私は、結婚がすごくすごくしたくて、
子供がすごくすごく欲しくて、
自分の人生は、子供を産んで育てる事が一番の目標であり夢だった。
でも53歳になった今でも、独身で子供も持てなかった。
それどころか、最近では母にいつも、
【私は親の世話する為だけに生まれてきたんやろ】
【親の面倒みる為に、産んだんやろ】
なんて暴言を吐いていた。
ほんまにほんまに、それを聞かされた母は、どんなに辛かったか。
私が自分で選んだ人生、選択してきた結果の人生やのに。
でも、最近すごく思う。
私の人生は、実は、私の思うようになっている、思う通りになっているのかもしれないと。
母の事が大好きで、母の為なら死ねる、母が助かるなら結婚できなくてもいい
って、今まで何度思ったり考えたりしてきたかわからない。
願い、叶ってるやん。
もっとこれに当てはまるような事が、いくつかあるんやけど、それは改めて書くとして。
それと、今まで生きて来て、本当に人生を終わらせたくなる事や、色んな危機、母の3回の余命宣告や医療ミスや父の事等、その最中は、苦しくて苦しくてしんどいけど、結局全部なんとかなってきた。
いつも、最悪の事態にはなってない。 って今なら思える。。。。。
昨日、母の病院へ行く前、ずっと、
『おかーちゃんが、少しでも昨日より、”苦痛が薄れて” ますように。』
と祈りながら病院へ行った。
そしたら、本当にそうなってた。
でも、この状況、
一昨日の”ベッドに両手を縛られている母”の出来事が無かったら、
急にモニターを付けられ、急変する可能性が迫ってきてる現実、母が酸素マスクを着けるまでになってしまった事に対して、悲しみに打ちひしがれ、すごく苦しんだはず。
そしてミトンを着けている事でさへ、辛くなったはず。
でも、今日母のベッドに括りつけられた両手がベッドから外され、
母が苦痛を訴えずに眠っている姿を見て、
【幸せ】 を感じてしまった。
本来悲しい、辛いはずの母の状況なのに、それに私が立ち向かえるように、一昨日の出来事があったと思える。
ベッドに縛られていなかったら、”ミトン” を着けられて ”良かった” なんて絶対思ってなかったはず。
今日の病院からの帰り道は、泣かずに帰れたし、気持ちが楽な状態で帰宅した。
おかーちゃんが今後も、できるだけ穏やかで、苦痛が少なく過ごせますように。
もう頑張り過ぎてるおかーちゃんに、『私一人になるからまだ頑張って』とは、言えないし言わないので。。。。