事務所のある西区を中心として、北や南へ行くとき、水の都大阪といわれただけあって、橋を渡らなければ、目的地に着くことができない。橋を渡るのには、ちょっと坂道になっているので、いつも「しんどいなあ~」と思ってた。でも、肥後橋駅から西へ、土佐堀通りをちょっと行ったところから北へかかっている橋を渡りながら、ちょっと顔を上げて景色を見てみる・・・今までビルの間を通ってきたので、ぱ~と視界が広がり、川と両側の建物とのコントラストが美しい!橋の名前を覗いてみる。『じょうあんばし』?言わずもがな、大阪の豪商、淀屋常安の名。江戸時代、大阪三郷には、約200近い橋があったそうな。幕府が直接管理していた橋(13くらいだったかな)以外は、全て町人や商人が管理していたとのこと。「大阪市史」によると「淀屋は本姓岡本氏、元祖与三郎常安北浜十三人町に住し、材木売買を営み、元和偃武の後中之島を開拓して之に居る。故に常安町・常安橋の名あり。」と書かれ、さらに、常安橋が淀屋常安の中之島開発に伴って創架されたと受け取れる。しかし江戸時代前期の地図では同位置の橋の名を「田辺屋橋」としており、古くはそう呼ばれていたらしい、とのこと。
ふ~ん、いつも通っているけど、気になる橋がいっぱいあるので、ちょっとこれは調べてみよう。
 常安橋から西をのぞむ