『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㊻ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㊻ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

Ⅵ 関所の憲兵たち

 

 

 

 次の朝、ミミ一行は銀髪の男性宅を出発しました。
 さて、南のカルマ村までは、およそ半日がかりの距離がありました。リュシエルの財布の中には金貨が四枚と銀貨が三枚、入っていました。リュシエルには仕事もなく、家もありませんでしたが、これだけのお金を持っていれば、何処に行っても何とかなるように思えました。
 村を出ると、再び森の入口に差し掛かりました。森の中は人が通れそうな小径が一本通っているだけでした。
 リュシエル一行はその細い道を一列になって進んで行きました。
 ミミは胸にピエロの人形を抱いています。
 リュシエルたちの進行に合わせるように、枝から枝へと同じカラスが一定の距離をあけてついて来ていました。
 間もなく、その細い道を封鎖するかのようなバリケードが突如リュシエル達の前に現れました。三人の武装した男たちが、木の杭が何本か打ち付けられただけの簡単な関所を守っていました。リュシエルはこれが太っちょの奥さんの云っていた北方総督府の検問所なのだと思いました。
 男たちがじっと見守る中、もはや引き返すことも出来ず、リュシエルはミミの手を引いて、少しずつ関に近付いて行きました。いちばん最後にメメがついて来ていました。
「お前たち、何処へ行くのだ?」
 向かって左側の隊員が先頭のリュシエルに問い質しました。隊員は赤色の肩当て、赤色の膝当てを着け、赤色の布の服を着、全身赤ずくめの格好をしています。隊員は左胸に星形の小さなバッヂをひとつ付け、腰には棍棒を提げています。隊員の顔は、簡単な直線と曲線だけで構成されていて、砂の地面に木の枝で描けば誰でも数秒で描けてしまいそうなシンプルな顔をしています。
「これから南の村へ向かうところです」とリュシエルは答えました。
 赤の隊員は包帯を巻いたミミの顔をじろじろと眺めていましたが、やがてリュシエルの顔に視線を向けると、ぽかんと口を開けました。そして反対側の木の杭付近に立っていた、黄色の装備をつけた男と、青色の格好をした男たちのところに近付いて行き、何事かを耳打ちしました。奇妙なことに、黄色の隊員も、青の隊員も、まるで三つ子のように赤の隊員と全く同じ顔をしていて、もし違った色を身に纏っていなければ、リュシエルには誰が誰だか見分けがつかないほどです。
 赤の隊員は、「ちょっと待て」とリュシエルを手で制すると、青の隊員と一緒に、道の脇にある、簡素なテントの中に這入って行きました。後には黄色の隊員が残っていて、じっとリュシエルたち三人を見張っています。
 赤と青の隊員は、しばらくして鼻より長い顎髭を蓄えた男を伴って出て来ました。顎髭の男は制服の左胸に星のバッヂをみっつ付け、全身銀色の装備と銀色の布の服で身を固めています。
「何なんだよ? 一服したら、一眠りしようと思っていたところなのに」と髭の男は煙草を口に咥えながら云いました。
「分隊長、この者です」と青の隊員がリュシエルを指差して云いました。「手配の殿下の似顔絵に似ているように思われます」
 リュシエルは、分隊長と呼ばれた顎髭の男の、舐めるような視線を全身に感じました。リュシエルはズタ袋の縄に力を込めました。ズタ袋の中には、王家の剣が入っています。
 銀の分隊長はリュシエルとミミの周囲をゆっくり回りはじめました。リュシエルは全身が凍りつくように感じました。
 銀の分隊長は、時間をかけて一周した後、赤の隊員を振り返って云いました。
「こいつは王子ではない」
 隊員たちは黙っていました。
「あれだけ捜して見つからなかったのだ。王子がこんなところをほっつき歩いているわけがないだろ。もしほんとうの王子って云うのならな、王宮へ行ってそう云って来いよ。まあ、取り合ってもらえないと思うけどな」分隊長は面倒くさそうに顎をしゃくって云いました。「行っていいぞ」
 リュシエルは軽くお辞儀をして、ミミの手を引いて行こうとしました。
「しかし」と赤の隊員が云いました。「一応念のために、総督府に連れて行った方がよろしいのでは? もし本物の王子ならば、大変なことになりますよ」
 その言葉を聴いて、銀の分隊長は口に咥えた煙草を左手に持って、固まりました。
  分隊長の身体は異様に震えはじめていました。まるで分隊長のいる場所だけ激しい地震が襲って来たかのように、全身ブルブル震えています。左手に持った煙草の灰がバラバラと分隊長の銀色の服を汚し、「あ―――――!」と分隊長は変な声をあげ続けています。あまりに手の振動が激しすぎるために、隣に立っていた黄色の隊員の腕に火が当たり、「あっち!」と叫んで黄色の隊員は飛び上がりました。
「『しかし』ではじまる言葉を、た、隊員が、のた、のた、のたまった!」銀の分隊長は目を剥いて怒りを露わにしています。
