『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㊾ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㊾ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 いちばんはじめに起きたのはメメでした。メメはしばらく大人しくベッドの上で寝転がり、天井の木目を眺めていましたが、そのうち退屈に耐えきれなくなり、リュシエルを指でつつきましたが、リュシエルが、「ムー!」と怒って手で払い除けたので、彼を起こすのをあきらめました。
 メメはこっそり起き出して、ジョーニーを抱えて山荘内外の探検をはじめました。
 メメは時間をかけて山荘の周りをぐるっと一周しましたが、戸口の椅子に腰掛けて見張りをしている若い山賊の男に出会うと、ジロッと睨まれたので思わず後ずさりしました。若い山賊の男はメメの存在に気がつくと、にこっと笑って、おいでおいでの手招きを繰り返していましたが、メメはそうされればされるほど山荘の中にどんどん後ずさって行きました。
 メメはリュシエルとミミが眠っている部屋を通り抜けると、さらに山荘の奥の間へ抜き足差し足で進んで行きました。大広間を抜けて、さらに廊下を奥へ進むと、行き止まりと思しき部屋の中からミコの声が聞こえて来ました。
「お母様の大好きな紅茶を淹れましたよ」
 メメが木の壁の隙間から覗き見ると、ひどく年をとった老婆がミコに抱え起こされ、ベッドの上に起き上がろうとしているところでした。
「いつも悪いねえ」
 老婆は何かたちの悪い病気にでも罹っているらしく、何かが喉の奥に引っかかって取れないような、たちの悪い咳を何度か立て続けにしています。
「わしはもう長くないのじゃから、わしのことはあまりかまわんでおくれ。それより、わしのために、せがれが悪事に手を染めることだけはやめさせておくれ。人様にご迷惑をかけてはなりませんよ」
「大丈夫ですよ。心配しないで下さい。オカシラは誰にも迷惑はかけていませんから。全部彼がきちんと働いて、手に入れたものです」
 その言葉を聞くと、気持ちが楽になったとでも云うように、老婆は差し出されたカップの中の紅茶をゆっくり啜りました。
「あのお婆さん、何歳なのかしら?」
 メメはその部屋から遠ざかると、腕の中のジョーニーに訊ねました。
「おいらの見るところ、ありゃ相当な歳だぜ」とジョーニーが云いました。「多分、二百歳は軽く超えてると思うな」
「人間て、二百歳まで生きられるの?」
 ジョーニーはすこし考えてから、云いました。「だって、それくらい生きなきゃ、人生あまりに短すぎるだろ」
 メメとジョーニーはお喋りをしながら山荘の外に出ました。その時ジロッと見張りをしている若い山賊に睨まれましたけれど、メメは彼とは視線を合わせずずんずん進んで行きました。そしてきれいな水が流れている細い清流の傍の、坐るのに丁度いい木の切り株の上に腰掛けると、ジョーニーを草の上に横たえて、休憩しました。
 山荘の屋根に止まっていたカラスがぎこちなく空を飛んでこちらにやって来ました。
「あんた、そろそろ行かないと。もうすぐ陽が暮れちまう」
 とストレイ・シープは云いました。メメはカラスが喋ったので、目を点にして驚きました。
「分かってる」とジョーニーは面倒臭そうに云いました。
「そろそろ帰らないと、ほんとにヤバいぜ」
「何がヤバいの? それより、このカラス、あなたの友達?」とメメが興味津々に訊ねました。
「そうさ。ストレイ・シープって云うんだ。ストレイ・シープは、おいらの云うことなら、何でも聞くんだぜ。背中に乗って空を飛ぶことだって出来るんだぜ」
「ふうん」
 ジョーニーはこの時、頭の中に或る考えが浮かびました。それはメメをストレイ・シープの背中に乗せてそのまま自分と一緒に何処かの国へ連れ去ろうという計画でした。少々手荒な計画ではありましたが、メメが容易には自分の云うことを聞いてくれそうにないので、それは思いがけない名案のように思えるのでした。
 メメをうまくストレイ・シープの背中に乗せることが出来れば、もうこちらのもんだ。空へ場所を移せば地上へ降りることも出来まいし、此処から遠い国へ逃げ出して美しい花嫁と結婚して幸せな家庭を築くという自分の夢がようやく叶うことになるのだ。
 メメが襞のついたレースの洋服のポケットから、食事の時にくすねておいたクッキーを取り出して、半分をジョーニーの口元へ持ってきました。
「はい、あ~ん」
 クッキーをもぐもぐ咀嚼しながら、ジョーニーはメメ連れ去り計画を実行に移すことを心に決めました。
 ジョーニーはクッキーを飲み込むと、素知らぬふうを装って、
「ストレイ・シープの背中に乗って、空を飛んでみたいと思うかい?」とメメに優しく話し掛けました。「空は景色も良くて、とってもとっても、気持ちがいいんだぜ?」乗ったら最後、降りたいと思っても降りられないぜ、ベイベー(Baby)。とジョーニーはこころの中で嘯きました。
 メメは落ちていた木の枝で何かの虫を突っついています。メメは三秒後に云いました。「……いいわ。また今度にする。落っこちたら怖いから」
 ジョーニーは愕然としました。そうして何とか彼女を言いくるめようと躍起になりました。「落ちたりなんか、しないさ。おいらがしっかり摑んどいてあげるから」
「……」
「だから、安心して、ね」
 メメに木の枝で突っつかれた虫が、丸まって転がって行きました。ジョーニーは、虫が転がって行く様子を一瞥した後、すぐに視線をメメに戻しました。
「……やっぱり、いいわ」とメメは云いました。「別に、空なんて、飛びたくないもの」
 ストレイ・シープが木の枝に止まり、小首を傾げていました。
 西の空が橙色に染まってきていました。
 まっこと思い通りにならぬのは乙女心かな。ジョーニーは空を仰ぎながら嘆息しました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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