下のリンクより、マルコの福音書 09章が、読めます。

 

 

 

マルコによる福音書 
第09章 

 

ー 日月神示 ー (3)

 

今に後悔するのがよく分かっていますから神はくどく気をつけて置くのです、神示を読めば読むほど神徳があるのです、どんな事でも分かる様にしてあるのです、言うことを聞かなければ一度は種だけにして、根も葉も枯らせてしまって、この世の大掃除をしなければならないのですから、種のある内に気をつけているのです、気づかねば気の毒なことになるのです、

 

ー マルコによる福音書 ー
第09章 一部記載します

 

イエスは彼らに言われた「よく聞いておくがよい、神の国が力をもって来るのを見るまでは決して死を味わわない者がここに立っている者の中にいる」
六日の後、イエスはただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて高い山に登られた、ところが彼らの目の前でイエスの姿が変り、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでもそれほどに白くすることはできないくらいになったす、するとエリヤがモーセと共に彼らに現われてイエスと語り合っていた、ペテロはイエスに向って言った「先生、わたし達がここにいるのはすばらしいことです、それでわたし達は小屋を三つ建てましょう、一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」そう言ったのは、みんなの者が非常に恐れていたのでペテロは何を言ってよいかわからなかったからである、すると雲が湧き起って彼らを覆った、そしてその雲の中から声があった「これはわたしの愛する子である。これに聞け」彼らは急いで見まわしたがもはや誰も見えず、ただイエスだけが自分達と一緒におられた、

 

ー 以下反芻 ー 

 

イエス様が神様です、
よくよく言葉を聞くこと、
キリスト教の話を聞くことでは、
ありません、
弟子の名前が付けられた、
キリスト教に、何の意味もありません、
弟子を見本にするのでは、ありません、
イエス様を見本に、生活すること、
「これはわたしの愛する子である
これに聞け」と、あります。
この言葉を信じます、
人は、多数集まっても、
間違えます、
今この世が、争うように、
平和に暮らす国、
戦争をしている国、
言葉で、争う国、
武力で争う国、
スポーツで争う国、
良い面も、あります、
貿易により、
助け合うことも、あります、
コストの良いところから、
取引できます、
危険な国から、
比較的、安全な国に住むことが出来ます、
個人で、イエス様を知ることが出来る時代が
来ています、
イエス様の哀れみを知ること、
聖書をもとに、知ることが出来ます、
聖書のこと、多く知っても、
天狗にならないことです、
信仰も同じです、
信仰が増しても、
自分の偉さを、持たないこと、
外に、自分を出さないことです、
イエス様だけに、栄光です、

イエス様に感謝、祈り、賛美、

ひとは、罪を自覚して、
静かに、身を低くして、
生活をすることです、

 

イエス様の御国が来ますように

多くの方々救われますように

 

いつも、ありがとうございます。