神坂俊一郎夫人の美奈子です。
2か月ほど前から、夫が猛烈な勢いで原稿を書き始めました。
これ、普通は、前世の記憶を丸写しする時の速度なのですが、違いました。
まず、最初の言葉が良かったのです。
「幽霊に原稿を依頼されたから、美奈子を死んだことにするけど、許してくれ。」
普通、そんなことを言われたら、この人頭は大丈夫かと疑うところですが、まあ、夫に限って言えば決して珍しくはないのです。
結婚45周年になりますが、何度驚かされたか、わかりませんし、彼の頭の中は、理解できません。
それで、幽霊って誰の幽霊と聞いたら、20年前に亡くなった摩耶美紀子さんだったのです。
「あれ、彼女、最後の3年間で、あなたに言いたいこと言いまくって、成仏したはずでしょう。」
そう聞いていました。
「そのはずだったのだが、20年経って、何故か僕の夢に現れた。」
「それで、何の原稿を頼まれたの。」
「私と再婚して、幸せになるパラレルワールドのお話を書いてちょうだい、とのことだった。」
夫のことですから、快く応じたのでしょうし、あの速度で書けるということは、そのパラレルワールドを幻視することもできているのでしょう。
「夢の中で、私を殺そうが、慰みものにしようが、知ったこっちゃないけど、何か影響はあるのかし「。」
それしか、聞くことはありません。
「何もないと言いたいのだが、実は、原稿を書き出してから、気になることはある。」
えっ、幽霊が現れるとか言われたら、怖いと言うよりも不気味です。
「何が気になるの。」
「今までこんなことは無かったのだが、我が家って、今二人と猫2匹しかいないよね。」
この十年以上、二人暮らしで、猫の数が、火事で全滅して一旦ゼロになって、2年たって野良猫を1匹保護し、、その2年後に、野良猫が産んだ子を1匹保護して2匹になっただけです。
「そうね。たまに子供と孫二人が乗り込んでくることはあるけど、何が気になるの。」
「それが、9月に原稿を書き始めてから、まあ、このきっかけ自体が、彼女の20回忌だったと思うのだが、家の中に誰か居るような気がすることがあるんだ。」
本当なら、不気味です。
「私は、全く感じたことないわよ。それでなくとも、私の方が遅くまで起きているから、深夜、私と猫2匹ですごしているけど、何も感じないわ。」
「いや、これ、僕にしかわからないことなんだと思う。」
「何故、あなただけなの。別に、美紀子さんに恨まれてはいないでしょう。」
彼女の最後の3年間は、夫が不可解なというか、物理的には有り得ないような生体エナジーの遠隔伝送を行って、拒食症で何も食べなかったと言う彼女を生かしていたのですから、夫には普通の人間の感情がありませんから無駄だと知りながら、嫉妬したぐらいでした。
「そうだな。それはないと思う。もし恨んでいたら、美奈子と結婚する2か月前の六畳の御息所事件のようなことになっただろうし。」
六条の御息所事件とは、結婚2か月前の8月に、夫が京丹波の実家に泊まっていた時に、彼女の生霊が現れて、首を絞めたものです。
これ、本人は笑い話で済ませていましたが、そのまま九州に出張した後、1週間たって当時住んでいた千葉の舎宅に帰って来た時も、まだ首の周りに紫の痣が残っていたほどでしたから、特別製の肉体の持ち主の夫でなければ、源氏物語の夕顔のように殺されていた可能性もありました。
「じゃあ、どんなことなの。」
「あくまで仮設なのだが、僕と彼女は、ツインソウルの関係だ。」
そのことは、何度も聞かされていましたが、それだから、生体のエナジーの遠隔伝送というありえないことができたと、彼は解釈していました。
「それは聞いていたけど、今になって、何かあったのかしら。」
「20年の歳月が、何か作用したのかどうかはわからないし、もしかしたら、一旦転生していたのに、何かがあって、再度転生せざるを得ない状況に陥ったのかもしれないが、それで、魂の状態になって、会いに来てくれたのかもしれない。」
そうなると、感じない私は関係が無いと言えば無いのですが、次に転生するにあたっては、障害になりかねないのではないかと、心配になりました。
「それって、彼女の魂にとって、いいこととは言えないのじゃないかしら。」
普通に考えればそのとおりなのですが、そこは、ツインソウルの特例的な何かがあるかもしれないと、俊一郎は考えていました。
「そこに、僕と彼女がツインソウルであることが影響するんだと思う。」
「と言うと。」
「ツインソウルだから、僕の魂にひっついて、途中休憩しているんじゃないかと、感じている。」
「それで、幸せなパラレルワールドをあなたに描かせて、自分はそちらで暮らそうって考えなのかしら。」
「うん。そんな気がしている。だから、書いている。ついでに、実の母が居なくなってしまった子供たちも、幸せになれる世界を描く。」
私は、どうなるのかしら。
「私は、どうなるのよ。」
「今、一時休憩中。恐らく、パラレルワールドで、僕と美紀子さんの子供に転生することになるだろう。」
言われて、衝撃を受けましたが、私は、彼の魂にとっても、ツインソウルとは違う、物凄い因縁の多生の縁だと言いますから、それはいいことなのでしょう。
「じゃあ、精々大切にして頂戴。」
そうとしか答えようがありませんが、パラレルワールドとも相互に関係を及ぼし合っているようですから、それができる夫に期待することにしました。
どうせなら、美人で、頭も良い子供にしてもらえるように、要求します。

これ、フェイジョアの実なのですが、今年で45周年を迎えた私の結婚生活の2年目に種から育てたものにもかかわらず、今年初めて実がなったのです。
それでも、一昨日の寒さで、実が落ちましたから、食べられるか、試してみます。
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