「ありがとうございましたー」
口元の右端に笑みを浮かべ、お客さんを店先で見送る。
いつも右端がくいっとあがる。
常連のお客さんにからかわれる美穂子のその笑みのやり方は、
「美穂子スマイル」とそのまんまの名前で呼ばれていた。
---今日は、8人か。まーまー多かったなぁ。
閉店前に、自分がこなしたお客さんの数を心の中で数えてつぶやく。
別に、ヘンなお店に勤めているのではない。
県内でも一番大きな、アロママッサージのチェーン店で、美穂子は働いていた。
短大を卒業してから就いた職業としては、就職先が決まらずやむなくバイトしていた
カフェを含めれば、3つ目だ。
---自分のを癒すのって、ラクじゃないのよね。
「癒しをアナタにプレゼントします」
店先に掲げられた、大きな布製のカンバンの文字を見て、ひとりつぶやいた。
あと2ヶ月で、29歳になる。
なんだかわからないけど、なんとなくこわい。
短大を出てから、自分なりに普通に生きてきたつもりだけど、時々、自分の人生が
おもしろくないような、そんな気がする。好きな人もいないし…前の彼も、そんなに好きじゃなかったかも。
施術用のベッドのシーツをたたみながら、3ヶ月前の別れを急に思い出して、なぜかそんなセリフが頭に浮かんでいた。
『じゃ、店長、失礼しまーす』
22、3歳のスタッフたちが、声をそろえて挨拶していった。
年は若いけど、しっかりものの女の子たちだよね。あんまり私、あわてなくっていいし。
『おつかれさま』
右の口元を微笑ませながら、美穂子は手を振った。
がらがらがら。
夜のシャッターを下ろし、地下鉄の駅に早足で向かう。
それがいつもの、美穂子の1日の終わりだった。