この記事もやはり家族旅行ではなく,仕事もかねていたものであり,かつそのうちの一部だけを切り取ったものでありますので,番外の番外になります。

 2015年3月,L.A.に行きました。

 飛行機ネタですと,このときも前年の家族旅行のときと同じ,ANAの羽田発着深夜便を使いましたが,L.A.行きは通常使われているB700-200ERだったのですが,帰る日が一時的な機材変更ということで,300ERになりました。

 このことは,同じビジネスクラスでも,シートがぜんぜん変わることを意味しています。行きはライフラット型のNEW STYLE CLUB ANAでしたが,帰りはいわゆるスタッガードになったのでした。

 実はスタッガードに乗ったのはこのときは二度目であり,一度目は上海に行ったときに3時間だけの短いつきあいでした。なので,長距離で経験したのは,これがはじめてだったのでした。

 ちなみに,行きは知り合いと一緒でしたが,スケジュールの関係で,帰りは自分ひとりでした。その10時間強のフライトで,それまで機内で眠ることのできなかった自分が,はじめてぐっすりと眠ることができた。

そんな体験をすることができたのでした。プライベート感があって,ゆったりとしたそのシートを経験し,自分にとってはファーストクラスは必要ないなあと感じました(といっても,ANAのファーストに乗った経験も,同じ上海の片道3時間,1回だけですが…)。そして,これを9月末に乗ったJALのスカイスイートと比べてみると,個人的にはどう見てもANAの方が良いね,という判定になっています…。



 さて本題です。

 このとき,わたしは現地でネットを調べていて,ロス近郊にはいくつか,航空博物館があることを知りました。そこで,オフを利用してそこへ行ってみることにしました。

 選んだのは,「March Field Air Museum」。
 なんでもクリント・イーストウッドの映画「スペース・カウボーイ」のロケ地だったそうで,となりには正真正銘の空軍基地があります。

March Field Air Museum
22550 Van Buren
Riverside, CA 92518
http://www.marchfield.org/

 マップで見ていると,まあ距離はありますが,ずっとハイウェイですし,1日あれば十分でしょう,ということで決めました。

(Google Mapより)

 カーナビにデータを入れて,さあ出発。

 市街から近郊,郊外,そしてしばらくフリーウェイを飛ばしました。景色がだんだん変わっていきます。


 出発後2時間ちょっと。そろそろのはずなんですが,それらしきものは見えません。
 とうとうなんとなく寂しい風景になってきました。


 おかしい。
 ナビの設定を間違えてしまったのでしょうか。


 いったん停めて,もういちど入力。違うデータを入れてみました。

 すると,「ここから80マイル」と。

 80キロではなく,マイル?つまり×1.6?

 ここから100キロ,ですか…?

 位置関係からして,戻る途中のようです。

 なぜか来すぎてしまったようです。

 これ以降,ZIPコードだけ入れて,あとは現地でなんとか探すさ式のドライブは,慎むことに致しました…

 そうして炎天下を100キロ分戻り,道順に進みますと…ありました。


 すっかり昼になっていました。

 が。カリフォルニアの陽光を受け,いっぱいのジュラルミンが照り輝いておりました。

 着くなり興奮のるつぼであります。


 ここは完全な民間の博物館で,退役軍人さんたちのボランティアと寄付で成り立っているとのこと。寄付というかたちで料金を支払います。


 そしていざフィールドへ。


 ここからさき,「俺もむかしはハセガワの1/72(1/48)をいろいろつくったようなあ」という言葉で感じる方だけが,きっと面白い内容だと思います(^^)




 まずはいったんいちばん奥まで行きました。
 そこにいくつか格納庫がありました。

 まずは「SR-71」。マッハ3の世界最速を誇る高々度偵察機。
 そこには「俺もむかしこれに乗っていたんだ」という老人がおられました。なんと沖縄の嘉手納基地にいたことがあるそうです。


 「ベルP-59」。ほとんど知られていない機体でしょう。第2次大戦末に開発された,ほんと初期のジェット戦闘機。しかし性能が悪くてどこにも採用されず,30機くらいで生産中止になったそうです。しかし,そんなのがよくこれだけ良い状態で保存されているものです…すばらしい。


 これはおなじみの「F-86セイバー」。航空自衛隊でも「月光」なる愛称で使われていました。これはD型と呼ばれ,特徴は先端がドームで覆われているところ。F型は屋外に展示されていました。このときは塗装のし直しをしていました。


