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今週は、仕事で名古屋に来ています。
今回は、割といいお天気で、快適に過ごせています。

さて、今日は変な題名ですが、私の体の秘密に関わる部分でもあります。
我が家は、裕福だった祖父の影響で、生まれた時(1957年)には既にテレビがあったのです。
それで、まだ2歳にもならなかった頃(恐らく臨死体験の後)にテレビを見ていたら、ヨーガの行者が、ずっと呼吸を止めていられることや、心臓の鼓動さえ止めることができるというニュースなのやらなんなのやらわからない番組を放映していたのです。

当時の私、絶対音感の化物で、音に対して大変敏感だった反面、自分の呼吸の音、鼓動の音がうるさくて仕方が無かったのです。
それで、その番組を見て、考えました。
よし、呼吸と心臓の鼓動を止めたら、静かに過ごせるかなあと。
今思えば馬鹿なことをしたものだと思うのですが、考えたらやってみるのが当時の私の馬鹿なところで、実際に試して見たのです。

結果として、呼吸に関しては2分近く止めることに成功しました。
そして、心臓の鼓動についても、完全には止まりませんでしたが、結滞と言うのでしょうが、何秒間かだけ、不整脈のような止まり方をさせることに成功したのです。
結局、止めることはできませんでしたから(成功したら、死んでるわな。)、呼吸と鼓動がうるさいことは解消できなかったのですが、呼吸音に関しては、ゆっくりと大きく呼吸することで、ほぼ気にならないレベルまで低減することには成功しました。

後に、肺活量を計測したら最大6リットルという凄い数値がだせたのも、恐らくこの呼吸法が役立っているのだと思います。

人並み外れた肺活量、なかなか役に立ちます。
高校生の時、大して鍛えてもいないのに、サッカーの試合で前後半70分間フルに走り回っても平気だったことに役立っていたと思われますし、緊急時にも役だったのです。
2年前に屋根から転落して右の肺が血気胸で一時機能不全に陥っても、平然としていられたのもこのお陰だと思います。
転落した後、シャワーを浴びて、着替えて、自分で運転して病院にまで行けたのですから、医師は驚いていましたが、酸素供給量も、左の肺だけで90%以上の数値が出ていたのです。

今年の7月、北海道で具合が悪くなって、脈も体温もなくなった時も、病院に行くと、普通なら脳死してもおかしくないと医師が首を傾げるほどの状態だったのです。
脳に対する酸素供給が完全にはストップしなかったのも、恐らくは、この肺活量のおかげだったと思われます。

鼓動の方が止まったらしゃれになりませんから、私の真似してやってみろとまでは言いませんが、ゆっくりと大きく呼吸することは、よい健康法になると思います。

呼吸がゆったりとしていると、心もゆったりとするものです。
実際私、何が起きても余り慌てたことはありません。
さあ、どうするかなあと考えるだけなのです。
普段の生活に取り入れて、ゆったりとした呼吸をこころがけてみてください。

画像は、仕事帰りに名古屋の町を散歩していた時に見た夕焼けです。