1週間 私の勤め先がオープンして1週間たった う~ん… 辞めてしまいたい 職種は23歳の時からやってるので、仕事は嫌じゃない。 問題は職場の雰囲気 特に直属の上司 言い方が悪すぎ あれじゃ人は育たないよ余りに酷いから、月曜に教育担当の人に言ってやったけど 出産&育児で4年以上ブランクがあるから、とりあえず今回の所は勉強し直す場所として利用して、来年からは居心地の良い所で、働きたいな 今日は午後出勤で、めっちゃやる気なし子だけど、とりあえず勉強とお金のため、と割りきって行って参る
その後 明後日、旦那の一時退院が決まりました また一時退院だよ 先月半ば、発熱し、髄液の検査をしたら、髄膜炎になったとゆーことで、昨日まで抗生物質の点滴をし、一応原因菌がいなくなったので、しばらく(1ヶ月ぐらい)再発しないか様子をみるらしい。 で、自宅療養でいいから退院するとゆーわけ。 再発しなければ、やっと、待ちに待った放射線治療(1ヶ月半程度)にとりかかれる。 放射線治療までに、こんなに時間がかかるとは、かなりの想定外。手術後の計画では、今頃治療が終わりかけてるハズだったんだけどなぁ そんなわけで、長引く入院で少ない貯金の底が見えてきたので、子供を保育園に入れて、私も働く事にした ホントは幼稚園に入れてから働こうと思ってたんだけど… こんな事情では仕方ないし、役所に相談したら、かなり親身になって聞いてもらえたし、『ピンチはチャンス』 と思って、バタバタと書類揃えたり、履歴書送ったりしております 今はとにかく、私が頑張らねばどうにもならなくなってしまうので、オチオチ風邪もひいてらんない。 強い気持ちで頑張るしかない 旦那が完全復活するまで、ガンバレ自分
手術~今日まで 5月31日 朝8時に手術室へ それから待つこと13時間夜9時ちょっと前に手術終了 そして先生方からの手術の結果の説明 『予定通りです。うまくいきましたよ。』 この言葉を聞いた瞬間、全ての緊張から解放された。 そして管だらけの旦那とICUでの対面。 『お疲れ様。上手くいったって。良かったね。』って声をかけた。 本人は朦朧としながらも、『あぁ』って返事をして、その後、息子の名前を呼んでた。 6月1日 ICUで面会。 3秒目を開けているのがやっと。すぐにいびきかいて眠っちゃう。大嫌いな鼻のチューブが抜けてた。 6月2日 脳外科病棟へ移った。目を大分開けてられるようになってた。歯磨きも自分でできてた。 6月3日 全粥&刻み食に不満らしい。コーヒーが飲みたいとか、煙草吸いたいとか、色々要求が出てきた。表情はまだあまりないけど、大分話ができてた。 6月4日 尿道の管が抜けて、一人でトイレに行けるようになった。ご飯も普通食になったものの、足りないらしく、勝手に売店にパンやカップラーメンを買ってきて、看護師に怒られたそうな・・・ 6月5日 ご飯が大盛りになったCTの結果が良かったので、脳室ドレインとかいう管が抜けて、全ての管がとれた 6月6日 術後初めての洗髪でさっぱり包帯がとれて、初めて傷口を見たら、見事にホチキスだらけで、他人には見せられるもんじゃない感じしかも、頭の中央から前は剃られてて、落武者状態記念に写メを撮った 以上が手術からの経過。 脳腫瘍とわかってから今日まで、精神的にホントに大変だった最悪の事態も色々考えたし、普段神様なんて口に出したこともないけど、さすがに神頼みもしたし。 でも、無事に手術が成功し、しかも何の後遺症も残らないという最高の結果に、今は様々な人へ感謝の気持ちでいっぱい 手術に携わった全ての先生方、この病院を紹介して下さったクリニックの先生、手術を一緒に待っててくれたお姉ちゃんとパパ、息子の面倒をみててくれたママ、お見舞いを下さったお姉ちゃんの旦那さんとお姑さん、旦那の会社の皆さん、ブーシュカのコメントで応援して下さった皆さん、ホントに感謝です。ありがとうございました この全ての方に感謝をしつつ、しっかり旦那には回復してもらい、退院してからは、健康に気をつけて、1日1日を大事に生きていかなければと心からそう思った。