双極性障害と共に暮らす -11ページ目

双極性障害と共に暮らす

パニック障害 不安神経症 の母と
双極性障害の息子の日常



息子の病院の日。私はすっかり安心していた。

これから新しい一歩だ!そう思っていたから。

でも、まさかこんなことになるなんて…。


息子は自分が話すことをメモしていた。必死に読んで病状を伝えていた。一連を話し終えた時、私は障害者年金を受けたいのだと先生に告げた。


あ〜恐らく無理。この子の状態なら2級は余裕で取れるけど、自分で病気を認知してなかったから、病院にきてないでしょ?引きこもり中に無理矢理、連れ出して強制入院でもしてたらよかったけど…。


まさか、そんなことをいわれるなんて…。

ショックだった。

でも、誰よりショックだったのは息子のほう。

受けたくなかった障害者年金を私たちが勧めて、やっと受ける気になったとたんに、それは無理ですって…息子はショックのあまり口を閉じた。

慰めようとした私に、息子は抑えつつも抑えきれない感情をぶつけた。

心のやり場のない息子を私が受け止めなければ…そう思ってみても、実は自分も1ヶ月前に自殺未遂をするほど、心に衝撃を受けたばかりで、心の余裕がなかった…。私が受け止め慣れければ…そう思えば思うほど、私の感情は溢れ出してしまい、道端で悲鳴をあげそうになってしまった。車道に飛び出しそうになる自分を必死で抑えた。

…なんて情けない…。ごめんね…。受け止めきれなくて、こんなときでさえ受け止められなくてごめんね…。涙が止まらなかった。

ようやく私も何とか冷静さを取り戻し、お店で待っている二人の元に向かった。


みんな、その場を取り繕うように笑顔で食べていたが、それも途中からは無言になり、帰りの車では

泣かずにいるのが精一杯だった。

もう心が限界だ…そう思った。


そんなとき、息子からラインがなった。


おかんの辛さを受け止めてあげれなくて

ごめんね…。俺よりおかんの方が大変

やのに。


涙が止まらなくなった。

辛いのはあの子なのに…

私のことを気遣ってくれていた…。


もう何で泣いているのかも

何がどう辛いのかももう何もかもわからなくなってしまった。   つづく。