裸のニューヨーク -19ページ目

裸のニューヨーク

ユー・ドント・ノウ・ニューヨーク・ザ・ウェイ・アイ・ドゥ...これは私のアンビバレントでパーソナルなニューヨーク・ストーリー。

ニューヨークは北緯41度で青森県八戸市とほぼ同緯度。北緯35度の東京よりはるかに寒いのは当たり前だが、北緯51度のロンドンより寒いのは大西洋のラブラドル寒流のせい。「カナダ降し」は氷のように冷たく体感温度は更に低い。Brrr...

昨年のニューヨークには寒波が襲来、1、2月の最寒月の平均気温が0度から-10度。1月第2週は-15度から20度という寒さだった。今年も吹雪に大雪。冬のニューヨークには行きたくない。救いは、どんなに古いアパートでもラジエーターや暖房用パイプが広い部屋を暑いくらいに暖めてくれる事。

日本の家屋の方がよほど寒く、4度の冬を経験したのにニューヨークが寒かったという記憶が私にはあまりない。

75年か76年だったと思うが私も寒波を体験した。鼻毛が凍り付いて呼吸困難になるので、雪の車道で車がスリップしてキリキリ舞するのを尻目に滑らないよう小走りに2、3ブロック進むのがやっと。ドラッグストアに走りこんだり、文房具屋に寄ってみたり、何とか用を足して早々に帰宅した。

しゅうしゅうと爬虫類の威嚇のような音を立てるラジエーターは触ると火傷しそうなほど熱い。この暖かさは電気ストーブやエアコンの比ではない。真冬でもTシャツ1枚で過ごせるのだ。が、ヒーターに問題があるとなると悲惨だ。

ある日本人の掲示板の書き込みによると、ヒーターの温度が低く、零下になる部屋で風邪で寝込んだ彼、管理人に苦情を言っても改善されないので市の担当官に通報したそうだ。その結果、400ドルの罰金が課せられた大家は慌ててやって来て「君の体が心配でね」と空々しい事を言い、寒さの一因である壊れた窓をテープでふさいで「修繕」完了。「窓の交換には時間がかかるから夏まで我慢して」と言われたそうだ。せめてヒーターの設定温度を上げて、と懇願した哀れな彼に「そうする君はと今度は窓を開ける、で、私のお金が無駄に消えてゆく」「自宅のヒーターも節約の為に66度(約18.7度)にしている、君も耐えられるはずだ、私ではなく市に苦情を訴える君たちはフェアではない」とか何とか言いくるめられたそうだ。

言葉の壁のある日本人が時としてこういう無茶苦茶な扱いを受けるニューヨーク。権利意識の強いアメリカ人の友人にはこうアドバイスされたそうだ。

「騙されるな!テープで修繕?火事があったら逃げられないじゃないか?担当官に見つかったら消防署に通報されて何千ドルもの罰金を課せられる。すぐにHPD(市のハウジング課)に通報しろ!」

私にもその後の人生で役に立ったニューヨーカーからのアドバイスがある。

Don't ask. Demand. 「頼むんじゃない、.要求しろ」

そう、アメリカ人が demanding(要求が多い)のは日々サバイバルに明け暮れているからである。
日本でもタマちゃん騒ぎがあったが、マンハッタン南部のバッテリーパーク・シティー沿岸にも北極からやって来たタテゴトアザラシ(harp seal)が出現したそうだ。

http://www.usfl.comに写真が載っているので見てください。とっても可愛いですよ!

このアザラシは1972年の海獣保護法で守られていて、追い払ったり追いかけ回して海に帰すこともできないとか。日本のホームレスより恵まれてるのね。

アメリカのドラマの最終回はなかなか見られない。日本はコメディが弱いが、私は「隣のサインフェルド」が大好きだった。この最終回を私は昨年ニューヨークのTVとラジオの博物館というところで見る事が出来たのだ!思いがけない結末は笑えた。

日本で人気が出たのは「アリー・マイ・ラブ」と「セックス・イン・ザ・シティ」「フレンズ」あたり。この中で好きなのは「フレンズ」。この最終回も見ていない。去年の終了時には「アンリアルで近親相姦的なコメディが5月6日に終了した。実際のNYライフは孤独で窮屈...」とNYタイムズにまで記事が出た。

ニューヨークでは「セックス...」のロケーションツアーまであり、美味しくもないマグノリア・ベーカリーはいつも満員とか。

かく言う私もサインフェルドで使われるコロンビア大学近くのダイナー(外観のみ)に行って来た。「Tom's Restaurant」といい、写真もどこかにあるはず...

