仕事納めは、雨がぱらつくスッキリしないお天気の東京です。
でも、今年はこの後9連休です。
年末年始に休めるのは、30年ぶりぐらいでしょうか。

さて、続きです。

その後、母が聞きたいけど聞きにくくて遠慮しているであろう、自分の神坂家での夜の過ごし方について、京子はもっと詳しく話すことにしました。
神坂家に居候して直ぐにも話していたことでしたが、夜は、清輝の姉美華子と同室であり、彼女とは二人でお風呂に入ることもありましたし、ここでの生活は、京子のリハビリのようなものだからと、抱き合って眠ってもらったこともありました。
しかし、清輝には、まだ裸を見せたこともないし、一緒に寝たこともないし、キスさえ許していないことを再び話して、まず母を安心させました。

それから、日常生活の話題になりましたが、神坂家、朝食と夕食は、原則的には家族全員がそろってとるのが習慣で、その時には、主婦の朋子と真由美だけでなく、全員が手伝うのです。
その食事の手伝いと、人間よりも早い朝夕6時の猫の餌やりを手伝うこと、自分の部屋の掃除は自分ですることの他は、ほぼ自由だったのです。

プライバシーも、美華子と同室ながらカーテンで仕切ってもらっていましたから、守ることができる環境でしたが、京子なりに美華子を気遣ったことと、神坂家に受け入れてもらうためには、今までみたいに自室に籠もっていてはだめだと反省したことの両方の理由で、美華子が居ない時も、京子は家族が最も集まる居間に居ることが多くなり、飼い猫たちとともに過ごす神坂家の居間が、彼女のお気に入りの居場所になって行ったのです。

また、高槻の秦野家は市街地にあり、歩いてコンビニに行くことも図書館に行くこともできましたし、家の前に公園もありましたし、京子、部屋にこもって勉強する時以外は、両親とは顔を合わせたくなかったこともあって、外に出かけていることが多かったのです。
しかし、茨木の神坂家は、郊外の丘の上であり、人通りが少ないため一人で外に出ること自体不用心であり、最寄りのコンビニまででも1キロはありそうでしたから、一度美華子の自転車を借りて挑戦したこともありましたが、下り坂の行きはよいよいでも、登り坂の帰りは大変かつ人通りがなくて怖いで、一度で懲りて、一人で出かけることは諦めました。
買い物のための外出はと言うと、休みの日に神坂家の家族が揃って千里中央やら、箕面やらのショッピングモールに出かけるのに同行するだけになったのです。

また、茨木の山の中にある神坂家の地理条件は、大変自然豊かであるとともに、近くにハイキングコースの遊歩道もあることから、休日には、清輝と二人でウォーキングとしゃれ込むことも多くなり、これも楽しい習慣になりました。
山の中で二人だけになれるというシチュエーションは、ある意味刺激的でしたが、手をつないだり腕を組んだりする以上の関係にはまだ進んでいないと説明すると、明子がまたほっとしたような顔をしたので、京子は笑ってしまいました。

神坂家は、休日は家族揃って出かけると言ったものの、美華子は、大抵一人で別に出かけていました。
後から聞いたら、ほとんどが婚約者大野良明とのデートだったのです。
ですから、美華子の代わりに京子が入って、神坂夫妻、真由美、清輝と京子の5人で、車も5人乗りでしたから、出かけるのにも丁度良かったのです。

神坂家では、家族揃って、特に夫婦揃っての買い物が常識だったのですが、京子にとっては、そのことも新鮮な驚きでした。
秦野家の場合、近くにスーパーもお店もあり、徒歩で十分間に合いましたから、わざわざ車で出かけなくとも良かったこともありましたし、父の新は、買い物で妻明子のお供をすることは、尻に敷かれているみたいで格好悪いとも考えていたようで、母や自分と一緒に買い物に行くことはほとんどありませんでした。
母にしても、京子が中学生になって以降、一緒に買い物に行くのは、彼女の服や下着を買う時ぐらいだったのです。

家族で出かけ、俊一郎と朋子の夫婦は買い物中も一緒の神坂家でしたが、全員一緒は往復の車の中だけで、真由美と子供達は、駐車場に何時集合と確認して解散で、自由行動が通例でした。
京子としては、場所的に近いため、高校の知人に目撃されることを心配しながらではありましたが、清輝と二人きりになることができる機会でしたから、実質デートの時間となり、結構楽しむことができたのです。
二人で出かけなくてはデートではないという常識を覆されて、目から鱗が落ちる経験でもあったのです。

勉強も、それまでの京子は、自宅では自室にこもって、休日は図書館を有効活用して一人でやりまくっていたのですが、神坂家では自室ではなく、居間の応接テーブルでのんびり勉強するのが習慣とかで、清輝と一緒に居間でやることが多くなり、彼の家庭教師役も務めることになりましたが、これはこれで、デートに次ぐ楽しい一時になりました。

二人で勉強してみると、清輝が大変優秀な生徒であることも再確認できましたから、これなら目標の二人揃って西都大合格も楽勝だと安心した京子でしたが、勉強していて驚いたのは父の俊一郎で、たまに二人の勉強に参加してくるのです。
俊一郎、23年前のことだから忘れたなあとか言いながらも、受験に出そうな問題を、現役受験生並に解くことができたのです。
彼は、学は好むものであり、それ以上に楽しむものだと、論語に出てくる孔子の弟子顔回のようなことを言うのですが、その威力というか、効果を自ら証明しているとも言えました。
そんな俊一郎ですから、仕事関係だけでなく、広範囲のジャンルにわたった蔵書も豊富で、京子はそれを借りて楽しむこともできたのです。

また、母の朋子は、何故か受験問題には疎いのですが、元西都大学文学部国文学科の優等生としての文学の知識は、確かなものでした。
彼女、それ以外にも不思議な知識を持っていて、明治から昭和までの100年ぐらいのことに限っては、父の俊一郎よりも博識だったのです。
知的好奇心を満たしてくれるという意味からも、神坂家は、京子にとっては天国のようなところだったのです。
それらの話に、明子は感心し、娘は神坂家で幸せであることを実感できました。