今日は、アメリカ流のベンチャー・ファイナンスを学ぶ上で決定版ともいえるテキストを紹介したい。Brad Feld & Jason Mendelsonの"Venture Deals: Be Smarter Than Your Lawyer and Venture Capitalist " という本がそれだ。ベンチャー・ファイナンスは、日本のプラクティスとアメリカのプラクティスを比べるとアメリカの方が大きく先を行っている分野だ。もっとも、日本でもベンチャー・ファイナンスに対する関心が高まっているようだし、今後、大きく発展する可能性を秘めている分野ともいえる。このテキストは、そんな日本でのプラクティスにも大きな示唆を与えてくれると思う。


ちなみに、起業家(entrepreneur)が創業してまだ間もない企業のことを、日本ではベンチャー(企業)と呼ぶことがあるが、アメリカではstart up(スタート・アップ)と呼ぶのが通常だ。ベンチャーというと、venture capital fund(ベンチャー・キャピタル・ファンド)と紛らわしいので、このブログではアメリカ式の呼び方をする。


私は、普段本を選ぶとき、筆者がその本の分野についてどのようなバックグラウンドを持っているかをチェックする。共著の場合には、筆者のそれぞれの得意分野がお互いに補うような組み合わせだと本の内容に幅が出てなおよい。そうした点から見ても、この本は申し分ない。


共筆者のBrad Jason は、アーリー・ステージにあるハイテク企業に投資をするFoundry Groupというベンチャー・キャピタル・ファンドの共同創業者(兼managing director)だ。以下で見るように、それ以前の二人のバックグラウンドが本書に深みと幅をもたらしていると思う。


Bradは、名門MIT(Massachusetts Institute of Technology)を卒業し、Bachelor of Science(理学士)とManagement Science(経営科学)のMaster of Sience(理学修士)の学位を取得した。その後、自らソフトウェア関連の会社を起業してこれを売却した後、ベンチャー・キャピタリストに転身した。Bradのように、もともとは起業家で自分が起業した企業を大きく成長させた後に売却して大金を手に入れ、その後ベンチャー・キャピタリストに転身するというのはアメリカではよくあるケースで、人々の憧れの的だ。また、そうした人たちは、自分も起業家として苦労した経験があるので、若い企業家たちのスタート・アップの立ち上げや経営などのサポートをしたりすることもある。下で紹介するTechCrunchの記事によれば、Bradも、本書やブログなどを通して貴重な経験と知識を惜しげもなく提供しており、そのためもあって、起業家に尊敬されるベンチャー・キャピタリストの投票で常にNo.1の地位にあるそうだ。


Jasonの方は、北中部の名門ミシガン大学を卒業し、Economics(経済学)の分野で学士(Art Degree)を取った後、同大学ロー・スクールを優等(cum laude)で卒業した。ロー・スクールでcum laudeを取るのは本当に大変だろうし、名誉なことだ。彼は、その後、ベンチャー・キャピタルの分野で有名なCooley Goodward(現Cooley LLP)という法律事務所で弁護士になり、証券法や会社法、M&A、ファンド組成、労働関係、訴訟などの分野でプラクティスを積んだ。その後、ベンチャー・キャピタリストに転身し、今に至っている。


横道にそれるが、このようにアメリカには、元起業家のベンチャー・キャピタリスト、若い企業家、そして彼らをサポートする弁護士などがコミュニティーを形成している。そういった環境(生態系)が存在することが、アメリカで起業が盛んな理由のひとつだと言われている。


本論に戻って、そんなBradとJasonの"Venture Deals"という本だが、内容は、スタート・アップがベンチャー・キャピタルから資金を調達するためにはどうやってVCにコンタクトするかということから、ベンチャー・ファイナンスに関するターム・シート(ファイナンスの条件を記載したもの)の各条項の説明、それをめぐる交渉のポイントなど、本当に幅広い。さらに、アメリカでは、通常、起業家は会社を大きく成長させた後、M&AやIPOでエグジットして大金を手に入れることを目標にしており、本書では、M&Aで大きくなった会社を売却するときのLetter of Intent(基本合意書)の内容についても簡単な説明が加えられている。本書は、ベンチャー・キャピタルから資金を調達しようと考えている起業家、ベンチャー・キャピタリスト、ベンチャー・ファイナンスにかかわる弁護士や金融関係者にもお薦めだ。


