松田さんは月二回ほどアルバイトとして、センターに寄せられた戦災資料の確認作業を担当している。寄贈者の名前や資料名、誰がいつ作ったかを調べ、封筒に記入して保管する。資料のデータは、後で検索できるようパソコンで入力する。
二〇〇二年の開館以降、空襲で亡くなった人の遺品や当時の写真、当時使われたお金など三千点近い資料が集まっている。寄贈は高齢者からが多い。
「寄贈者たちは自分の戦争体験を引き継ぎ、平和に生かしてほしいと考えているのでは」。資料の保管は人々が戦争を知るための第一歩と考え、自分の役割を「次の世代に彼らの思いをつなぐこと」と感じている。
松田さんは山形県天童市出身。両親は共働きで、祖父母が世話してくれた。終戦前、海軍上等兵曹だった祖父はフィリピン近くの海上で、乗っていた船が攻撃を受け、三日三晩波間をさまよった。二百人ほどの船員が次々と力尽きていった。
話を聴いたのは中学二年の時。祖父はまもなく七十八歳で他界した。「『今伝えなければ』と鬼気迫る顔つきだった」。私に覚えていてほしかったのだろう、と受け止めた。