林真理子氏の文章が好きだ。いつも身近な題材で適格な言葉を操る。私の中では歌手ユーミンの作家版が林真理子氏のような気がする。しかし、来年度のNHK連続テレビ「西郷どん」の著者であると聞いたとき、果たして林氏と歴史ものが結びつかなかった。そして、本著。本屋で手に取った時驚いた。歴史の中でも人気の幕末に焦点をあてた本・・・はたして大丈夫なのか、と。読み進んでいくと、なるほど坂本竜馬や勝海舟、そして徳川慶喜など男性の立場からの歴史ものは多々あるが、女性側からのものは林氏ならではだと思った。
幕末、病弱だった家定、暗殺説のある家茂、そして図らずも将軍になってしまった慶喜。その慶喜に京都の一条家の養女となり嫁いだ一条美賀子。上巻は美賀子を、そして下巻は慶喜の妾、お芳を通し、さらに水戸での暮らしと乳がんを患った美賀子へと話は進む。
江戸時代、世継ぎ誕生を名目とし設立された大奥。その制度になじまなかった美賀子であったが、好きになった女には我慢がならない一種病的な慶喜の女癖に、自殺未遂を図ったこともあるのだが、生涯、夫に添い遂げる。正直、この気持ちは私にはわからない。徳信院への嫉妬から自殺未遂、さらに実施美子を亡くしたときから諦めなのか、意地なのか、慶喜の正妻として生きていく。今のように離婚が簡単ではなかった、ましてや将軍家であったらなおさら自分の気持ちなど表に出すことが出来なかったのだろう。しかし、慶喜より先に逝った美賀子の死を知った慶喜は、妻の名前を呼び続け涙を流しながら自転車をこぎ続ける。さらにこれはあとがきであったのだが「なき人を 思ひぞいづる もろともに 聞きし昔の 山のほととぎす」と詠んだという。美賀子、してやったり、であるが、そのときにはすでに自分はこの世にいないのが何とも悲しい。