『チャーの秘密の大冒険①』ショートストーリー | 『にゃんころがり新聞』

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ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

 
チャーの秘密の大冒険①

文:8 leaves
絵:ゆきまちふみや



  
 




飼い犬のチャーが亡くなり、3日が経った。末娘のように甘えん坊で、家族皆からかわいがれていたチャー。茶色い毛並みに、つぶらな瞳。僕らはかけがえのない存在を失ってしまった。

日曜日、午前9時。寝室から出て、家中
チャーがいそうなところに視線を送って
みる。けれどやっぱりどこにも姿はなく、
まるで僕の心の中には、ぽっかり穴が空
いてしまったようだ。

 まだ誰も起きてこないしんと静まりかえ
ったリビングでぼんやりコーヒーを飲んで
いると、電話が鳴った。何かのセールス
だろうか。悪いけれど今は電話で話す気
分ではない。無視を決め込んだ。

 電話はしつこく、ガランとしたリビン
グで、ルルルルル、ルルルルルと鳴り響
いている。

 2分ほど続いたあと、またすぐに電話
が鳴った。うーん、さすがにこれは出る
べきか。僕は3回目のコールで電話を取
った。

「もしもし」

「あ、もしもし。こちらレンタル首輪の
『わんにゃんセキュリティサービス』の
者です。この度はチャーちゃんのご冥福、
心よりお祈りいたします」

電話の相手はこちらの名前を確認するこ
となく、まるで分かりきっているとでも
言わんばかりにいきなりチャーの名前を
出し、お悔やみの言葉を言った。

僕には何がなんだか訳が分からず、「は
あ」とだけ返事すると、

「この状況の中大変申し訳ないのですが、
ペットが亡くなったら3日以内に首輪を
返却いただく決まりになっていまして
……」
と続けた。

「すみません、状況がよく読めないので
すが、どういうことでしょうか?」

「えっと、そちらの契約者は……ああ、
奥様でしたね。15年前のモニターキャ
ンペーンで当選され、当店の首輪をご利
用いただいています。今日奥様はご在宅
ですか?」

「いますけど、まだ寝ています」

「そうでしたか。それならあなたは…
…息子さん?」

「ええ、そうですが……」

 やけになれなれしい態度で、電話口の
相手は話し続けている。

「今日、こちらまで来られます? 住所
は……」と、こちらの都合などお構いな
しといった様子で、一方的に住所と電話
番号を言うと、さっさと電話を切ってし
まった。

 僕はどことなく怪しさを感じすぐにイ
ンターネットで、言われた通りの『わん
にゃんセキュリティサービス』を調べ
た。確かに存在しているようだ。
住所
も電話番号も間違いない。ウェブサイ
トも割としっかりしている。

 

念のため母さんに確認しようかとも考
えたけれど、チャーが亡くなってから

ずっと落ち込んでいるので、無理に起
こすのもかわいそうだと、結局一人で
向かうことにした。
電車を乗り継ぎ30分ほど行ったとこ
ろにその店はあった。見た目は街のど
こにでもありそうな電器店といった感
じ。こじんまりしていて、怪しいとい
うよりむしろアットホームな雰囲気だ。
店に入り一番奥まで進むと、「受付」
と書かれたカウンターがあった。人の
姿はない。呼び鈴を鳴らすと、さきほ
どの電話と同じ声の男が出てきた。声
と話し方から想像した通り、胡散臭い
黒縁メガネをかけている。

 

「どうもどうも。早かったですね。ご
来店ありがとうございます。では早速
ですが解約の手続きをしていきますの
で、こちらに今日の日付とお名前をご
記入いただけますか? お名前はお母様
ではなく、お客様のもので結構です」

 

言われたとおりに日付、そして名前を
書いた。

「ありがとうございます。あと3枚ほ
どですね。同じように、こちらに日付
とご署名をお願いします」

 正直何の書類なのかも分からなかった
けれど、手際の良い男の指示に従い、
次から次へと記入していった。もうチャ
ーはいないのだからこの首輪は必要な
い。その気持ちが僕の警戒心を緩めてい
た。

