
先日、私宛に、こんな大きなフルーツバスケットが届きました。
かわいいカットフルーツの盛り合わせです。
いったい誰から?と思うぐらい突然に。
でも素敵なサプライズに、写真を撮っておきました。


上からの写真。

アップ。

こんなメッセージと共に。
実は、1ヶ月程前に、知人が心臓発作で倒れました。
私は、その方の心肺蘇生に携わりました。
その方から、感謝のメッセージ。
その時のお話を皆様に...
彼女が倒れた場所は、ホテルのイベントホール。
彼の家族のパーティー会場で。
90人程集まっている会場で、突然...。
彼女は同じテーブルだったので、向かいに座っていた私は、
異変に気付き、すぐに駆け寄り、体を支えながら、男性に手伝ってもらいながら、床に。
パーティー中だった会場は騒然とし、皆がどうしていいのかわからない顔をしていました。
床に寝かせてすぐ、筋肉が硬直し始め、息を引き取る様子もわかりました。
みるみるチアノーゼの状態になり、顔が青ざめていく彼女。
私も駆け寄るまでは、「ただの気分不良だろう」と思っていましたが、
ただ事ではない事態に。
彼女は、20年前に心臓の手術を受けていて、酸素吸入は手放せない体でした。
医者には、長く生きられないとも言われていた。
でも、その時が今?
最期の時が、みんなの前では、突然すぎるし、悲しすぎるし、こんなのみんなに衝撃的過ぎる。
私は、「なんとかしなければ!」「絶対ここでは、死なせないわ。」と心の中で叫びながら、
処置をしていた。
そして、一瞬のうちに思いました。
ここはホノルル市内の都会で、救急車も来るのが早いだろうし、きっと大きなホテルだからAED(「Automated External Defibrillator=動体外式除細動器」)も備えてるはず。
私は、常日頃からAEDがある場所を確認する癖がついていました。
「使う機会があったら、私でもこれで人を助ける事が出来る」という思いで。
でも、まさかハワイで使う事になるとわね。
彼女の急変を見て、すぐに近くにいた彼に頼みました。
「早く、AEDを持ってきて!!!」と。
彼は、ホテルのスタッフに向け英語で「Defibrillatorってきて下さい!」
と叫びました。
もちろんそれまの間に彼のお兄さんが、携帯で救急車を手配を。
「会場の中に他にも医者がいるはず」と思っていたのですが、
彼はもう、勝手に周囲の人に「彼女がナースだから、CPR(=心肺蘇生法)できる」と公言している。
「え?私だけ?あなたはしないの?
」と思いましたが、譲りあってる時間もなく、彼女の呼吸がない事を確認して、「ごめんね!○○さん。でも頑張って!!」と彼女に言って、人工呼吸を始めました。もちろん、脈も触れないので、心臓マッサージも必要だった。
つかさず、歯科医である彼の伯父さまが、彼に呼び込まれ、私とペアで心臓マッサージを始めてくれた。
内心、「あ、助かった。女の力じゃ、心マ(=ナース用語で「シンマ」)が有効に出来ないからね。」とホッとした。
人工呼吸の合間、後ろに立っているだけの彼に、
「AEDはまだ?」と言いながら、続けた。
実は、さっき彼はスピーチの時に「ドクター○○」と、紹介されたばかり。
でも、専門外だから何もわからないと、端から見ている状態。
後で、何も処置を手伝わなかった彼を私は情けなく思いましたが、彼もドクターと呼ばれた後の出来事で恥ずかしかっただろうに。
素人からみれば、ドクターは、ドクターなのよ。
でも、同じ事がまた起きれば、「今度は頑張る」そうです。
今思えば、笑い話だけど。
で、さっき、助けに入ってくれた伯父さまの心マで、ホッとしたと言ったけど、押し方が軽すぎて、全然ポンプ機能が果たせていない。
胸が沈む程、胸を強く凹ませないと有効ではないと、看護学校の時に講師で来た心臓外科の医師が言っていた。
「なかなかトレーニングをしている人でないと、難しい」と先生は言っていた。
「医者でも、ちゃんと出来る人は少ない。実は、肋骨が折れる程の圧迫が必要。」と言っていたのを私は忘れていない。
でもそこは、伯父さまをはね除けて私がやるよりも、もうすぐ届くであろうAEDが、確実に仕事をやってくれると思っていたので、心配はなかった。
きっと4~5分のくらいで、ホテルの人が大慌てで探したAEDが到着。
私の彼が「AED来たよ!」って教えてくれたので、彼女の上半身の着衣を取る事にした。
...が、息を飲むように一連の処置を数歩はなれたところから、みんな見ている...。
みんな見ないように、別室に行ってほしかったが、指示をする時間も惜しかった。
既に、脳のダメージに危険な5分が経過していると思われたから。
命が優先と決めた私は、一人で服を脱がせるのだけど、一人では無理だった。
もう、一刻を争う。
何もしない彼を呼び止め、
「何してるの!!手伝って!!!
」って思わず言っちゃいました。そして装着準備は、完了!
そこに、講習を受けたと思われる、ホテルのスタッフが二人、AEDを持って駆け足でやってきた。
そこからは、手際よくAEDを装着。
真横で、私も介助しましたが彼らの手は震えてました。
でも、AEDが心電図を解析して除細動のショックが始まり、AEDがアナウンスで心臓マッサージの指示を出し始めた頃には彼らは勇敢に、講習で受けた事がちゃんと出来ていた。
有効な心マ、すばらしかった。

