一郎君、夢の幻視で、座敷童さまに話を聞くことにしました。
とはいっても、今回は、何時ものように自動的に夢に見るのとは違って、相手が居ることですから、うまく行くかどうかは座敷童さま次第です。
それでも、とりあえず試してみることにしました。

その夜、試そうとしたのですが、都合よく眠れませんから、最初に亡き猫たちに呼びかけてみることにしました。
ミトラ、今年で15年だったね。子猫の頃から私の布団の中で寝ていたね。離乳しないうちに捨てられて、娘が横浜から連れてきて美奈子に猫用ミルクで育てられたためか、人間の子供のような猫だったから、最後に私の胸で死なせてあげられなかったのがとても残念だったけど、長い間ありがとう。
ハル、とっても賢い子だったね。クロが死んだ時、美奈子が大泣きしていると、大丈夫って心配して寄り添ってくれたね。13年ありがとう。
ポン、我が家唯一の長毛猫で、モジャモジャで大きく見えるけど、実は細かったね。わがままで手のかかる猫だったけど、13年ありがとう。
ニャチ、若い頃にはフリスビーキャッチのような芸をして楽しませてくれたね。年取って急に元気がなくなってきていたから心配だったけど、13年ありがとう。
ピーキチ、姉のニャチのやつあたりにあったり大変だったけど、目立たないいい子だったね。13年ありがとう。
ケロロ、千葉から我が家に保護されて最初は馴れなかったけど、馴れてきたらちょっととぼけた感じで可愛かったよ。12年間ありがとう。
ギロロ、兄のケロロと違って最後まで家庭内野良だったけど、一応飼い猫の分はわきまえていたし、なかなか可愛い顔の猫だったよ。12年間ありがとう。
ナツメ、君も千葉から我が家に来た猫で、人を完全には信頼していないようだったけど、おとなしくていい子だったよ。10年間ありがとう。
クロミ、君も千葉から我が家に来たきれいな黒猫で、完全には馴れなかったけど、飼い主の言うことは聞いてくれたいい子だったね。9年半ありがとう。
リン、東日本大震災と原発事故がなければ福島で幸せに暮らしていられただろうに、これも運命だね。結構悪いことをして、美奈子が怒り狂っていたけど、9年間ありがとう。
アカネ、君は原発事故で全村避難で無人になった村で生まれ、母のチロと兄弟3匹とともに保護して我が家に来た猫だったね。兄2匹に先立たれ、アレルギーなのか、背中からお尻の毛が抜けて大変だったところに母のチロも亡くなってしまった直後だったけど、人に良く馴れていた可愛い子だったよ。9年間ありがとう。
デンボ、君もチロの息子で唯一健康な猫だったけど、呼ぶと長鳴きをしてちょっと拗ねたようなところが可愛いいい子だったよ。9年間ありがとう。
チビタン、野良で兄のブチに引き続いて保護した猫だったけど、兄は猫エイズで早世してしまったなか元気に生きていたのに、可哀そうなことをしてしまったよ。美奈子には馴れなかったけど、私には従順ないい子だったね。2年間の短い間だったけど、ありがとう。
ニャーン、野良でポコ爺が亡くなった後釜を狙うかのように我が家にやって来た猫だったね。君も余り美奈子にはなつかなかったけど、私にはなついたし、孫にもシャーとうなりながらもひっかいたりせずにおとなしく言うこと聞いていた賢い子だったね。2年間の短い間だったけど、ありがとう。
カメ、2年ぐらい前から我が家に出没していたのが、何と我が家の縁側で出産したから驚いて母子ともに保護した猫だったね。端正な顔立ちで、賢くて、人に直ぐ馴れたし子育ても上手なとてもいい母猫だったよ。残念なことになってしまったけど、息子のカメ二郎とカメ三郎は、もらわれていった横浜で元気に暮らしているよ。1年にも満たない短い間だったけど、ありがとう。
カメ一郎、まだ1歳にもならなかったけど、子猫の時から今は亡きトメコと一緒に兄弟たちとじゃれあう可愛い仕草と短い尻尾で楽しませてくれたね。カメ二郎、三郎と一緒に里子に出していればと悔やまれるけど、ありがとう。
カメ四郎、君も兄弟たちとじゃれあって楽しませてくれたし、4兄弟で一番甘え上手だったね。ミトラの後継者になれると思っていたのに残念だ。短い間だったけど、ありがとう。
シマ、突然イクメン父フクフクが我が家に連れてきた子猫5匹のうちの1匹で、保護してまだ6か月にも満たなかったけど、人をよく見抜く賢い猫だったね。ありがとう。
トラ、君もフクフクの息子らしい子猫のうちの1匹で、保護してまだ6か月にも満たなかったけど、シマよりもずっと馴れてくれたいい猫だったよ。ありがとう。
