70年代にNYで古着屋を営んでいた私は帰国しても相変らず古着と縁が切れず、フリマに出店したりする訳だが、NYに出かける時にも少しでも経費を浮かそうとトランクいっぱいに古い着物を詰めて6000キロもの距離を移動するのが常である。まったくいつになったらシュマタ(NYの古着の仕入れ先のユダヤ人は古着をイディッシュ語でシュマタと呼んでいた)とおさらば出来るのだろう。
ここ数年着物を買ってくれるところが2ヶ所あるので、その1ヶ所に前もってメールをしておいたら、ビジネスが良くないからあまり期待しないで、と言って来た。この方はいつもそう言うので私はきっと今回も買ってくれるだろうと甘く考えていたのだった。
トランクいっぱいに着物を詰めると相当重くなる。今回滞在したブルックリンからマンハッタンまで重いトランクを引きずって行くのは女にはキツイ。しかも今回、私は膝を痛めていたのだ。で、ステイ先の友人にお寿司とトム・ジョーンズのコンサートをおごる時にお願いしてトランクを運んでもらったのだが...
友人からの貰い物である古いトランクのローラーにガタが来ていて押してもまっすぐ進まないので力が要る。途中でその男の友人は(何で俺が運ばなきゃならないんだ)と腹が立って来たらしく、イヤな顔をし始めた。こういう時は本当に惨めになる。彼がトランクから手を離してしまったので、最後の10ブロックほどはデコボコの舗道の上をヨロヨロしながら自分で運んだ。彼はそれを傍観していた。彼の(何でそんな物を持ってくるんだ)と言わんばかりの責めるような視線も結構堪えた。久しぶりに会ったその店の日本人の男性は、店が忙しいからというのでトランクはいったん店に置かせて貰った。
その後でお寿司を食べに行った。大して美味しくなかったがアメリカ人の彼は美味しい、美味しいとさっきの不機嫌さはどこへやら、食欲を失った私が残した分まで食べていた。さすがにチップは自分で支払ってくれたが、60ドルという、私に取っては痛い出費になった。トム・ジョーンズのライブのチケットが1枚65ドル、当たり前だが2人分だと倍かかる。これも痛かった。彼の懐具合は私のそれとは全く関係ない事だが、彼は7年前に買ったマンションを最近売っている。それで2千万円ほど儲かっているが、今回の旅で彼に奢ってもらったのは1回、アンドリューズという食堂のチェーン店でサンドイッチだけ。考えてみれば過去数年彼を知っているが、デートしていわゆるファンシーレストランでご馳走になった事はない。アメリカ人男性は日本人女性のスタンダードで見ればケチというのはよく知られた事だが、いい仕事に就いて収入もそこそこあるのに、彼のライフスタイルを今回目の当たりにして驚いた事がたくさんあった。
後日トランクを置いて来た店に電話をすると、日本から買い付けた物がまだたくさんあるし、買いたい物は何1つないという思いがけない返事でがっかりしたが、もう1人心当たりがあるのでトランクを引き取りに行った。その時に店の実質的なオーナーのアメリカ人の女性は、品質のいい物がない、こんなのは要らないと私が持ち込んだ物をけなすのだ。一切買わないと言われただけで充分堪えているのに、冷たい態度と表情で、まるで私が悪い事でもしたように怒られて気分は更に暗くなった。
トランクを引き取ると、頑丈な作りなのに片側が破れていた。どんな扱い方をしたのかがそれでわかったが私は何も言わなかった。
もう1ヶ所の心当たりは日本人女性で、ハギレ、小物、着物の大方を買いとってくれ
たので心底ホッとした。商談が済んで帰ろうとした時、彼女はこう言った。
「重い物を日本から運んで来てくれて本当にありがとう」
その言葉が嬉しかった。支払ってもらったのは値段にすればたったの2、3万円なのだが、これで自宅から成田、そしてJFKからブルックリンまでの移動費がすっかり浮いたし、彼女が喜んでくれたのが何よりだった。彼女は古着屋をやっていた頃の私を思い出させるのだ。
日本人には情緒、思いやり、気配り、義理、人情という心情的に優れたところがあり、かつてNYを離れたのはこういう情緒がアメリカ人にはなく、私はやっぱり日本の方が住みやすいと思ったからなのだが、そういった心根も最近は随分とすたれているのが残念だ。
(写真は古着を値踏み中のMさん)