なお、本書については、TechCrunchの記事("One Book Every Entrepreneur and VC Should Own" )でも、この本が「企業家、ベンチャーキャピタリストの必読書」として紹介されている。ここでは、元起業家で現在はベンチャー・キャピタリストに転身した人物が推薦文を書いているが、自分が起業家でスタート・アップを経営していたときの経験を省みながら、ベンチャー・ファイナンスのターム・シートに書かれた契約条項(drag along rights, redemption rights, participating preferred stockなど)の意味がよく理解できないまま調印し、その後痛い目を見たという経験が面白おかしく書かれている。興味のある方は、この推薦記事も読んでみて欲しい。


国際弁護士の独り言

先日、日経ビジネス(電子版)で、元参議院議員の田村耕太郎氏による「グローバル人材」に関する記事(世界は学歴・成績至上主義~「東大」なんて学歴とは言えない 日本企業がグローバルに人材を求めれば、あなたの仕事はなくなるかも?! )を読んだら、これが面白かった。田村氏らしく痛快な内容で、今の日本の教育を受けて「グローバル人材」になるのは難しい、世界は厳しいのだ、と一刀両断だ。記事の内容は私もその通りと思うところが多く、このテーマに興味のある方にはぜひ一読をお薦めしたい。私自身、アメリカの法律事務所で外国人として働いており、「グローバル人材」になることの難しさを日々実感している。今回は、この「グローバル人材」になることの意味について少し考えてみたい。


最近流行の「グローバル人材」だが、その流行の背景は何だろうか。おそらくよくある場面として、これまでドメスティックに事業を行なってきた日本企業が海外に進出して事業を展開するようになり、海外でも活躍できるような人材が求められるようになってきたというのが想定される。国内にとどまっていれば日本人同士で日本語であうんの呼吸でやれたことが、海外に出て行くと、現地の言語、文化、慣習などが前提(ルール)となり、外国人を相手に交渉・取引しなければならない。日本株式会社として、そんな最前線で活躍できる人材が欲しいということなのだろう。


では、どうすればそんな「グローバル人材」になれるのか。海外で働く環境(例えば、日本企業の駐在か、あるいは現地の企業かなど)により要求される水準は異なるだろう。だが、そういった細かな議論を置けば、究極的には、「グローバル人材」は、人種や国籍に一切関わりなく、多国籍な環境で成果を上げられる存在だと思う。つまり、日本人だろうがなんだろうが、ドイツ人、中国人、インド人、アメリカ人、ブラジル人などの中で、ルールに従って競争を勝ちあがれる者だ。そこでは、日本の価値観(学歴とか、会社の格とか)や慣習(あうんの呼吸とか、根回しとか)は通用しないし、ましてや日本語は通用しない。世界標準語となっている英語を使って相手とコミュニケーションをとり、議論・交渉できなければならないのだ。そうなるためには、英語力をつけ、海外で外国人に揉まれる地道な経験を積む必要がある。それ以外に、道はないだろう。今、日本で「グローバル人材」が求められているのは、これまでそうしたことを怠ってきたことに原因があると思う。


日本企業が「グローバル人材」を求めることで、今後、日本企業の経営や人事・報酬制度には大きな変化が生じるだろう。日本企業が海外で外国人社員を多数採用するようになれば、日本流の制度では優秀な人材を引き止めておくのは難しいからだ。いい例が、リーマン・ブラザーズを買収した野村證券の人事・報酬制度の欧米化(能力や実績に応じた人材登用、業績に連動した報酬制度など)だ。また、当然、英語(中国では北京語だろうか)などのビジネス標準語が公用語となるだろう。楽天などの英語公用語化はよい先駆けだと思う。さらに、ソフト面にも変化があるはずだ。文化的なもの、例えば、ものの考え方や折衝の仕方もおのずと日本流から脱皮することが求められるだろう。


グローバル化とは、日本国内での日本人による競争だった時代と異なり、世界中で多国籍な人たちと競争していかなければならないのだ。競争に終わりはない。これまで、日本語という言語と移民政策で保護され、国内にとどまっていた時代とは世界がまったく変わってしまうのだ。グローバル化とはそういうことであり、それを受け入れるのかどうか覚悟を持たなければならないと思う。


