日本の自国ナルシストの危険性 | NYのブログ

日本の自国ナルシストの危険性

自国を愛するのは多かれ少なかれどの国においてもあることだろう。

 

それは当然である。

 

日本でも、台湾でも、韓国でも、北朝鮮でも、中国でも、アメリカでも、ロシアでも、ウクライナでも、

 

それは当然である。

 

 

 

私は、「存在は差別化する」、これがこの世界の根源的な動作原理と考える。

 

「ある」ということが何かと区別されるだけではなく、それ自体が積極的にその存在価値を高めようとすることが備わっている(差別化する)と考えている。

 

何かが、この世界に生まれたとき(認識できた時、自発的、他社によってに関わらず

)、それが「存在(ある)」の始まりであるが、その何かは、何であるか(何ものであるか)を他者(他物)と関わり、刺激しあいながら、自身のありようが確定されていくのを感じるだろう。その関係を通して自身の特異性(多くが自身の考える優位性)を認め、自身の特異性をさらなる安定・拡大へ(差別化)を求めて変化する。

 

時に、他者(他物)に自身にない特異性を見出し、それを自身に取り込もうとするかもしれないし、それを超えるものを手にしたいと変化していく。

 

もちろん、いじめを通して自己の孤立化を経験し、他者からの排斥を通して、自身をそのように悲観的な存在として認識させられることもあるだろう。そのような場合でも、自分を正しく見つめられるなら、自己を潰されずにそこにあり続けられるかもしれない。すなわち、観自在菩薩となることである。この世界を自在に観て他者の差別的なネガティブな評価に屈しない、自由な世界を自己の内面に観つけることである。

 

ただし、他者との関係性を改善する努力はあるべきであり、攻撃的な他者に対しては抗う意思を示すことやその場から立ち去るのも考えられる。そのような判断をするのにも自在な思考力(観方)が必要である。

 

いじめる側も「存在は差別化する」という行為をして、自身の価値を見出そうとしているが、たいていの場合、自分の内面に問題を抱えており、その問題を他者(いじめの対象者)の所為にしたり、いじめの対象者を自分より劣ったとみなすことで、自己の価値を維持したいのである(自己の内面に自信がないだけ)。

 

 

 

日本大好きと自称するネット保守派が多い。

 

これを理解するのはたやすい。

 

自身の存在価値を、「素晴らしい国、日本、その日本人である自分も素晴らしい」と思いたいのである。

 

まさに、自国ナルシストと言える。

 

ナルシストの語源のもとになったギリシャ神話を引用する。

 

「ナルキッソスはギリシアの美しい青年で、エーコーというニンフの求愛を拒んだ罰として、泉に映った自分の姿に恋するという呪いを受けた。彼はどうしても想いを遂げることができないので、やつれ果て水面に写った自分に接吻をしようとして、泉に落下して溺死し、彼が死んだ泉にはスイセン(narcissus)の花が咲いた。

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)」

 

 

 

 

安倍晋三首相は「美しい国、日本」と掲げて政策を進めようとした。

 

それに、多くの自称保守が歓喜・共感したのだろう。

 

 

 

世界の始まり、この宇宙がインフレーションでできたとして、それから人類が生まれるまでに、「存在」のありようや関係性は複雑に関わり合いながら発展し、多様な意味を持つ複雑なものたちで構成されるようになった。

 

複雑になった、そのような世界では、ある存在が常にポジティブな意味を持つばかりではなくネガティブな意味も内包している。

 

 

相互の関係性を無視してナルシズムでいるものは危うい。

 

 

自称保守派は単純な世界観「美しい国、日本」を歓喜・共感し受け入れ、それを彼らの行動原理にしているように見える。

 

自分たちの国や民族が行った大罪について無視もしくは隠ぺいし、他の国家・民族との歴史的な事実の共有を拒絶をしている。

 

 

 

 

日本が強い国で多数派なら他国の主張を黙殺することができることもあり得るが、先の大戦でも、大日本帝国は、勝ちそうだと信じたドイツ・イタリアと同盟を結び、ロシアとも不可侵条約を結んだが、大日本帝国の判断(アメリカと開戦)は大きな間違いであった。

 

今の自称保守派もアメリカの後ろ盾があれば北朝鮮だけでなく中国とも戦えると思っているのだろうが、アメリカは、自称保守派の暴発・暴走こそ望んでいるのであって、アメリカが直接中国と戦争をするのは避けるだろう。

 

核兵器を持ち大陸弾道ミサイルを持つ国と戦争を避けるとの考えがあって、北朝鮮もその開発を進めてきた。

 

北朝鮮のその読みは当たっているのだろう。

 

 

日本が台湾有事に、進んで参戦しても、アメリカは武器の供与を台湾にしても、軍隊の投入せず、ウクライナのように戦争のきっかけを作り、軍需産業を維持するのと、アメリカの優位性を示せればよく、大規模なアメリカ兵の死傷者が出る中国との直接的な戦争はしないだろう(アメリカ国民の支持が得られない)。

 

アジアの平和な状態を維持するなら、もはや、アメリカに次ぐ経済大国である中国を無視してアメリカしか見ず、政策決定するのは愚かすぎる。

 

アメリカの評価が日本を映す鏡だとして、アメリカと対立する他の国のメッセージに向き合うことができないなら、日本は美しい水仙の花になるしかないだろう。

 

 

 

以下蛇足です。

 

現在の「X」上においても、自称保守派の中には、「歴史戦に勝ちましょう」と声を掛け合っていることを見かける。

 

先の大戦でも「電波戦」勝とうと掲げて、フィリピンでアナウンサーたちを使って、戦場に偽情報まで流していたわけだが、戦いに勝つには卑怯な手を使い始めるのが戦争の現実である。

 

 

自称保守が「歴史戦に勝ちましょう」とは、自分たち国の大罪を歴史から抹消することであり、それは、他国の記憶(歴史)を無視し、相互理解を放棄するという事。卑怯な手を使っても歴史を書き換えたいとの思いが「歴史戦に勝ちましょう」である。

 

それで、アジア地域の平和が維持できるわけがない。

 

アジアでの日本の孤立はアメリカの望むところである。

 

アメリカはイラン・イラク戦争ではイラクを支援していたが結局はイラクをイラク戦争でフセイン政権を倒したが、「イラク戦争でアメリカに追従したが大量破壊兵器も見つからず7,100億円もの債権放棄と原油高の長期化だけが日本にとっての結果となっており、不利益しかなかった日本国民から批判が起こった(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)」

 

イラクが「大量破壊兵器」を」保有していることが、イラク戦争の始まりであり、アメリカの言い分であった。

 

しかし、見つからなかったのである。

 

 

 

 

 

08年にイラクを電撃訪問したブッシュ氏に靴を投げたことで知られるジャーナリスト、モンタゼル・アルザイディ氏(44)はこう強調する。「私たちは1980年代にイラクの発展を支えた日本に今も感謝している。しかし自衛隊の派遣は犯罪であり大きな過ちだ。『なぜ来たのか?』という疑問は今も消えない」

 

イラクと日本の経済的関係を断ち切ったように、アメリカは日本と中国の経済関係を断ち切ることそれによって、中国の経済力削げればよく、それが日本と中国との戦争になっても、アメリカは理由をつけて日米同盟を無視することもあり得る。

 

日本のことなどアメリカは考えていない。

 

第二次世界大戦後に戦争をした回数をアメリカと中国を比較したら、好戦的な国がどこであるか分かるだろう。