今日は、レクイエム編の背景を含む、質疑応答を、私、神坂美奈子と夫俊一郎との対話でお送りします。

「えーっと、まず確認するけど、あなたがセックスしたことがある女性って、本当に、私一人だけなの。」
「そうだな。」
「32年前だったか、あなたの後輩が訪ねてきた時、聞いたら、その気になったらやり放題だったはずなのに、据え膳絶対に食わなかったって、そのとおりだったんだ。」
「そう。僕は鏡だって言っただろう。」
「そのこころは。」
「相手が、心から許して、かつ、快感を感じてくれないと、僕は快感を感じないから、当然、セックスする気にならないってこと。」
夫と付き合うまで、男は狼だと思っていたのですが、彼は例外だったわけです。
「本当に、その気にならないんだ。」
「そうだな。下心っていうものが、理解できない。」
「単純に、快楽を求めるって考えは無いの。」
「ない。美奈子のように、完全に責任を持てる場合はともかく、お互い遊び、何て言っても、絶対何らかの影響は与えてしまうものだから、それを思うと、やる気にならない。」
彼は、本当にそう考えますし、そのとおり行動するのです。
「じゃあ、何故やる気にならなかったか、個別に聞くわ。まず、田中圭子さんね。」
彼が大学2年生の時に付き合った、最初の彼女です。
「うーん、彼女の場合、候補に挙げること自体間違いだった。」
「でも、京大生には珍しいかわいい子だったんでしょう。」
彼は、苦笑しました。
「そうだな。かわいいと分類できそうなタイプではあった。」
「じゃあ、何故。」
「プロポーズしたら、振られたってところかな。」
「キスさえせずに、プロポーズするって、どうよ。」
冗談のような実話なのです。
「ああ、彼女、滅茶苦茶ひねくれていて、その上、自分は不幸なのって、悲観的かつ露悪的で、滅茶苦茶カミングアウトしまくってくれたから、こりゃ、引き取って、元から叩き直さにゃあかんと考えたら、拒否されたってことだな。」
「可愛いって言ったからには、ブスじゃなかったのよね。」
「うん。小柄でコロッとしたタイプだったが、ブスではなかったな。」
「じゃあま、あなたに振られたとしても、恨まないわよね。」
「振られたと言うか、プロポーズ断られたのは僕の方だが。」
「あなたは、女心を全く理解しないから、そう思うんだろうけど、私なら、絶対迷ったと思うわよ。」
「ああ、それは、散々迷った上に、母親に相談した上で、断ってきた。」
迷ったことこそ、夫に気があったことは丸わかりなのですが、彼は気付かないのです。
「じゃあ、二人目の聖護院真智さんは、どうだったの。」
真智さんは、結婚前には全く話してくれなかった相手でしたし、私、何と新婚旅行の時に、京大で彼女に会っていたのです。
健康的にふっくらしていて、上品で、理知的で、流石京大生と思った女性でしたが、私を見ても平然としていましたから、まさか、2年前まで夫の彼女だった女性だとは、思いませんでした。
「彼女こそ、おもろい関係だったな。」
「でも、キスさえしていないんでしょ。」
「キス以上したのは、美奈子だけだが、真智にも、振られたと言うべきなのかもしれない。」
「あなたが、二人連続、振られたってことなの。」
私は、女性の方が見る目が無かったと思いました。
「うーん、彼女に振られた、ではなく、京都の歴史に負けたってところかな。」
「何それ。」
「実は、僕は、真智にだけは、欲望が起きたんだよ。」
「彼女は、どうしたの。」
「何と、こう言われた。「私は、神坂さんが好きですし、あなたも私が好きでしょう。でも、私は、聖護院家を背負っていますから、家庭に問題のあるあなたと、交際するわけには行かないのです。わかってください。」だから、僕が、その気にはなっても、手も足も出せなかった。でも、僕が卒業するまで、彼女は、秘書のように見守ってくれた。」
「本当に強い子だったなのね。」
家のために、自分の気持ちを抑え、それでも、夫を支えたのですから、大した人物です。
「彼女こそ、いい意味で、生粋の京女だったよ。金銭管理も見事だったし、普通なら、相思相愛の相手を前に、見事に割り切ることはできないよ。」
「本当に、何もなかったの。」
改めて、確かめました。
