不定期更新のサヴァンシリーズ、続きです。

リタイヤ後の神坂一郎君ですが、まずまず元気に暮らしていますし、馬に乗れなくなった分、自転車に乗って運動不足を補っています。
しかし、自転車で走り回っていて困ることがあるのです。
これまたサヴァン症候群とつながりはありそうなのですが、彼は、若いころからなのですが、人の顔と名前が全く覚えられないのです。
彼のサイクリング、白髪の老人?が、老人とは思えないスピードで自転車でぶっ飛んで行きますから、どうしても目立ちますし、皆注目するのです。
ですから、地域のコミュニティーでは、「神坂さん、自転車で元気に走り回っている。若いわあ。」と評判になっているほどなのですが、本人全く誰に見られているのか把握できていないのです。
コミュニティーでも、会議の司会進行やら取りまとめなどの能力を買われて、リタイヤ後、年1万円のボランティアで、事務局員を請け負っているのですが、毎回会う三役の名前と顔だけは何とか覚えたものの、他の委員については、何度会っても全然覚えられないのです。
名簿はあっても、座席表が無いから余計なのですが、年取って呆けたわけではなく、若い頃からこうなのです。
しかも、正確に言えば、顔の見分けがつかないわけではなく、個々の顔の差は見事に見分けるのです。
それだけでなく、お化粧しようが、髪型変えようが、服装変えようが、人の見わけはつくのですが、その人の名前は全くと言ってよいほど覚えられないのです。
顔と名前が結びつかないのです。
なまじ、人間の絡まない記憶に関しては、サヴァン症候群の情報処理能力のお蔭か、超人的ですから、何度会っても誰だかわからないというか、名前が覚えられないことが、他人には理解してもらえないのです。
それもあって、人付き合いの悪さが天下一品なのですが、妻の美奈子さんは、他人から見ると、一郎君とは対照的で、人当たりが良くて明るいのです。

ところが、実は人と話すのは大の苦手で、できるだけ人とは関わりたくないのが彼女の本音なのです。
ですから、人付き合いの悪い夫を持って一番喜んでいたのは、実は彼女だったのです。
彼女、人と何をしゃべったらいいのかわからないと言います。
その点、一見不愛想で人付き合いが悪そうに見える一郎君は、どんな相手とでも臨機応変に話題を合わせて会話することができまあすから、皆、彼と話してみると驚くのです。

えっ、こんなに面白い会話ができる人なんだと。
広範な知識を持っていますから、相談すると親身にいろいろ聞いてもらえますし、的確なアドバイスもしてくれますから、彼と話した人間は、驚きつつ感謝するのですが、その彼が、会話した相手の名前を全く覚えないことは、信じられないのです。
現役時代、よくそれで仕事をバリバリやっていたなと思いますが、それについては、仕事の種類と場所を結び付けて何とか対応していたのです。
どうしたかと言うと、シチュエーション毎に情報を記憶してしまうのです。
〇〇の会議となると、出席予定者名簿を記憶するのです。
つまり、名前と肩書という文字情報なら、彼は簡単に記憶できるのです。
それで、本番では、座席表があればそれを記憶するとともに、情報の無い者については、記憶した名簿から該当する者を推測していくわけです。
それで、44年もの間、誰も気付かないぐらいうまくやっていましたから、余計に信じてもらえないのですが、場面の設定があるからできる芸当で、一番困るのは、普通なら会いそうもない場所で偶然知人に会ってしまった場合で、記憶力自体は優れていますから、どこかで見た顔だなとわかるのですが、名前や肩書と言った情報とつながりませんから、相手が誰だかさっぱりわからないのです。
それでも、現役時代は気付かれずに仕事をしましたから、これからも問題になることはないでしょう。
妻の美奈子さん、夫の一郎君が、人の名前と顔がわからないことは、付き合って初めて知ったのですが、そんな彼が、どうして自分のことを、初対面だった入社式後の各部署挨拶の時に、以前から知っていたかのように注目してくれたのが不思議だったのです。
その上美奈子さん、一郎君と付き合う前に交際した男に、2回目のデートでホテルに行こうと強引に誘われたので断ったら、それだけで振られたことがありました。
失恋ではないものの、それなりにショック、かつむかついたので、気分転換に座敷童スタイルのおかっぱ頭から、髪を短くして、パーマもあてて、モンチッチに大変身したら、同じ職場の人たちは誰一人彼女と気付いてくれなかったのです。
それなりに痛快な気分ではありましたが、一郎君だけが一目で見分けてくれましたから、更に不思議に思ったのと同時に、初対面の時と言い、その時と言い、私を見分けてくれたと言うことは、もしかしたら私を気に入っていて、付き合ってもらえるのかしらと淡い期待をしたのも事実でした。
それで、付き合った1年後には本当に結婚していましたから、初対面から付き合い始めるまでの間、どうして私だとわかったのか聞いてみたのです。

すると、「外見ではないもので見分けている。」との不可解な回答でした。
外見ではないものとはいったい何なのか、それを聞いても、「うーん、その人の持つ雰囲気、一種の波動とでもいうべきものかな。」とさらに訳が分からない答えが返ってきました。
それ以上に訳の分からない答えは、「美奈子は、前世で何度も一緒になっているから、それもあるかな。」でした。
まあ、サヴァンの夫は、人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる変人だと言うことは、43年の結婚生活で十分理解しましたから、そんなものかと思うだけでした。

画像は、そろそろ食べられるようになってきた庭のブルーベリー、ブラックベリー、そして今日開花したビオトープの睡蓮です。