 こちらは「P-38ライトニング」。第2次大戦で活躍した重戦闘機。ゼロ戦のライバルとも言える機体で,かの山本五十六長官が機上であったときに撃墜したのがこいつです。



 屋外には大型機がわんさか,しかも余裕をもって展示しておりました。さすが広大な敷地を擁するだけあります。



 「B-25ミッチェル」。中型爆撃機ながら,これを空母に搭載して日本近海に接近,帝都を初爆撃した機材です。 これにあせってミッドウェーに進出した日本の機動部隊が,逆に壊滅させられたという後日談が。日本の敗戦のとっかかりになったのが,こいつかもしれませ ん。映画「パールハーバー」でも後半がその話でした。


 「B-17フライングフォートレス」。その名の通り,「空の要塞」。大型爆撃機ながら,対防空性能が高く,なかなか撃墜できないという代物でした。これの1/72モデルをたしか小学の高学年で買いましたが,箱を開けたときの,そのツバサの大きさに異様さを感じたのを覚えています。


 そしてかの「B-29」。いわずもがな。日本を焼き尽くした超重爆撃機。爆弾装のなかも開放されていましたが,とにかくどんだけ爆弾積めるの,これ?って感じでした。こんなのが100機とか300機飛ぶというのは…なんだか想像もつきません…。そしてこんなのを何千機も短期間で製造できるアメリカのチカラ…。こんな国と戦うべきではなかったと,思わせる威容でした。


 日本機も1機だけありました。
 「99式艦上爆撃機」,いわゆる「キューキューかんぱく」です。わたしは実物を初めて見ました。1機だけポツンとあって米機に囲まれて,ちょっとかわいそうでした。でもきれいに保存してくれていました。



 こちらですが,実際なにか,不明です。練習機「T3テキサン」という感じもしますが,なにか違う…なんだか日本の昔の軍用機を思わせるようなシルエットです。



 こちらはベースが攻撃機「A-1スカイレーダー」で,それを電子戦向けに改造した「AD-5」と思われます。第2次世界大戦直後から主力になった攻撃機。その爆弾搭載容量はとんでもなく多く,こんな小型機でありながらB-17に匹敵するほどだそうです。



 以降,戦後から現代までの機体が目白押し。

 さきほどのF-86の通常型。これも航空自衛隊でむかし主力だった戦闘機。



 そのセイバーが生まれ変わったという感じの「F-100スーパーセイバー」。



 「F-101ブードゥー」。ハセガワの1/72では,これの偵察機型があったと思います。それはつくったことはあると思います。当時,「ブードゥーってなんだ?」と疑問に思っていたのを覚えています。また,この機体から,「全天候型」になったようなことも説明書に書いてあったと思います。



 「F-102デルタダガー」。上から見ると主翼が巨大な直角三角形。デルタ翼と呼ばれています。そして横から見ると垂直尾翼も直角三角形。実に幾何的なデザインです。ですが,子どもの頃はそれがとても格好悪く見えていました。たしかこれはけっきょくいちどもプラモを買ったことがなかったと思います。なお,こいつは「迎撃機」とされ,国内に侵入してきたような敵を討つという目的だったと思います。実際にはアメリカの国内に配備されていたと記憶しています。



 「F-105サンダーチーフ」。ベトナム戦争で活躍していたとされています。「戦闘爆撃機」という,どっちにもなるという発想のコトバに,子どものころは強さを感じていたのを覚えています。これもあるとき1/72を買いましたが,機体がデカいのに驚いた記憶もあります。いっぱい兵装がパーツでついていたのも覚えています。



 「T-38タロン」。もとは「F-5タイガー」という戦闘機で,それを練習機にしたもの。80年代は空軍の曲芸飛行隊「サンダーバード」にも採用されていたようで,その塗装の機体が展示されていました。



 「A-7コルセア」。戦後長いこと主力攻撃機になっていた機体ですね。「コルセア」と言えば,初代の戦闘機を思い出します。なかでも「逆ガル」という特異な翼が特徴でした。しかしこいつもまた独特な形状です。これもプラモデルでつくりましたが,主脚の取り付け,水平安定性確保が難しかったのを覚えています。