サビ、何年か前からボロボロガリガリで徘徊していて、何時死ぬかと心配だったよ。保護できて、猫エイズながら体もしっかりしてきた矢先だったから、残念だ。5か月間ありがとう。
シロチャ、君もしばらく前から我が家に出没していたね。我が家に来てからは、とても良く馴れてくれて、お腹を出して甘えるようになってきた矢先だったから、とっても残念だよ。5か月間ありがとう。

一郎君、このところかなり記憶がいい加減になってきていましたから、21匹を全て思い出すのに四苦八苦し、全部終わった時にはかなり時間が経過していました。
さあ、ようやく21匹終わったと思ったら、枕元に4倍ぐらい巨大になったミトラが座って彼の顔を見下ろしていました。
同じことが7年前ぐらいに京丹波の家でありましたから、ああ、このミトラは座敷童さまだなと直感しました。
7年前は白い巨大なペルシャ猫の姿でしたが、今回はミトラの姿でしたから、一郎君、嬉しくて悲しくて、涙が出ました。
「さあ、わらわに何が聞きたい。」
ミトラの座敷童さまに聞かれた一郎君、まずお礼を言いました。
「今回の火事の件、私と美奈子が無事だったことを感謝します。」
割と無表情なミトラでしたが、座敷童さまのミトラは笑ったように見えました。
「賢いそなたのことだから、わらわが猫たちを連れて行ったことと、火事の意味はわかっただろう。」
一郎君、皮肉なことにある面最善のタイミングで起きた事故だと理解していました。
「そうですね。21匹の猫たちが幸せになれるのなら、大変な出来事でしたが、将来のことを考えると、よかったのだろうと思います。ただ、美奈子の願いがこんな形で実現したのは、私は望まないことでしたが。」
ミトラの座敷童さま、こんどは声を出して笑いましたが、猫が笑うのは不気味でした。
「わらわは、そなたの奥方とは話ができないが、元々そなたの奥方の家に憑いている精霊じゃ。じゃから、そなたの奥方の願いを聞くことはやぶさかではない。」
それにしても、猿の手方式はいただけませんでしたし、下手したら座敷童さまの鏡も燃えてしまうところでした。
「とんでもない願いのかないかたでしたね。火事になって、座敷童さまは、大丈夫なのですか。」
つんとした何時ものミトラに戻って座敷童さまは答えました。
「わらわは、この家が丸焼けになっても困りはしない。でも、それでは、そなたの奥方の家の精霊としては失格じゃ。21匹を連れて行って、帰って来たそなたたちが無事で、かつ、家が丸焼けにならない絶好のタイミングじゃったな。」
事実、後5分早かったら、美奈子が扉を開けた瞬間にバックドラフトが起きた可能性もあり、あるいは、家に入った二人が一酸化炭素中毒になった可能性もありました。
そして、後5分遅かったら、全焼していただろうと消防に言われましたし、きれいな姿で死んでいた猫たちの死体も、丸焼けになっていたでしょう。
「確かに、嫌な言い方になりますが、グッドタイミングでした。」
一郎君、今までも座敷童さまが守ってくれていたことは理解していました。
「それから、大震災の時も守ってくださったのでしょう。」
ミトラの座敷童さま、ちょこんと首を傾げました。
「ああ、何年前じゃったか、大地がえらく揺れたやつか。」
「そうです。その時も奇跡的に我が家は被害を受けませんでした。それも感謝しています。」
「座敷童としては、当然じゃ。」
でも、それだからこそ、今回の事故は不思議だったのです。
「その座敷童さまが、ずいぶん思い切ったことをされたのですね。」
座敷童さまは、猫たちとの経緯を話しました。
「カメ四郎が、鏡を覗き込んで、いいことってなあにと聞いたのがきっかけじゃな。」
「それが何故。」
「時を忘れることができる世界に生きること、それよりいいことなんてあるかな。」
言われると理解できましたが、猫に理解できたのかは疑問です。
「私は理解できますが、カメ四郎にはわかりますか。」
「あはは、わからんわな。そなたたちとはお別れじゃと言うたら、カメ四郎は怖くなって逃げおった。」
「それが何故。」
「次に、カメ一郎が同じことを聞いたのじゃ。」
「彼には、どう説明したので。」
「具体的に説明してやったわ。飯はまだかとか、トイレが汚くて入れない、なんてことを気にしないで時を忘れて楽しく生きていける世界に行けるのだぞ、と説明したのじゃ。」
なるほど、彼らにはその二つの悩みが無いだけで、幸せであろうことは想像がつきました。
「なるほど。それで、猫たちは賛成したのですね。」
ミトラになった座敷童さまは、大きく首を振りました。
