ここまでのストーリーを読んでいない方は、こちらからお読みください。↓
女子大生・虹乃は、ママから頼まれ、一週間、長生病院に被験者として入院することになった。
ところが退院していい頃を過ぎても、病院から彼女にお声はかからない。
虹乃がママと連絡をとりたいと看護婦に申し出ても、
「あなたにママはいません」
と言われたり、虹乃のことをキチ子お母様と呼ぶ謎の中年女・フチ子が現れたり、孫の赤鬼ちゃん、青鬼ちゃんが出現したり、セックス狂いの先生と看護婦が登場したりなど、病院内はなんだかおかしな雰囲気につつまれはじめる。
……追いつめられた虹乃が、病院を脱出しようとするとき目にしたものとは?!
読者を未体験ゾーンへとつきおとす、爆笑のノン・ストップ・エンタテイメント!
命泣組曲⑨
文:にゃんく
当たり前と言われるかもしれないけれど、夢のなかの出来事を、夢人はいっさい覚えていなかった。というか、知らなかった。彼にそのことを話しても、「夢だったんだろ?」の一言で終わってしまう。
ママがあたしにあの病院の被験者として入院するよう頼んできたことは事実だったし、手術前にベッドで寝ていた確実な記憶の手触りが、あたしの側に残っていることも真実であることに間違いなかった。けれど、いくら頭をひねって記憶を絞りだしてみても、何処から何処までが現実で夢なのか、その区別がいつまで経っても判然としないのだった。
玄関の扉をくぐると、あの白の警備員が見張っていて、再びあたしを閉じ込めようとしてくるのではないかと内心ちょっと怖いところもあったけれど、胸のなかのわだかまりが解けそうになかったので、数日後の週末に、思いきってあたしは夢人と連れ立って、あの病院へ足を運んでみた。
気持ちのよい快晴で、絶好のおでかけ日和だった。
あたしと夢人は電車を乗り継ぎ、地下鉄の駅から徒歩五分、都心の一等地に屹立しているあの病院まで手を繋いで歩いて行った。病院の前まで来ると、あたしたちはハタと足をとめた。張りめぐらされた工事中の白い幔幕が、風にバタバタと音を立てていた。
あたしは夢人の手を離すと、幕の裾をくぐって中を覗いてみた。驚いたことにと言うべきなのか、半分予期していたとおりというべきなのか、あの病院は跡形もなく消滅していて、その跡地には、雑草がところどころはびこった荒れ果てた土地に、すみっこに土管がふたつ放置され、小太りの白い猫と黒の猫が寝転がってじゃれ合っているばかりだった。
たしかに十日ほど前には存在した病院が、砂上の楼閣のように忽然と消えてしまっていることに、あたしは何度も首をひねった。夢人のところに戻ってくると、彼は幕に張り出された病院からのお知らせを、腕組みしながら眺めていた。
〈当総合病院は理事長の急逝と経営難により、取り壊されることとなりました。治療中の患者様各位には、大変ご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご理解のほど宜しくお願い致します〉
「理事長が亡くなったから、潰れたんだろ」
と夢人は簡単に言った。あたしは夢人の腕に自分の腕をからませた。
ふとあたりを見回すと、病院の跡地の前に、ダンボールハウスがあり、正座して物乞いしている女の姿があった。あたしは夢人と一緒に、女に近づいて行った。女はぼろ切れのなかに赤ん坊を抱いていて、その痩せ細った赤ん坊が、
「デュフ、デュフフフ」
と言ってあたしを指差した。それはまぎれもない赤鬼ちゃんだった。
「どうしたの? おーよしよしよし」
と栗色毛の女は赤鬼ちゃんを揺すりながら言った。
女の隣にいる青鬼ちゃんが、あたしを指さしながら、
「ねえ、お母ちゃん、お婆ちゃんが来たよ、お婆ちゃんに頼んで、食べ物もらおうよ、ぼく、お腹減っちゃったよ」
と言った。女は声をひそめ、
「若い女の人に、お婆ちゃんなんて、言わないの」
と青鬼ちゃんの手をぶって、叱った。
あたしは彼らのやり取りをしばらく見守っていた。そしてお財布のなかから千円札を差しだし、銀色のボウルのなかに入れた。女があたしを見あげた。
「ごめんなさい。手持ちはこれだけしかないの、フチ子さん」
女は目を細めて、怪訝そうな顔つきをしている。
「どうして私の名前を」
「……行きましょ」
あたしは夢人の手を引いて、元来た道を歩いて行く。
通りには、風に散る桜の花びらが舞っている。
「デュフ、デュフ、デュフフ」
姿が見えなくなっても、此方を指差す赤鬼ちゃんの意味不明の呟き声が、いつまでもあたしたちを追ってくるような気がして、落ち着かなかった。
(おしまい)
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