天に向って石を投げるような事は早くやめねばなりません

【日月神示 月光の巻】

 

 

多くの者が言った、イエスは悪霊に取りつかれて気が狂っている、どうしてあなた方はその言う事を聞くのか、他の人々は言った、それは悪霊に取りつかれた者の言葉ではない、悪霊は盲人の目を開ける事ができようか、エルサレムで宮清めの祭が行われた、時は冬であった、イエスは宮の中にあるソロモンの廊を歩いておられた、するとユダヤ人達がイエスを取り囲んで言った、いつまでわたし達を不安のままにしておくのか、あなたがキリストであるならキリストだとはっきり言っていただきたい、イエスは彼らに答えられた、わたしは話したのだがあなた方は信じようとしない、わたしの父の名によってしているすべての奇跡と行いがわたしの事を証明している、あなた方が信じないのはわたしの羊でないからである、わたしの羊はわたしの声に聞き従う、わたしは彼らを知っており彼らはわたしについて来る、わたしは彼らに永遠の命を与える、だから彼らはいつまでも滅びる事がなく彼らをわたしの手から奪い去る者はない、わたしの父がわたしに下さったものは全てに優るものである、そして誰も父のみ手からそれを奪い取る事は出来ない、わたしと父とは一つである、そこでユダヤ人達はイエスを打ち殺そうとしてまた石を取りあげた、するとイエスは彼らに答えられた、わたしは父による多くの良い行いをあなた方に示した、その中のどの行いのためにわたしを石で打ち殺そうとするのか、ユダヤ人達は答えた、あなたを石で殺そうとするのは良い行いをしたからではなく神を汚したからである、またあなたは人間であるのに自分を神としているからである、イエスは彼らに答えられた、あなた方の律法にわたしは言うあなた方は神々であると書いてあるではないか、神の言葉を託された人々が神々といわれておるとすれば、(そして聖書の言は消え去る事があり得ない)父が聖別して世に派遣された者がわたしは神の子であると言ったからとてどうしてあなたは神を汚す者だと言うのか、もしわたしが父の奇跡や行いを行わないとすればわたしを信じなくても良い、しかしもし行っているならたとえわたしを信じなくてもわたしの奇跡を信じるがよい、そうすれば父がわたしにおりまたわたしが父におることを知って悟るであろう、そこで彼らはまたイエスを捕えようとしたがイエスは彼らの手を逃れ去って行かれた、イエスはまたヨルダンの向こう岸、すなわちヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行きそこに滞在しておられた、多くの人々がイエスの所に来て互いに言った、ヨハネは何の奇跡も行わなかったがヨハネがイエスについて言った事はすべて皆本当であった、そしてそこで多くの者がイエスを信じた

 

 

 

ヨハネによる福音書 第10章②の反芻

 

神様に背くこと、イエス様に石を投げる事は、神様を恐れないからです、神様を知らないからです。

 

恐れるべき方を早く悟ることです。

 

唯一の神である、イエス様を崇める事です。

 

イエス様が神であると知らない人ばかりなのです。

 

今のキリスト教会も同じです。

 

イエス様だけを拝んでいないのです。

 

アダムとエバは、神によって造られ、楽園の中で生活していたのですが、

 

エバが悪魔にそそのかされて、神の御言に背きました。

 

アダムも同様に背きました。

 

神様に背く事、イエス様に背く事が罪です。

 

罪が分からないで、神様が見えなくなったのが盲人です。

 

イエス様が神様と見えることは、ラクダが針の穴を通るほどの奇跡です。

 

共にいる弟子でも、イエス様と父が一つであることがなかなか分からないほどです。

 

ですが、イエス様は、その奇跡を切に望んでおられるのです。

 

イエス様は、命を懸けてでも、神の栄光を現わすことで、人々に目覚めてほしいのです。

 

神の国がくるから、その準備をしてほしいのです。

 

いつまでも、神様が見えない、分からないでは間に合わないのです。

 

イエス様に従おうとする気持ちがあれば、その人はイエス様が重んじてくださるのです。

 

イエス様に従おうとするなら、なんとかなるのです。

 

それは、父がその人を重んじられるからです。

 

イエス様は、父の重んじられることを重んじられるのです。

 

父のみ心の通りなさるのです。

 

父は、イエス様を愛する者を愛されるので、イエス様もその通りなさるのです。

 

イエス様の言葉を聞いて、父のなさることを知ることです。

 

父のみ心の通り行う事は、難しい事ではないのです。

 

イエス様を愛することは、誰にでもできるのです。

 

目の前で盲人が見えるようになっているのに、信じないのは頑なです。

 

自分ですら奇跡は行えないのに、奇跡を行ったイエス様が神様から来ていないと言うのは、その人の判断基準が狂っているのです。

 

自分が天狗になればなるほど、

 

イエス様を汚すのです。

 

イエス様は、聖別された方、神の言葉を託された方です。

 

ヨハネは奇跡は行えないですが、ヨハネの言ったこと、イエス様が神の子羊であることは、すべて本当なのです。

 

イエス様の羊なら、神の言葉を聞き分けて、イエス様についていくのです。

 

わたしたちも、イエス様の言葉をよく聞かなければなりません。

 

あなた様に平安がありますように。

 

イエス様の御国がきますように。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。