今から54年前、1962(昭和37)年3月に刊行された本です。しかし、古臭さは全く感じず、たっぷり楽しめました。

 

本著は、東京神田の出版社に勤めていた六助と千鶴子が、会社倒産で職を失い、カレーライス屋を始めるまでの物語。若い二人はいつしか恋をし、その恋愛模様も清々しいタッチで描かれています。しかし、現代の食と恋愛物語と大きく違うところは、六助の父が職業軍人であり軍事裁判にかけられ戦争犯罪人として上海で処刑されたことや、その処刑理由を知るため市ヶ谷にあった厚生省引揚援護局を訪れる話、さらには先日まで読んでいた笹川良一氏がバックアップされていた白百合会のこと等、戦争の傷痕が折々に出てくるところであった。すでに戦争は終わり、衣食住ともに自由なはずなのに、どこかしら戦争のことが出ているのは著者、阿川氏が戦争当事者としての自省も含まれているのではないかと思う。

カレーライス屋「ありがとう」は、はたして6月中旬に神田神保町でオープンし、紆余曲折の果て繁盛店となっていく。繁盛店のきっかけになったのは、週刊誌に掲載されたからという、まさに今の私の広報の仕事につながるのも、この本との縁を感じた。

カレーライス屋の描写は、カレーライスを食べたくなるほど活き活きと描かれ、ぶらりと神保町あたりを歩いていたら、本当に現れそうである。

そして、阿川氏がセーターのことをスゥエーターと書かれていたりするのも本書の魅力であった。