 男が書類を確認している間、僕はテー
ブルに置かれた赤い首輪をじっと見つめ
見慣れたその首輪にはまだしっかり
チャーのぬくもりが残っているようで、
どうしてそれだけがここにあるのだろう
と不思議な気持ちだった。

「ええと、最後の一枚なんですけどね、
これはご存命中に一度も閲覧利用がな
かったペットが亡くなられた場合の、
特典……っていうとちょっと聞こえが
悪いんですけど、まあいわばそんなよ
うなもので、もしどこか3日分だけ記
録した映像が見たい日があれば、お見
せすることができます」

 男はメガネの奥で、ニッコリとほほ
えんだ。

「記録した映像? ごめんなさい、僕
このサービスのこと理解していなくて。
母からも何も聞かされていないですし。
チャーの首輪、母がその辺のペットシ
ョップで買ってきたものだと思ってい
たくらいなんで」

男は面食らったとでも言うような顔で、
口をあんぐりさせた。

「そうだったんですか……もったいな
い。あの体験モニター、当選されたの
ごくわずかなんですよ。これ普通に加
入していただくと、月額5000円と
割と高いですし」

「え、たかが首輪一個で、毎月そんな
かかるんですか?」

男は今にも泣き出しそうなくらい、肩
をがっくりと落としてしまった。さす
がにそこまで落ち込まれると、こちら
が悪いことをしている気分になり申し
訳なくなる。

「あ……なんかすみません。ところで、
この首輪は何がすごいんですか?」

すごいという言葉に気を良くしたのか、
先ほどとは180度表情を変え明るさ
を取り戻した。

 

「これはですね、ペットの安全を保証
する首輪なんです。
迷子になった時、
誘拐された時……大切な大切なご家族
でもあるペットがある日突然いなくな
っちゃったら怖いですよね?
そんな時
お客さまからご一報いただければ、こ
の首輪に埋め込まれている位置情報サ
ービスが、瞬時にペットの居場所を見
つけ出しすぐにお知らせ! そんな画
期的な製品なんです!」

男は人が変わったように、生き生きと
語り出した。ここまで入れ込むくらい
だから、製品の開発者なのかもしれな
い。僕はそんなことを考えつつ、た
だひたすら話を聞いた。

「実はこの首輪には撮影モードが搭載
されていまして、犬の場合は1時間以
上、猫の場合は3時間以上ペットが単
独でご自宅を離れるとセキュリティモ
ードが作動し、撮影された映像が自動
で私どものサーバに飛んでくる設定に
なっているんです。
お母様にもキーホ
ルダーを渡してあり、こちらがペット
の首輪といわば連携関係になっている
ので、ご自宅を離れた理由がご家族と
一緒の長期旅行などではないと分かる
ようになっています。入院の場合も、
位置情報が動物病院になるのでこれも
対象外になります。

 

 ただ、今は個人情報保護が何かと騒
がれる時代ですからね。
映像にどんな
個人情報が紛れているか分からないの
で、お客さまからの申請がない限りは
映像には一切手を付けず、首輪の解約
とともにすべての映像を完全消去して
いるんです。
 
基本的には位置情報だけではどうして
もペットが見つからない、または何か
事件性があるという場合にのみ、一定
条件の元映像をご覧いただくという契
約になっています。
亡くなった後にご
いただく今回のケースは……まあ、
こっそり案件ということで。あまり大
きな声では言えないんで、内緒ですよ」

 男はまたもメガネの奥でニッコリと
ほほえんだ。今回はご丁寧にウィンク
までしている。

 僕は『キーホルダー』と聞き、そう
いえばチャーの散歩で使っていた汚物
入れバッグに何かのキーホルダーがつ
いていたなと思い出した。なるほど、
そういうことだったのか。男の話に納
得しながら、ただひたすら相づちを打
ち続ける。

 

それにしても、どうして母さんは教え
てくれなかったのだろうと疑問に思っ
た。まあたぶん新しいもの好きの母さ
んのことだから、ひとまず応募してみ
たら当選したけど実際にはあまり内容
を理解できなくて、僕にも父さんにも
説明できないまま、いやむしろサービ
スに加入したことすら忘れて時間だけ
が過ぎていった。そんなところだろう。