 「A-4スカイホーク」。アメリカの超メジャーな攻撃機ですね。こちらは垂直尾翼に赤い★のマークがついており,塗装もアメリカ標準色ではありません。いわゆるアグレッサー,敵役をしていたのでしょう。



 「F-111アードバーク」。さきほどのF-105の後継となった戦闘爆撃機。この位置からは見えませんが,可変翼,つまり翼の後退角度を変えることができるのが特徴です。展示の機体はちょっと痛みが出ている感じですが,F-111自体は湾岸戦争でも投入されていたとのことです。



 「F-4ファントム」。何型まではわたしにはわかりません。ジェット戦闘機の最高傑作とされ,5,000機もつくられたとのこと。航空自衛隊でも長いこと主力戦闘機であり続けました。いまでも日本で飛んでいますね。



 「F-15イーグル」。その道では言わずと知れた世界最強の戦闘機。こちらは現在も航空自衛隊の主力です。プラモデルも何機もつくった記憶があります。そして,このF-15やつぎのF-14,そしてここにはありませんでしたF-18といった近代戦闘機は,プラモの胴体を上下でつなぐ方式になっていました。それ以外のF-4などは左右で分割してあったパーツを接着していましたが,当時のパーツは精度が悪かったりゆがんでしまったりして,うまくつながらないことがありました。それが上下だとラクにつくれるようになり,あわせも良好になって喜んでいたのを覚えています。



 その「F-14トムキャット」。あの「トップガン」でもおなじみの,長らく海軍主力戦闘機だったもの。F-111同じく可変翼機で,搭載のミサイル「フェニックス」は同時に複数の敵機をターゲットして発射できた,なんてことを子どものとき読んで,すごいなどと言っていました。わたしも一時期はまった「超時空要塞マクロス」。それに出てくるメカも,いかにもF-14をベースにデザインしていたように思えます。残念ながら,いまはもう全機退役したとのことです。



 ここからは戦後の大型機です。

 「KC-97ストラトタンカー」。B-29を改良して胴体を二階建て仕様にしたものですが,旅客機にもなったり,輸送機にもなったり,いろんな用途に展開されていたようです。こちらの機材は給油機仕様です。



 「DC-3」。航空機の歴史上,きわめて重要なポジションにある機体です。なんと10,000機以上つくられました。日本ではすでに戦時中,「零式輸送機」としてライセンス生産され,使用されていたそうです。戦後もいまのANAなどが旅客機として使用していたとのこと。これは空軍で使っていたもののようです。



 こちらは「DC-7」という旅客機が海軍で使用されたものみたいです。型式はわかりません。1958年には日本航空にも導入され,ホノルル経由でサンフランシスコまで飛んだとのこと。19時間かかっていたそうです。みなさん機内ではどうしていたんでしょうか…。



 「B-47ストラトジェット」。戦後,ジェット時代になったばかりのころの長距離爆撃機。実はB-29の後継機にB-36というのが,これは翼の後ろに合計6基ものプロペラ・エンジンがついていた,異様な形と大きさの爆撃機でした。B-29の倍近くある大きさです。なんでこんなことを書くのかというと,子どものころですが,たまたまこのB-36とB-47がやたら登場する映画をテレビで見たことがあったからです。調べたら「戦略空軍命令」なる映画でした。どちらもがあまり格好良くなくて印象に残っていました。しかし,この機体を実物で見られるとは…



 「B-52ストラトフォートレス」。こちらは有名かと思います。以前は沖縄の嘉手納基地にも配備されていたかと思います。たしか墜落事故も起こしていたような…。素人目ですが,いかにも操縦しにくそうな気がします。ベトナム戦争などの実戦にも大量投入され,いまでも現役で各地で運用されているようです。



 最後。「KC-135ストラトタンカー」。もとはボーイングの「B-707」旅客機で,それを給油機にしたもので。これは特に珍しいものではなく,いまでも国内の米軍基地では見ることができます。この機体のエンジンは原型のようですが,いま飛んでいるものはもっと性能の良いものに換装されています。




 これでツアーは終わりです。

 まあ,これだけのものを見られるのは,アメリカならではです。
 しかも,けっこうレアな機体もありました。

 ほかにもこういう博物館はあるかと思いますが,ちゃんと行ければ(^^)ロス市街から2時間もあれば着けますので,日帰りで十分消化できるプランになります。
 ご興味があれば,郊外ドライブかねてぜひ!