キが元と申してあるのです、
人民は総てのもののキを頂いて成長しているのです、
キを頂いてください、
横には社会のキを、縦には神の気を頂き、悪いキを吐き出してください、
よい気を養ってください、
気を見分ける鏡を与えてあるではないですか、
【日月神示 夏の巻】
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そのとき、人々が悪霊につかれた盲人で口のきけない人を連れてきたので、イエスは彼をいやして、物を言い、また目が見えるようにされた。
すると群衆はみな驚いて言った、「この人が、あるいはダビデの子ではあるまいか」。
しかし、パリサイ人たちは、これを聞いて言った、「この人が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかしらベルゼブルによるのだ」。
イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。
もしサタンがサタンを追い出すならば、それは内わで分れ争うことになる。それでは、その国はどうして立ち行けよう。
もしわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出すとすれば、あなたがたの仲間はだれによって追い出すのであろうか。だから、彼らがあなたがたをさばく者となるであろう。
しかし、わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。
まただれでも、まず強い人を縛りあげなければ、どうして、その人の家に押し入って家財を奪い取ることができようか。縛ってから、はじめてその家を掠奪することができる。
わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。
だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。
また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。
木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。木はその実でわかるからである。
まむしの子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。
善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。
あなたがたに言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。
あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである」。
この世にいるということは、わたしたちは、サタン側なのです。
アダムとエバの時から、世に落ちて以来、天に上った人もいません。
悔改めなければならない側にいるのです。
天から来た方は、イエス様だけです。
ですから、イエス様をサタンと言えば、サタンがサタンを追い出す構造になります。
自滅しかありません。
自分でイエス様がサタンだと決めつけることが、汚れ曇っているのです。
自分がイエス様より正しいと、天狗になっているのです。
イエス様が誰か分からないほど、身魂が曇ってしまったのです。
イエス様とパウロを見分ける事もできなくなったのです。
神と人では、善人と悪人なのです。
どちらも善人にはならないのです。
ですから、パウロの教えは偽善なのです。
悪い倉から、イエス様の十字架で自分たちの罪の身代わりをされたと、偽善の教えをとり出しているのです。
良い倉は、イエス様の御言葉を心に貯えた人の心です。
イエス様のみ言葉は、わたしたちが悔改めるための大事な宝です。
何を大事にするかで、将来が決まるのです。
嘘を見分けるのは心の鏡です。
イエス様とパウロを一緒にしないことです。
主は一人です。
パウロがイエス様と一緒なら、あなたは知らないと言われる破目になるのです。
イエス様が自分にどう映るかで、将来が決まるのです。
自分の信仰が自分を救うのです、
自分の言葉が自分を救うのです、
自分の言葉で自滅しないように、気をつけなければなりません。
あなた様に平安がありますように。
イエス様の御国がきますように。
最後までお読み頂きありがとうございました。




