよ)
だって、我々が生きているこの世、
自然、地球、宇宙は、
「対極に位置する2つの性質が1つを成す」
っていうのでバランスしてるんで。
「私は私ルールでやらせてもらってます」
って、地球ルール無視しようとしても、
地球で生きてるから無視できないでしょ。
なので、苦が起こったとしても、
「あーこれしゃーないな、
起こって当たり前なんだから、
モト取って成長したろ!」
って、受け止めてみるのはどうでしょう?
大概の苦は「自分が原因」でして、
(専門的に書くと畢伏と参天の考え方)
「この苦しいやつ、
結局は自分の考え/行いから
発生してるんだから、
責任とってちゃんとやっとくか、
ついでに成長できるらしーし」
って認識すると、
「ふーやれやれだぜ」と思いつつも
重い腰を上げる気になってきますしね。
想定内のことも想定外のことも、
どっちも起こるのが人生です。
だから、できることはやろう。
楽しくても、苦しくても。
「できること」をね。
もしかしたら、
超絶重い苦がやってきまくり!
って人も、いるかもしれない。
(「自分が原因」の場合もあるし、
「自分以外が原因」のこともあります)
そういう状況の方に、
「楽も苦も両方あるのがバランス、
苦しいの辛いだろうけどやっていこー」
なんて言えません。
苦をやっていくことを推奨したり、
「やるべき役目だよ」なんて言えないわ。
(私がもし超絶重い苦を背負っててそれ言われたら、
殺気ハンパなくなると思うわ)
何にも言えないんだけど、
言わなきゃいけないとしたら、
「できることでいい」ですかね。
できることができていたら、
それでいい。
できることが
「パン食べること」くらいのレベルでも、
それでいい。
できることをやろうね。
超絶重い苦の最中にある人も、
軽すぎる苦が来た人も、
「できること」をやりましょ。
「できるのに、やらない、逃げる」は
「できない」とは違うからね。
それを選択しても全然いいけど、
おすすめは「できることをやる」ですわ。
私も、「できること」をやります。
ちょっとずつですが!笑
読んでくださって
ありがとうございました!!
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