ダイナーのシーンはセットで、「Tom's Restaurant」の内装は全く異なる。
スザンヌ・ヴェガのヒット曲「Tom's Diner」の歌詞は実際に彼女がここを訪れて見聞きした出来事が基になっているそうだ。

Tom's Restaurant
2880 Broadway(at 112th Street)
212-864-6137

昨年暮れのクリスマスシーズン、数10年前によく通ったグリニッジビレッジの6番街で
"Are you Jewish?"

と通行人に声をかけている可愛らしい少年の一団がいた。「何をしているの?」と聞くと今日はハヌカなのでユダヤ人にプレゼントを渡しているのだという。そしてまた

"Are you Jewish?"

と聞いてくる。

私がユダヤ人かって?
私がユダヤ人になるのは可能なのだろうか?

実はユダヤ人というのは国籍によって決定されるのではないので私でも結婚によって充分、ユダヤ人になれるのだとアメリカ人の友人に聞いた。

先日スカパーで「戦場のピアニスト」を見た。主人公のピアニストはユダヤ人。「シンドラーのリスト」といい「アンネの日記」といいユダヤ人の歴史を描く映画は暗く、重苦しい。エミー賞を取った「バンド・オブ・ブラザーズ」にはユダヤ人収容所の実に心が痛むシーンが出てくるし、「マラソン・マン」にもニューヨークに住む収容所の生き残りがちょっとだけ出てくる。

私の古着屋の大家も収容所の生き残りだという噂だった。決して電話口に出ず、2日家賃が遅れただけで「法廷で会おう」という容赦のない手紙が届いた。ジューヨークと言われるほどユダヤ人の多いニューヨークだが、最近その人口比率は落ちてきているとNYタイムズに出ていた。

ユダヤ人料理はコーシャーフードと呼ばれる。東欧系ユダヤ人の多いデランシー・ストリートの一角にあるコーシャーピクルスの樽漬けを売る Guss' Pickles のピクルスは止められない、止まらない。消化器官を掃除してくれるとかで、ニューヨークに行くたび寄っている。やっぱりちょっぴりユダヤ人の血が数代前に入っているのかも?


6番街のGO SUSHIの近くで撮った少年達の写真






タイトル: 戦場のピアニスト
70年代にNYで古着屋を営んでいた私は帰国しても相変らず古着と縁が切れず、フリマに出店したりする訳だが、NYに出かける時にも少しでも経費を浮かそうとトランクいっぱいに古い着物を詰めて6000キロもの距離を移動するのが常である。

まったくいつになったらシュマタ(NYの古着の仕入れ先のユダヤ人は古着をイディッシュ語でシュマタと呼んでいた)とおさらば出来るのだろう。

ここ数年着物を買ってくれるところが2ヶ所あるので、その1ヶ所に前もってメールをしておいたら、ビジネスが良くないからあまり期待しないで、と言って来た。この方はいつもそう言うので私はきっと今回も買ってくれるだろうと甘く考えていたのだった。

トランクいっぱいに着物を詰めると相当重くなる。今回滞在したブルックリンからマンハッタンまで重いトランクを引きずって行くのは女にはキツイ。しかも今回、私は膝を痛めていたのだ。で、ステイ先の友人にお寿司とトム・ジョーンズのコンサートをおごる時にお願いしてトランクを運んでもらったのだが...

友人からの貰い物である古いトランクのローラーにガタが来ていて押してもまっすぐ進まないので力が要る。途中でその男の友人は(何で俺が運ばなきゃならないんだ)と腹が立って来たらしく、イヤな顔をし始めた。こういう時は本当に惨めになる。彼がトランクから手を離してしまったので、最後の10ブロックほどはデコボコの舗道の上をヨロヨロしながら自分で運んだ。彼はそれを傍観していた。彼の(何でそんな物を持ってくるんだ)と言わんばかりの責めるような視線も結構堪えた。久しぶりに会ったその店の日本人の男性は、店が忙しいからというのでトランクはいったん店に置かせて貰った。

その後でお寿司を食べに行った。大して美味しくなかったがアメリカ人の彼は美味しい、美味しいとさっきの不機嫌さはどこへやら、食欲を失った私が残した分まで食べていた。さすがにチップは自分で支払ってくれたが、60ドルという、私に取っては痛い出費になった。トム・ジョーンズのライブのチケットが1枚65ドル、当たり前だが2人分だと倍かかる。これも痛かった。彼の懐具合は私のそれとは全く関係ない事だが、彼は7年前に買ったマンションを最近売っている。それで2千万円ほど儲かっているが、今回の旅で彼に奢ってもらったのは1回、アンドリューズという食堂のチェーン店でサンドイッチだけ。考えてみれば過去数年彼を知っているが、デートしていわゆるファンシーレストランでご馳走になった事はない。アメリカ人男性は日本人女性のスタンダードで見ればケチというのはよく知られた事だが、いい仕事に就いて収入もそこそこあるのに、彼のライフスタイルを今回目の当たりにして驚いた事がたくさんあった。