「正直な話、真智が許してくれたら、押し倒していたよ。でも、彼女なりに、1回だけ僕を試した。」
「色仕掛けをするような女じゃないわよね。」
上品な淑女でしたから、間違ってもそんなことはしそうにありませんでした。
「うん。興味深い女心だと思う事件だった。」
「何したの、真智さん。」
「彼女、新婚旅行の時に会ってわかっただろうけど、上品で、普段は、顔以外の肌を、ほとんど見せないファッションだったんだが、たった一度だけ、普段は編み込んで肩に垂らしていた髪をアップにして、眼鏡をコンタクトに変えて、夏だったからか、ノースリーブのブラウスに、ミニスカートで現れたことがあったんだよ。」
凄いイメチェンと思いましたが、考えてみると、私自身が、夫と交際する前に、男に振られて、というと誤解を招くが、初めてのデートで、ホテルに行こうと迫られたので、はねつけたら、その夜の内に相手は他の女に乗り換えたことがあったのです。
そして、頭に来た私は、肩まで会った髪をバッサリ切った上にパーマをかけ、座敷童からアニーに変身したのです。
「それで、どうなったの。もしかしたら、私の時と同じだったの。」
私の劇的なイメチェン、効き過ぎて、会社の人間は、誰も私と気付いてくれなかったのですが、一人だけ気付いてくれたのが、まだ交際する前の夫だったのです。
「そのとおり。僕は、一目で気付いたから、凄いイメージチェンジだね。こちらも似合うよ。と褒めたが、彼女は、それだけで満足したらしく、二度とやらなかったな。」
つまり、夫は、真智さんのことも、私同様愛していたのです。
本人、感情がないので、気付いていませんが。
「それも愛だと思うけど、その次は誰かしら。」
「美紀子さんパートワンだな。」
彼女との付き合いは、卒業後、私の前のことしか聞いていませんでした。
「えっ、4年の時の由紀子さんより前に、美紀子さんとも付き合っていたんだ。」
微妙な線でした。
「付き合ったと言われると微妙だが、だだっ広い京大構内を移動する手段に、僕のスカイラインを貸して、2回だけ喫茶店デートした仲だった。」
聞く限り、今までで一番薄い関係です。
「彼女とすら、言えないんじゃないの。」
「その割に、母親には二回も挨拶されたし、摩耶家の覚えは悪くなかったようだ。」
「でも、何にも無しと。次行きましょ。」
理解できないので、次に進むことにしました。
「次が、山村由紀子さんだ。デートした回数だけは、生涯最高、美奈子よりも多い。」
「それなのに、なーんにも無しって、どうよ。むしろ、彼女に失礼なんじゃなかったの。あんたの彼女、ブスは一人もいなかったでしょ。」
「顔は、親しみやすい感じで、美人の範疇だったし、背は160センチで細身だったが、8頭身でバストとヒップは程よく豊かで、腰は見事にくびれていたし、素晴らしいスタイルの女性だったよ。」
どう考えても、私よりも上です。
「それなのに、なんでセックスしなかったのよ。そんなナイスバディーの恋人に何もしなかったなんて、キス.だって、私だけよって、信じられないわ。」
すると、その理由を説明してくれました。
「由紀子はね、母親の影響なのだが、処女信仰で、結婚するまで処女を守らせてくれる相手としか恋することができなかったんだよ。しかも、中身も、18歳の女子大生とは思えぬありさまで、僕は、中学生と淫行するような気持になって、手を出せなかったというのが、現実だ。」
淫行するような気持には、思わず笑ってしまいましたが、夫の謎が一つ解けました。
「その次って言うと、幸子さんパート2なのね。」
卒業式で再会して、その後半年付き合ったはずです。
とは言っても、3回デートしただけなのです。
「デート3回で終わった、シンデレラ・エクスプレスだったわけだ。でも、3回とも、彼女の実家まで送って行って両親にも会ったから、期待させてしまったのは、心苦しい。」
それでも、美紀子さんも、自分で未来シミュレーションを試みて、駄目だと諦めたのです。
「彼女も、納得はしてくれたのでしょう。」
「18年後に確認したら、僕の幻視と同じ結果が出たから、所詮駄目だったのよね。と話してくれた。」
「ところで、どうやって彼女と別れたの。」
「手紙一本。」
「ひどい。」
