『ワンマン・ショー』 倉持裕(戯曲)・・・93点
最近1、2年の内で読んだ文学の中では、格段に面白かったもののうちのひとつですね。
こういう話が読みたかった! っていう。
あとがきにもあるように、イメージ的には、カフカとか安部公房とかを意識したとありますから、そういうイメージが、私好みのお話だったというのもあります。
戯曲でこれだけ面白いものがあるのに、小説ではなかなかないような気がします。何故なんでしょう?
戯曲だと、主に会話文で成り立ってますから、ポイントがはっきりしますけど、小説だと、地の文でだらだらと書けてしまいますから、面白くもない文章が延々と続くような小説がけっこうあったりします。
その点、戯曲だと、この登場人物は誰誰が演じるから、こういうキャラでいこう、とか、作者もイメージしやすいですね。
前田司郎とか、本谷有希子とか、若手の小説家は、けっこう舞台の世界から出てきた人が多いですよね、最近。
だから、戯曲は、書き手にとって、小説よりも割と簡単に書けて(地の文は小説に比べて少なくてすみます。)、それでいて、面白い面白くないが分かりやすい(舞台で演じるものだから、観客がいて、面白くなければ、会場がしんとなる)から、戯曲で実力をつけた作家が小説の世界に出て来ているのではないかと思います。
話が脱線してしまいました。
この戯曲の話です。
いろいろな作者の仕掛けが楽しいです。
まず、お話は、ふつう、読み進めていくにつれて、時間が経過するとともに未来の出来事が起こっていくはずですが(回想は別にして)、この戯曲では、逆にはじめの方の出来事に戻ったりします。
物語は、こんな感じです。
要約は、自分がこの文学の内容をよく理解するために書いています。
なおかつ、物語の要約をする訓練でもあります。
これから、この作品を読もうとしている人で、前もって話されると、この作品の魅力が失われる、と感じる人は、以下の文章を読まないでください。
青井あゆむは懸賞マニアです。
青井は出しても出しても懸賞が当たらないので、懸賞ハガキに、必要事項以外のことを書きはじめます。例えば、応募者の名前とか、住所とか、連絡先という項目は普通書きますが、それ以外に、悩んでいること、という項目を新たに想像で作ったりする。「よだれを垂らしてしまう癖がある。」ということを書いたり。
青井は、自分以外の名前も懸賞ハガキに書きはじめます。妻もそのうちの一人。
妻の青井紫(ゆかり)は、青井が懸賞ハガキの項目に、悩み事「よだれを垂らしてしまう。」と勝手に書いたことから、よだれが出るのがひどくなったといって、兄の白根赤太に青井が書いた懸賞ハガキの束を何処かに捨ててきてほしいと頼む。
赤太は無職であるが、仕事の面接に行く。そこはビルヂングの一室で、緑という女が現れる。緑は、近々、男がやってくるが、私のことを知らないかどうか聞くと思うので、聞かれた時は知らないと答えてほしいと赤太に依頼する。それが赤太の仕事である。
青井の隣人の緑川黒雄は、青井の家の庭の池がだんだん拡がってきているように感じていたで、ある日青井の家にやって来て、それを青井に伝える。が、青井は航空写真を撮ることが仕事であるが、毎年撮っていますが、池の大きさは同じですよ、と黒雄に言う。
そこへイェロー・サービスのイェローという女がやって来る。イェロー・サービスというのは、自治体のサービスで、イェローにもちゃんと名前があるが、青井はどうせ忘れるのでイェローと呼んでいる。
青井はイェロー・サービスはたいていのことはやってくれると黒雄に言う。青井がイェローに「タバコ。」と言うと、イェローはタバコを取り出し、火をつけて、青井に渡す。青井はイェローに黒雄の話を聞いてあげてと言い家に戻る。
黒雄はためしにイェローに「飴。」と言ってみるが、イェローに飴を与えるなんてサービスはないですよ、と言われる。イェローは青井さんのことが好きだから、サービスもスペシャルになるんですよ、でも、バラしちゃったので黒雄さんにもスペシャルでいきますよ、と言う。
黒雄は青井の庭の池がだんだん大きくなっていってる気がする、とイェローに言うと、イェローは調整します、と言って去る。
いつの間にか場所は黒雄の家になっていて、黒雄の兄の嫁の緑川緑と話している。緑は、正式に夫と離婚しようと思っている、と黒雄に言う。ただ一つ後悔していることは、無事別れて黒雄と結婚したとしても、やっぱり名字はかわらないので緑川緑という名前になってしまう、と言う。
青井は、佐藤の家に行き、佐藤ひろみと、ひろみの夫の弟のただしと話している。ただしは、首に包帯をまいていて、青井が固定資産税がかかってくる家の増築について話を向けるたびに、ただしは「あてっっつ!」と言って突然痛がり出す。
そこへイェローが切れた電球の取り替えのためにやって来る。イェローは青井に、私が教えた、懸賞ハガキに架空の人物や詳細な作り事のデータを加えていくやり方をやっているか聞く。そう聞かれて青井は興奮して今は当選することよりも、(いろいろ架空の登場人物やその人物に関するデータを考えて)応募することの方が楽しみだ、などと答える。