「いや、そなたと別れるのは嫌じゃと答えた。そなたは、猫たち全員から好かれておったし、信頼されてもおった。」
一郎君、猫だけでなく、犬にも馬にも好かれる存在だったのです。
「人間はそうでもありませんが、動物と話すのは得意ですね。」
「そなたとは別れたくないと言うから、わらわは、脅したのじゃ。」
「何と言って。」
「カメ一郎に、お前より主人であるそなたの方が早く死ぬぞと教えてやった。」
それで言うことを聞いたとしたら、一番世話をしていたのに美奈子は好かれていなかったことになります。
「美奈子は嫌われたといことですか。」
ミトラの座敷童さまは、大きな声で笑いました。
「まあ、そう言ってしまっては、そなたの奥方は身もふたもない。そなたのいないこの家は居心地が悪いと猫たちが考えたとしておこう。」
カメ一郎の方が先に死んだということは、自分と美奈子の順番も変わることが考えられました。
「猫たちが先に死んでしまったと言うことは、もしかして、私の方が美奈子よりも長生きする世界もありうるわけですか。」
ミトラの座敷童さま、意地悪そうに笑いました。
「そうじゃな。それも、奥方の望みの一つじゃ。」
一郎君、30年前に美奈子さんが死にかけた時に、イギギさまに選択を迫られたことがあったのです。
自分の寿命を短くしてでも、彼女を助けるかと。
その時彼は、躊躇なく、自分の寿命を差し出しましたから、当然その約束は守られるものと思い込んでいたのです。
つまり、本来美奈子よりも長生きする運命の自分が、彼女よりも早く死ぬと。
それでも美奈子は、「あなたが死んだ後の手続きが面倒だから、私よりも後に死んでほしい。」とよく言っていました。
そのことよりも、彼自身の望みとは全くかけ離れたことになってしまいましたから、一郎君、座敷童さまに抗議しました。
「それって、私の望みは全然無視なのですか。」
「あははは、そのとおりじゃな。しかし、それが何よりもそなたのためでもあるのじゃ。わからぬか。」
一郎君の望みは、毎晩ミトラを抱いて眠れる、美奈子と猫たちとの何気ない日常が続くことだったのです。
しかし、火事の3日前、チロが死んだ日にも脱水で死にかけたように、自分の寿命は尽きかけていたことも確かでした。
だから、一郎君が長生きするという、猫たちと美奈子の望みをかなえた座敷童さまの選択は、何よりも一郎君のためではありました。
「つまりは、猫たちは、自分たちの命と引き換えに、私の寿命を延ばしてくれたのですね。」
すると、ミトラの座敷童さまは、真面目な顔で否定しました。
「いや、引き換えにしたわけではない。かれらも幸せなのじゃ。わらわも、21匹の子分ができたのじゃから、幸せじゃ。そなたの奥方も、望みがかなって当然幸せじゃ。今風に言えば、ウィンウィンの関係じゃよ。」
そう言ってくれると、罪の意識は感じないで済みますし、火事の後、毎朝毎晩片付けに明け暮れても、猫たちが居た時よりもずっと余裕のある生活を送れていることも確かだったのです。
美奈子さん、涙をこぼしながら、「この余裕のある生活も、あの子たちからの最後のプレゼントなのよね。」と言いましたが。
「わかりました。全て納得できました。ありがとうございました。ところで、座敷童さまは、この家から出て行くわけではないのですね。」
一郎君が確認すると、ミトラの座敷童さまは、首を傾げました。
「出て行く必要があるかな。」
一郎君、慌てて否定しました。
「いいえ、好きなだけ居続けていただければ幸いです。」
「そうじゃな。わらわは、そなたの奥方の守り神的存在だから、とりあえず、彼女が生きている限りは、そのまま居ついていよう。そなたが用意してくれた別荘もあることだしな。」
「わかりました。鏡とローズクオーツとフローライトは、あなたが居続けてくれる限り大切にするように、孫子にも伝えます。」
「それでは、猫たちに会えなくて寂しいだろうが、わらわは、鏡の中から見ておるから、安心して暮らせ。」
「わかりました。ありがとうございました。」

一郎君、自分が思った通りであったことは確認できて満足ではありましたが、火事の後片付けは、その後も大変だったのです。
皆さま、火の用心を。

画像は、お水とお花とキャットフードもお供えされて、にぎやかになった猫たちのお墓です。
イクメン父のフクフクと、シマとトラの兄弟ではないかと思われる茶色と黒の猫も墓参りに来ています。(お供え目当てではありますが。)
青い猫のボトルはワインなのですが、中身が大分減っているのは、火元の真下にあった床下収納で一番上に置かれていたため、高熱がかかって蒸発した分のようです。