「結果論でしかないが、彼女の余命3年を、18年+3年引き延ばしたことで、許してもらおう。」
「3年って、なあに。」
「僕と結婚したら、3年で、高子婆を殺して自殺する未来を幻視したわけだ。だから、美奈子と結ばれる未来を選択した。」
「ということは、彼女の未来シミュレーションも同じだったんだ。」
「そう。おまけに、宏和の霊感でも、その時彼女と結婚したら、3年で終わっただろうと、こちらも一致した。」
「つまり、幻視者俊一郎、超天才美紀子、霊能者宏和、三者一致したわけね。」
「それで、彼女のお父さんが無くなって、僕の所に化けて出て、「娘をたすけてやってくれ。」と頼まれたから、何とか助けようとしたが、余命3ヶ月を3年まで延ばしたのが限界だった。」
あの時、何故元カレとしか言えない夫が、そこまでするのかと、夫婦げんかになったのですが、彼は、「彼女の亡父の幽霊に頼まれたから、できるだけのことはしてあげるのだ。」と応じたのです。
いまだに、どうすれば寿命を引き延ばせたのか、謎でしたから、この際聞いてみました。
「どうやって、余命を引き延ばせたの。」
「科学的にも物理学的にも、ありえないことなのだが、18年ぶりの彼女と再会した日の次の日が彼女の誕生日だったから、その時身につけていた、トルマリンのブレスレットを彼女にプレゼントし、それを通じて、僕の生体エナジーを供給した。」
那須塩原と東京、約700キロ離れています。
「松任谷由実のシンデレラ・エクスプレスの歌詞ではないが、「力をください。距離に負けぬように。」を違う形で実践したわけだ。」
それでも、結局、距離に負けたわけです。
「美紀子さん、どんな形で亡くなったの。」
私としては、彼女が亡くなった時に、「誰か死んだ。美紀子さんだろう。」と言い、そんな馬鹿なと思っていたら、翌朝、彼女の母から、「昨日娘が倒れ、私が発見した時は、心肺停止状態で、体温もなくなっており、手遅れでした。」と正直に言ってしまってから、慌てて、「元気になったら、連絡させます。」と言って電話は切れました。後半は、娘が死んだことを隠したかった、彼女の優しさなのでしょうが、霊感男でもある夫には死んだ瞬間伝わったのですから、無駄なのです。
「トルマリンのブレスレットが砕け散ったことは話しただろう。」
「代用品を送ってあげたのでしょう。」
「3年が経過する彼女の誕生日の前日には届くように送ったが、彼女は、もう自分の体は、僕のエナジーを受け入れることができないと悟ったのだろう。テーブルに、僕の手紙を広げ、その上にブレスレットを置いて、椅子の前に倒れて死んでいたんだよ。」
まるで、その場を見ていたような話ですが、これも、夫の幻視能力の一端なのです。
「悲しくなかったの。」
夫の喜怒哀楽は異常ですから、確かめてみました。
「その時は、空虚感しかなかった。」
そうでした。
20年経った一昨年の同窓会で、卒業アルバムの彼女の写真を見たら、ああ、死んでしまったんだと悲しくなったと言う、なんともおかしな人間なのです。
「それで、少しは悲しみがわかったって言ってたわね。」
「そう。それで、不思議なことだが、美紀子さんの幽霊ではなく、恐らく、僕と双子の魂の要求により書き始めたのが、彼女が生きていて、美奈子や彼女の夫が死んで、彼女の子供たちも存在しない、異世界編なのだ。一種のレクイエムだな。」
疑問をぶつけてみました。
「あなたの小説って、元があるのよね。」
不思議な話なのですが、彼が書いた、膨大な量の小説原稿は、自分の創作ではなく、幻視したものを文字に起こしたに過ぎないと言うのです。
「レクイエムの原作は、どこから来たの。」
「死ぬ直前の美紀子さんの創作だよ。」
つまり、彼女も夫と同じような幻視もできたことになります。
「美紀子さんも、幻視できたの。」
「いや、彼女の遺作を、僕が幻視できただけだ。」
なるほど、つまり、夫が、彼女のゴーストライターになったわけです。
「そうなんだ。あなたも凄いと思ったけど、美紀子さんの創作も凄いのね。」
「そういうこと。次が美奈子編になる。何か、ご質問は。」
「今日聞いただけで、私の頭はパンクしたから、これで、お終いにして。」
「じゃあ、続きは、また別の日に。」