そうはいっても、皆が皆、「グローバル人材」になる必要があるわけではない。これまでどおり日本国内にとどまって、日本語と日本の価値観・文化の中で安住することも一つの道だろう。ただ、世界中の国々によるパイの食い合い競争によって日本のパイはどんどん小さくなっている。国内にとどまるということは、そうした小さくなるパイをさらに国内で食い合わないといけないということを意味するのだ。


冒頭で紹介した記事の中で、筆者の田村氏が、「今日のコラムは厳しく聞こえるかもしれないが、現実が厳しいのだから、ご容赦願いたい」と断っていた。今回の私のブログも少し厳しめになってしまったが、これは自分に向けた厳しい気持ちから出たものなので、ご容赦願えればと思う。

(承前)買収後の日本板硝子にとって試練となったのが、ヨーロッパの債務危機に端を発した2011年秋からの市場環境の悪化だった。ピルキントンを支えてきたヨーロッパの自動車ガラスの需要が急減し、また、太陽電池用ガラス事業も不振に陥った。その結果、冒頭のとおり、2012年3月期は28億円の赤字となり、今年2月には3,500人の人員削減を含むリストラ策が発表された。さらに、4月には、当時社長だったクレイブ・ネイバー氏が「取締役会との方向性の違い」を理由に退任した。報道を総合すると、どうやら、上の業績悪化の見通しとそれを受けての対応をめぐって、「日本人チーム」の取締役と意見が合わなかったようだ。


チェンバース氏とネイバー氏という外国人社長が続けて辞任した後、今年の4月に、日本板硝子出身の吉川氏が社長に就任した。とはいっても、報道によれば、吉川氏がグローバル企業全般の舵取りをするわけでなく、ピルキントン出身のCOO、CFOと共に3人の代表執行役が地域ごとに経営を分担する体制を採用したそうだ。果たして、このトロイカ体制で今の難局を乗り切れるか。


報道によれば、今後、日本板硝子はリストラで約250億円の現金支出が必要になるそうだ。しかも、のれんや無形資産の減損処理の可能性もあるという。資金調達が必要になっても、発行体格付けの評価は厳しく社債の発行は難しいと言われている。また、株価も下落を続けており、株式市場からの資金調達にも限界がありそうだ。資金的には、メーンバンクの三井住友銀行が頼りの状況に追い込まれている。


なぜ、日本板硝子はここまで追い込まれてしまったのか。買収後、売上規模の大きいヨーロッパ市場が債務危機の影響で減速したということが市場の読み違えと経営判断ミスだったのか不運であったのかはさて置き、この買収で海外M&Aを成功させる上で重要なポイントに読み違いがあったように思えてならない。それは、買収後にピルキントンの経営陣に経営の主導権を渡して日本板硝子の経営陣は一方後ろに引いてもグローバル企業の経営をうまくやっていけるだろうと安易に考えてしまったことと、経営チーム内に「外国人チーム」と「日本人チーム」という対立構造を持ち込んでしまったことだ。同じ船の上で、お互いに違う夢を見ていたのではないか。


これに関連して、以前のエントリー(「海外M&Aで成功する秘訣は 」)で書いた、Epicure Groupの青木氏が語っていた言葉を思い出す。海外M&Aを成功させるには、買収前よりも買収後の統合作業が圧倒的に重要だ。買収したら、対象会社の経営権を握れ、と。とはいえ、日本板硝子には、経営権を握ろうにも、グローバル企業を経営できる人材がいなかったということ自体にも問題があった訳であるが。


リストラと財務改善という課題を背負って、日本板硝子の苦悩はしばらく続くだろう。3人の代表執行役が並立するトロイカ体制から真のグローバル企業として内なる統合を果たし、この難局を乗り切れるか。しばらく、日本板硝子の難局への取り組みから目が離せない。


以上の記事を書くに際して参考にした資料のリンクを張っておきます。もし興味があれば、ご一読ください。


日経新聞「外国人社長、相次ぎ退任 日本板硝子の不協和音」(05/22/2012)


日経新聞「日本板硝子 国際結婚6年目の台所事情」(05/02/2012)

(※これは会員限定記事ですが、無料で会員登録して閲覧することできます。)


事業管理部担当部長加藤雅也氏講演のサマリー「日本板硝子のピルキントン買収」