『聖水』青来有一・・・85点
芥川賞受賞作です。出だし、一つ一つの文章がすこし難しく、読みづらくなっています。我慢して読むと、途中から物語に乗り、どんどん読み進めていくことができます。
「処女作には、すべてがある」という言葉を思い出させます。
特殊な能力を持っているようである人物が疎外されている、というモチーフは、処女作の『ジェロニモの十字架』にもありました。キリスト教を棄教したという話も同じく以前作者が扱ったものです。本作は『ジェロニモの十字架』の変奏曲のようなものといえます。全く同じ作品ではありませんが、曲調を変えて同じメロディーを演奏しようとしているかのようです。
同じモチーフやテーマを扱うことは、別に悪いことではありません。
「処女作にすべてを投入せよ。」と島田雅彦さんも言っています。
神秘的な出来事は以前の作品では真ん中くらいに配置されていましたが、本作ではラストの言わばクライマックスで起こります。
佐我里さんという いかがわしいと思っていた人物がラスト、苦しんでいた父の苦悩を取り除く「奇跡」を演じています。
文章の難易度もアップしていますし、これだけの小説世界を作り上げた力量が評価されて芥川賞受賞ということに決まったのかもしれません。
(以下、ネタバレありです)
<あらすじ>
父は佐我里さんという男を一代で築いた会社の後がまに据えようとする。
佐我里さんは昔、学生運動に加わり、裏切った仲間を数人で殺したという過去を持っていた。佐我里さんが夢で見た場所に泉が湧いており、その水を飲むと口の中にできた おでき がすぐに治ったため、「聖水」として販売している。ぼくはその泉のある場所を見に行き、別の場所から汲み上げている水を「聖水」と称して売っている佐我里さんをいかがわしい存在として見ている。
いよいよ父が最期の時を迎えたとき、佐我里さんを会社の代表取締役に任命しようという父の目論見は、役員たちの裏切りにあい、覆される。
父が怒り、死ぬに死ねず苦しむ姿を見て、佐我里さんたちがオラショを唱和する。オラショとは、昔、信仰を捨てるよう強要された人たちが、口伝えで伝えたもの。
父は一緒にオラショを唱和し、怒りも解け、安らかに死んでいった。