青井の家に、大きな箱が届く。青井と赤太は懸賞が当たったと言って喜び、箱をむいちゃって、と言う。
紫はそれに待ったをかけ、差出人などがない荷物が本当に懸賞で当たったものなのかどうか疑問の声をあげる。そして、明日郵便局に問い合わせてみるから、それまで開けるのは待ってほしいと青井に言う。
赤太は仕事の面接を受けた部屋におり、イェローと話している。そこへ緑がやってきて、この仕事、楽しいと言う。赤太は緑に、俺もつまらなくはない、と言うと、緑は今のとこまだ、私と会って喋ってるだけなんだから、この時点でつまらないって言われたら、私と会うのがつまらないってことになっちゃうわ、などと答える。
緑は、イェローに「彼を呼んで。ついでに受付の者に、この部屋に曲をかけるよう言って。」と言うと、イェローは男を呼ぶために去る。
部屋に曲がかかると緑がため息をつき、これは私が四番目に好きな曲よ、と言う。緑は赤太の手を取り、踊る。
踊り続けるうちに、赤太は黒雄に変わっている。
黒雄はダンスを踊るのをやめて、緑に兄さんも同じところで踊るのをやめたという。
なぜなら、緑が掃除をするのが嫌いなので、床にガラクタが一面にひろがっていて、兄さんがガラクタを足で踏んづけてしまったのだという。
黒雄は足の裏を緑に見せ、ここにミニカーが入っている、と言う。緑は、笑い、イヤリングをはずし、じゃあこれを踏んづけてみなさい、と言う。
黒雄が踏んづけると、イヤリングがなくなっているが、足の指でつかんでいる。緑はそれを取り返そうと黒雄と取っ組み合いになり、黒雄に首をしめられる。
黒雄は緑を放し、泣く。緑も疲れたように寝室に向かう。
舞台は佐藤の家に移り、部屋の中央には、大きな箱がある。青井とイェローが話しており、青井は、イェローに、「ここの家の主人はいつもいない。ひょっとして、存在しないのではないか」という意味のことを言う。
そこへ ただし がやって来て、今日も兄は不在だと言う。箱はこのあいだ、山で午前四時に配達の帰りに拾ってきたと言う。
ひろみとただしは、箱の上部を鉛筆で削ると、住所が出てくる。ひろみは、住所さえ分かれば充分、箱を玄関先にでも捨ててきて、とただしに言う。
いつの間にか、青井の家になっている。箱を開けると、中に青井が書いた懸賞ハガキが詰まっている。それを見て、紫が懸賞は当たるはずがない、ここにハガキを捨てているのだから、と言う。
ハガキを見ると、差出人が緑川黒雄となっている。赤太は、誰だ?これ? と言う。紫は、私のよだれが出るようになったのは、青井が懸賞ハガキに私の特徴欄を作り、「よだれが出る」と書いて以来だと言う。
紫は、この気色悪いハガキの入った箱を青井に絶対に見つからない場所に捨ててきて、という。
紫と赤太は箱を運んでいるが、途中で紫とイェローが入れ替わっている。
山に着くと、黒雄と緑がいて、深く掘った穴に緑を埋めようとしている。
そこへイェローと赤太が箱を持ってやって来る。黒雄がスコップで赤太の後頭部を叩き、気絶させ、その隙に立ち去る。
イェローがやって来て、箱を見て、ただし にお前のとこの荷物だろ、と言う。ただし、箱を持って帰る。
意識が戻った赤太に、イェローは仕事の採用が決まったと言う。赤太は喜び、妹に電話して、冒頭のシーンにつながる。
イェローが緑を埋める。
池に、イェローと黒雄がいて、黒雄が池がだんだん大きくなっているような気がする、と言う。
イェローは、調整します、といって去る前に、黒雄に飴を渡す。飴の包み紙には地図が書いてあり、黒雄はその場所へ行く。
そこは暑い部屋であり、赤太がいる。黒雄は赤太に女について聞きたいことがあるというが、赤太は知らない、と答える。
赤太が後頭部をさすりはじめ、痛がる。それを見て、黒雄が笑い、確かに、あなたは、女のことを何も知りません、と言って立ち去ろうとする。
場面は変わり、佐藤の家。増築した部屋に、佐藤の兄がいるという。ひろみが、主人はもう懸賞を楽しんでいないから、青井さんとは会話が弾まないと思う、と言う。主人の書いたハガキでは、ひろみとただしはもうここにいないことになっている、と言う。
青井がひろみの手からノブをひったくり、壁のある地点にノブを突き刺し、強引に開ける。首をつっこんで中を見て、「誰もいないじゃないか」と言う。
場面は変わり、増築された部屋。
青井がいる。
ドアの奥から、青井の声で、「誰もいないじゃないか。」と聞こえてくる。
イェローが箱を凝視すると、箱の中から、黒雄、緑、赤太、紫、青井が這い出てくる。
青井が箱の中をのぞくと、何も入っていない。ただしに、何処へやったのか、と青井が叫ぶ。・・・・・・。
要約がすこし、長くなってしまいました。
題の『ワンマン・ショー』の意味は、青井のワンマンショーという意味です。
箱の中の人物、つまり、紫、赤太、黒雄、緑、などは、青井の書いたハガキの中の妄想の産物です。