「それでどうします? 映像見ます?
それともやめときます? 今回は事件性
があって動画を閲覧するシチュエーシ
ョンではないので、動画は私どもの同
席なしにお客さま一人で見て頂くこと
になりますが……」

 別にチャーが動いている姿を見られ
るわけじゃないのなら結構です、と断
ろうとした
瞬間、僕は急にあの失われ
た3日間のことを思い出した。そして
すぐ、「お願いします」と返事をし、
この件に関する解約届への記入は少し
待ってもらうことにした。

指定した日時の映像を準備してもらっ
ている間、なんだこれならあの日首輪
の位置情報でチャーを探せたじゃない
かと悔しくなった。肝心の母さんが忘
れていたから仕方無いのだけど。

飼い主からの申請がない限りは位置情報
を知らせない、というルールはいささか不
便な気がした。僕がサービスの改善を提
案しようとしたところで男から、「準備がで
きました」と小部屋に通された。

 そこは、小さなモニターとソファが
置いてあるだけのシンプルな部屋だっ
た。

 「3日分と長いので、ご自身の判断
で適宜早送りしてください。今日の営
業は17時までです。基本的には終業
までいて頂いて結構ですが、途中退出
される際には一声かけていただけると
助かります。もちろんお分かりだと

いますが、この映像をお手持ちのスマ
ートフォンで撮影するのはご遠慮願い
ます」といったような注意事項が5分
ほど続いたところで、男は部屋を出て
行った。僕は少し緊張して背を正すと、
恐る恐る再生ボタンを押した。

 映し出されたのは、激しい揺れの中
で続くあぜ道だった。画面の揺れに合
わせて、両脇の田んぼも映り込んでい
る。

 

 そうか、チャーは僕から離れて1時
間後もまだここにいたのか。チャーは
キョロキョロ顔を動かしながら走って
いるらしく、「はあはあ」という荒い
息とともに、田んぼやらあぜ道やら

夕日やら空やら、めまぐるしく景色が
変わっていった。予想以上に揺れが激
しい。だんだん気持ち悪くなったけれ
ど、チャーの目に映ったものをしっか
り見届けたくて、僕は停止ボタンも早
送りボタンも押す気になれなかった。

チャーの視点からだと、世界はこんな
風に見えていたんだなぁ。
僕はとてつ
もなくチャーに会いたくなって、気づ
けばポタッポタッとこぼれ落ちた涙で、
ジーンズの膝の部分が黒く変色してい
た。

チャーがいなくなったその日、僕たち
はいつものように夕方の散歩に出かけ
ていた。
自宅を出て公園へ行き、田ん
ぼのあぜ道を歩き、小学校の前を通っ
て自宅に戻る。これがお決まりの散歩
コースだ。その日も順調にあぜ道まで
来たところで、チャーに異変が起きた。

 チャーはあぜ道を歩きながら、何か
を確認するようにぐるぐると辺りを見
回し、
鼻を地面に押し当てクンクンと
匂いを嗅いでは何度も足を止めた。僕
はその度に強くリードを引っ張り、チ
ャーはそれに抵抗した。

そして何度か僕とチャーとでリードを
引っ張り合ったあげく、
チャーは僕を
振り切ってリードごとどこかに駆けて
行ってしまった。

 映像の中でチャーはずっと何かを探
しているようで、田んぼのあぜ道を走
っては止まり、また走っては止まりを
繰り返していた。しばらくその映像が
続いた後、チャーは田んぼの中に何か
を見つけたのか、
突然動きを止めると、
ゆっくりゆっくりそこに向かって歩い
て行った。そして黄金の夕日を受けき
らめく田んぼの中でようやく探し当て
たのは、薄汚れた段ボール箱だった。

チャーはその箱の前に着くと、ぴたっ
と足を止めた。そろりそろりと中をの
ぞき込む。そこにいたのは、茶色と白
のまだら模様がかわいらしい子猫だっ
た。
(チャーの秘密の大冒険②に続きます)

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