AEDのショックのおかげで、自発呼吸と脈が戻ってきた。
本当にAEDはすばらしい。
そんな事に感心していたら、すぐに
救急隊が到着した。きっと、7分経過した頃でしょうか。
救急隊は、結構もたもたしているようにも見えた。
しかし、もう仕事はAEDがやってくれたので、救急隊は運ぶだけよ。
責任が、自分からはなれる頃に、足の力が抜けた。
するとすぐに、警察から事実のレポートを求められ、彼の代筆で提出。
「脈がいくらだった?」とか、「心マと人工呼吸を何クールやった?」とか聞かれても、「そんなの正確にはかってる間があるわけないでしょ!」と思っちゃったわ。
適当に答えたけど...。
翌日、彼女は病院で意識を回復。
信じられない、奇跡だった。
心配だった、低酸素による脳の障害もなく。
後から聞いた話。
彼女は、10代の頃にも一度心臓発作で倒れた事がある。
レストランを出てすぐに、近くにいたナースにCPRをしてもらって、命拾い。
それから、ずっと20年以上発作はなかった。
2回目の発作も、一人の時に倒れなくて良かった。
彼女は不幸中の幸いだった。
もし、自宅で倒れていたら、救急車の到着に時間のかかる所。
病院までも遠い。
みんなの前で、倒れて恥ずかしかっただろうけど、彼女はAEDのある場所で倒れたのです。
彼女は、心臓の検査を終え、数日で退院した。
面会に訪れた時も、クリスマス会の時も、私に会う度に、涙ながらに私に感謝してくれた。
でも彼女には、倒れた時の記憶は、ありません。
旦那さんに、後でどのような事があったのか聞いたのでしょう。
彼女は、心臓の更なる大手術を医者から勧められていますが、元通り動けるようになっています。
周囲のみんなは、今彼女が生きている事がとっても不思議な感じです。
私もです。
私が生き返らせたのではなく、すごいのは「AED」です。
でも、ちょっぴりナースになってて良かったと思う経験になりました。
皆様にも、この奇跡のお話し、伝わりましたでしょうか?
あっそれと、この素敵なフルーツの贈り物はハワイの会社Edibleから注文できるそうですよ。在住の方は、記念日や贈り物にいかがですか?
当日カットしたものを、冷え冷えで届けてくれます。