後日トランクを置いて来た店に電話をすると、日本から買い付けた物がまだたくさんあるし、買いたい物は何1つないという思いがけない返事でがっかりしたが、もう1人心当たりがあるのでトランクを引き取りに行った。その時に店の実質的なオーナーのアメリカ人の女性は、品質のいい物がない、こんなのは要らないと私が持ち込んだ物をけなすのだ。一切買わないと言われただけで充分堪えているのに、冷たい態度と表情で、まるで私が悪い事でもしたように怒られて気分は更に暗くなった。

トランクを引き取ると、頑丈な作りなのに片側が破れていた。どんな扱い方をしたのかがそれでわかったが私は何も言わなかった。

もう1ヶ所の心当たりは日本人女性で、ハギレ、小物、着物の大方を買いとってくれ
たので心底ホッとした。商談が済んで帰ろうとした時、彼女はこう言った。

「重い物を日本から運んで来てくれて本当にありがとう」

その言葉が嬉しかった。支払ってもらったのは値段にすればたったの2、3万円なのだが、これで自宅から成田、そしてJFKからブルックリンまでの移動費がすっかり浮いたし、彼女が喜んでくれたのが何よりだった。彼女は古着屋をやっていた頃の私を思い出させるのだ。

日本人には情緒、思いやり、気配り、義理、人情という心情的に優れたところがあり、かつてNYを離れたのはこういう情緒がアメリカ人にはなく、私はやっぱり日本の方が住みやすいと思ったからなのだが、そういった心根も最近は随分とすたれているのが残念だ。

(写真は古着を値踏み中のMさん)
アメリカ人の精神科医の友人が、「あなたのメンタリティは古い。来るべき工業化社会には適応できない」と言ったのがかれこれ10年前。

田口ランディさんも古いメンタリティの持ち主のようだ。ライブドアの堀江さんという人は工業化社会にぴったり。

日本も変わりつつあるのだ。農家を減らし、高度な工業化社会目指して変わりつつある。

中高年の海外移住、ロングステイが話題になっている。物価の安さもあるのだろうが、これは「エクソダス-日本脱出」の始まりである。


The Gatesにはゲイツ家という意味もあるが、あのビル・ゲーツ家のことではな
い。今月12日から始まったセントラルパークの巨大プロジェクト名が「ザ・ゲーツ(門)」。
高さおよそ5メートルのビニール製の門約7500本にサフラン色の布を取り付け、総延長約37キロに及ぶ遊歩道や小道に平均3.6メートル間隔で並べたもので、初日前から大きな話題となり、公開当日からセントラルパークは人の波で埋め尽くされたという。

既に日本の新聞でも報道されているから写真をご覧になった方も多いと思うが、作者はパリのポンヌフ橋を布で覆ったり、茨城県とカリフォルニアに巨大な傘を並べるなどの巨大野外芸術で知られるクリスト・ヤバシェフ氏(69)とジャンヌ・クロードさん(69)夫妻。1979年に着想するも環境破壊などを理由に許可が下りず、「ニューヨーク史上最大の芸術作品」と絶賛するブルームバーグ市長がようやく許可した。市長いわく、観光客が増えるなど税収入だけでも250万ドル、全体では8千万ドルの経済効果を見込んでいる。


26年がかりで実現にこぎつけた執念もさることながら、市など外部の寄付に一切頼らずに完成予想図を販売するなどして総費用2千万ドル(約21憶円)を調達したというから仰天もの。

日本人には鳥居の列にも見えるというこのプロジェクト、見て来た友人の感想は「あれがアートとは考えられない。枯れ木にオレンジ色が映えるのでちょっといいと思う程度」「壮大なプロジェクトですごいと思った」「楽しかった」と賛否両論。

ニューヨーカー達の意見も「あんなもの意味がない」「ただの売名行為」「素晴らしい芸術」「金儲けの手段」と様々。狙いを聞かれた夫妻にしてからが「作品に意味もメッセージもない」と言っているそうだ。

経済効果は市ばかりにもたらされる訳ではないようだ。「公園に来る人はサフラン色、ビジネスは緑色」という2月12日付NYタイムズは、公園のホットドッグ売りの売上げが急上昇したと報じていた。それによると、2月の日曜の平均的な売り上げは100ドルだが、13日(日)の午後3時までに1000ドル稼ぐ事が出来た、こんなに良かった事はないね!とホットドッグスタンドのオーナーはホクホク顔。好天もあって冬季は「冬ごもり」する屋台の物売りも多数集まったという。

