「帰らなきゃ」

長い長い横揺れ。
止まるかと思いきや、更にひどくなる揺れ。
止まったかと思ったら又始まる横揺れ。
震度5強。

その時私は、一家で自宅の隣の市にいました。
本来ならば、その時間にはもう帰っているはずだったのですが、予定がずれ込み、時計を気にしていたときのことでした。

揺れがおさまってまず思ったのは、自宅に残してきた猫、にゃん太郎。
にゃん太郎、お願い、助かっていて。
とにかくそれだけが心配で。
家に戻るまでのトンネルは。橋は。渋滞は。
心配事を一つ一つをクリアしながら車を走らせました。
大きな揺れに驚いて泣きじゃくってた娘。今度はにゃん太郎が心配で泣き続けてます。
予想外だったのは、大学生の長男が黙り込んでしまったこと。
津波が怖くて固まっていました。
車内で急ぎ情報収集。親の安否を確認。九州にいる次男からも情報を送ってもらい。
ラジオからは「逃げて」とう叫び声。
大津波警報。
避難すべきか、とどまるべきか。
判断しなければ。

自宅に近づくにつれ、反対車線が渋滞し始め、ある場所からは、車が前へ動かなくなっていました。
車、車、車。
海側からの避難者。
見たこともないくらいの車の列。
私たちの避難は無理そうです。

泣きたいのをこらえながら、家の中へ駆け込み、にゃん太郎を家族みんなで探します。

いない。
ここも。
あっちも。
どこにいるの?

最後に見たリビングのこたつの中。
布団をめくったその奥に、小さく丸まったにゃん太郎の姿。

いた!

目があった途端、猛ダッシュで2階へ。
布団に挟まって出てこなくなりました。

怖かったよね。
大きな揺れと大きな音。
想像も出来ないほどの恐ろしさに耐えてたんだよね。
誰もいなくてごめんね。
でも、無事で本当によかった。

二階の布団の間に入ったきり、無表情で目を見開いたまま、石のように動かなくなって。
全てを受け入れ拒否してるかのような。
差し出したチュールにも反応なし。
撫でても微動だに反応せず。
落ち着くまで、しばらくそっとしておくことに。

その間に津波ハザードマップを広げ、気象庁の予想、道路状況、わが家の状況から避難すべきか話し合いました。
恐怖で怯えている長男は「避難したい」の一点張りでしたが、おそらく津波は大丈夫、と判断。家にいることに決め、必要な人に道を譲ることにしました。
地域の知人の中には、避難された家族も多くいました。
この判断が間違ってなければいいと願うばかり。
大丈夫だろうとはいえ、備えは必要。
必要なもの、大切なものは2階に移動させ、屋内の避難経路を確保。
モノが散乱した台所や部屋を片付け、余震に備えて家の中を再チェック。
水の確保、ガスの確認。

ひと通り屋内を整えてから、ちっとも空いてないお腹を満たすことに。
お正月で良かった。
おせち。
役に立ちました。
お餅も。

そしてにゃん太郎にもごはん。
根気強く声をかけ、しばらくそばにいたら、お皿に入れたチュールをペロペロ静かに食べてくれました。
その後時間をおいて、今度はカリカリも少し。
食欲ないよね。でも、少しでも食べてくれて良かった。
あとはトイレが心配。
使い慣れたトイレを一階から二階へ持っていき、そばで見守っているとトイレも成功しました。
とりあえず、一安心。
にゃん太郎、どうやら一階が怖い様子。
きっと、一階にいたときに地震が来たんだろうな…。
この日私たちが帰ってきてから一度も鳴き声を聞くことはありませんでした。

夜遅くになり何とか寝る段階にこぎつけたものの、緊張から眠れない。
それでも短い時間深く寝てた気がします。
お正月とは思えない一日。
初詣も行けなかったなぁ…。
夜中も余震が続きました。