 青の隊員が愕いて、「貴様、分隊長を怒らせて、大変なことになるぞ!」と云って、赤の隊員をたしなめました。「口を慎め。たとえ分隊長の命令が間違っていたとしても、我々が云うべき言葉は『はい』しかないのだ。分かったか?」
 赤の隊員は項垂れて、畏れ入ったように云いました。
「はい、失礼しました。以後、気をつけます。今度ばかりはお許しを」
 青の隊員が分隊長にとりなしました。
「赤の隊員には、後でよく云い聞かせておきます。なにせ赤の隊員は、入隊したての新隊員です。何も分かっておらぬヒヨッ子です」
 それを聞いて、銀の分隊長のあり得ないほどの震えはようやく収まっていきました。黄色の隊員は腕に開いた穴にフーフー息を吹きかけています。
 リュシエルたちは隊員たちのやり取りを眺めていましたが、急いで関を通り抜けようとしました。数歩進んだところで、「待て」と云う銀の分隊長の呼び止める声が後ろから聞こえました。びくっとして、リュシエルは立ち止まりました。やはり思い直して自分を捕らえるのではないかとリュシエルは思いました。
「此処を通るには、金が要るぞ」
 リュシエルは思わず振り返って、分隊長を睨みました。
「何だよ?」と分隊長が云いました。
 リュシエルは深い溜息をつくと、財布を取り出し、金貨一枚を取り出しました。
 分隊長は金貨を受け取ると、口角にいやらしい笑みを湛えながら、「ずいぶん金持ちじゃねえか」と云って灰のかかった髭を気持ち良さそうにしごいています。
 リュシエルはもう一度お辞儀をして前よりも早足で関所を後にしようとしました。メメが遅れまじと走ってついて来ます。「待て」と再び銀の分隊長の声が響きました。「有り金全部置いていくのだ」
 この先まだ旅を続けなければならぬというのに、手持ちのお金をすべて盗られてしまっては生きていくことも出来ないではないか。いったい何の名目でこれ以上のお金を払わなければならないのか。リュシエルは思わず抗議の声をあげそうになりましたけれど、
「どうした? まだ持ってるんだろ? こちらの手を煩わせたいのか?」と銀の分隊長の気の短そうな声がぴりぴりと空気を震わせました。
 赤の隊員が真面目な口調で口を挟みました。
「いくら何でも、それはまずいのでは? 代理官殿も、そこまでやれとは云っていません。これではそこらのチンピラとやってることは同じです」
 一瞬、皆が息を呑みました。しかしもう手遅れでした。銀の分隊長はまるで病気のように震えはじめ、「ほほほほほほほ!」とこの世の終わりのような叫び声をあげながら、音楽に乗ったキツツキのように頭を激しく前後に振りはじめています。手に持っていた煙草がすぽっと飛んで行き、黄色の隊員の顔に当たりました。「あっちっち!」
「はやくお鎮めしろ! とんでもないことになるぞ」
 青の隊員が慌てて震えを止めるために分隊長の両肩を両手で摑みましたけれど、あまりの激しい動きのために青の隊員にまで震えが伝染する始末です。
「ほ、星ひとつの、た、隊員が、ぶん、ぶん、分隊長に、い、い、意見を、のた、のた、のたまった!」
 と分隊長はたちの悪い酔っぱらいのように絶叫しています。今や分隊長と青の隊員ふたりは狂ったように震えています。
 青の隊員が、震える口で赤の隊員に云いました。
「き、き、貴様、そ、その、く、口を、い、糸で、しっかり、ぬい、縫い付けて、おけ。おけ。おけ。い、いくら、じょ、じょ、上官の命令が、あほ、あほ、阿呆なものでも、それ、それを、くち、くち、口に、だ、出しては、いけない。はら、はら、腹の中に、お、おさめて、お、おくのだ。それ、それ、それが、そ、組織と、いうものだ。わかっ、わかっ、分かったか!」
 青の隊員の必死の説教に、赤の隊員はべそをかいて答えました。「はい、申し訳ありません。今日のことは深くこころに刻みつけて死ぬまで忘れません。今回ばかりはどうかお許しを」
 青の隊員が、銀の分隊長をなだめました。
「あやつは、昨日今日入ったばかりの新隊員です。何も分かっておらぬ馬鹿者です。後でお仕置きしておきます。どうかおこころをお静め下さい」
 分隊長の強烈な震えはやっとおさまり、黄色の隊員は顔に開いた穴を修復するため周りの皮膚をよせ集めようとしています。
 やがてリュシエルとミミの周りを棍棒を腰に提げた分隊長と隊員たちがずらりと取り囲みました。
「この財布の中身が全財産なのです。これが無くなると、このさき生活していけないのです」
 リュシエルは分隊長に訴えましたけれど、分隊長はにやにやしたまま、「じゃあ何か? 身ぐるみ剥がされたいのか?」と云います。リュシエルは仕方なしに、財布の中身を全部赤の隊員に手渡しました。
 銀の分隊長はお金を巻き上げると、さも満足そうに鼻の穴を膨らませ、猫でも追い払うように、「シッシッ」と云いながら、手でリュシエルたちを追い払う仕種をしました。
 リュシエルたちは逃げるように、その場を後にしました。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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