当然当人達にも見返りがある。マスコミで大々的に取り上げられ、本屋では店頭に並び、公園内でもポスターや本の販売をして署名入りの本が1冊350ドルから450ドルという高値だというから「いい商売。あれはアートではなく商売。元は楽々取れる」と言う友人の言葉も全くの的外れでもないだろう。アートと金、難しい命題だが、いくら金に恬淡としたアーティストだって金がなければ生きていけない。「同情するなら金をくれ」という名セリフがあったが、「いいと思ったら金を出せ」と彼ら夫妻は思っているのではないだろうか。

莫大な費用にも関わらずこのプロジェクトの命は短く、27日までの16日間公開された後に素材はリサイクルされる。
ニューヨークのジュリヤードと聞くと音楽学校と思っていたが、実は演劇部門もあり、多くの役者を輩出しているそうだ。

『ソフィーの選択』『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のケヴィン・クライン、『L.A.コンフィデンシャル』『アメリカン・ビューティー』のケヴィン・スペイシー、『トップガン』『告発の行方』のケリー・マクギリス、『バットマン・フォーエバー』『ヒート』のヴァル・キルマー、『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』『ミスティック・リバー』のローラ・リネイなどの映画俳優がここで演劇を学んでいる。入学できるのは毎年数10名とかなりの難関校だと聞く。

私のひいきはケヴィンスペイシー。彼を舞台で初めて見たが、トークショーでもよくやる他の俳優の物真似が出色だった。1番上手かったのがアルパチーノの物真似ではあるまいか。






タイトル: 私が愛したギャングスター




タイトル: ユージュアル・サスペクツ
新聞記事で読んで知ってはいたが、今回アメリカ入国に際しては指紋を採られ、いつのまにか写真も撮られたようで、映す前に一言言ってくれたらにっこり笑ったのに、一体どんな顔に映ったか気になって仕方がない。あれは何年残るのだろう。毎回撮って上書きするのだろうか。こんな事を悩むのもセキュリティ強化のせいである。
 
ニューヨーカーには見慣れた光景だろうが、グランドセントラル駅などで武装した州兵の姿などを見るとぎょっとする。警官にしたって銃を携帯している。

プラダにふらりと入ったら警備員がそれとなく見回りに来るし、バグドルフ
グッドマンのトイレの写真を撮っていいかと入り口で聞いたらダメ、と言下に断られ、(ここのトイレからの眺めがいいので)女性の警備員らしき人がそれとなく様子を見に来た。自分がどこでも疑われているようでしごく気分が悪い。

小売店の入り口に(主に屈強の黒人男性の)セキュリティガードが配備されるようになったのは知る限りでは90年代の後半からで、それまではガードはバウンサーと呼ばれ、ディスコの入り口にしかいなかった。

ワシントンDCのレーガン記念ビルディングだったか、フードコートに行きたいだけだったのに、空港のように荷物検査をされた。

ニューヨークに長く滞在すると段々気が滅入ってくる原因は以前はホームレスの多さ故だったが、セキュリティ強化、つまり人を疑ってかかる方針が今回の旅気分を台無しにする大きな要因だった。










著者: リー ストリンガー, Lee Stringer, 中川 五郎
タイトル: グランドセントラル駅・冬



著者: NoData
タイトル: グランドセントラルステーション [ポスター]



著者: NoData
タイトル: マリリン モンロー / グランドセントラル [ポスター]
戦時中、日本に都合のいい情報ばかりを流した大本営。その名残か、日本のミュージシャンの海外公演が大して話題にならなくても大成功だったなどというのがよくある。日本に関する海外での情報が大げさ過ぎる場合は多々あるのだ。

「英語でしゃべらナイトスペシャル」でパフィーが大人気と伝えていたがそうだろうか?確かに彼女たちをモデルにしたアニメ番組が放映され、地下鉄にもポスターが貼られていたが、ごく一部のアニメファンに人気があるだけで、一般のアメリカ人たちは全く興味を示さない。アメリカ社会全体で大ブレークした訳ではないのだ。

また、このNHK番組に出演していた「日本通」のアメリカ人達がこぞって、日本人はカッコいい存在だ、その日本人が英語を話すようになると日本人ではなくなるから話せなくて良いといった発言をしていたが、随分と乱暴なコメントだ。世界へ通じるドアを開けてくれる門番は英語しか話さない。英語を話せないと"Go away!" と邪険に脇に押しやられていまう。アメリカで暮らした事のある者なら誰でも身に沁みている。ま、メキシコ人や中国人で英語を話さない人も堂々と暮らしているのもニューヨークではあるけれど。

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