社長作家が書いた小説。 成功して、毎日を生きるのが楽しくなるストーリー

社長作家が書いた小説。 成功して、毎日を生きるのが楽しくなるストーリー

作家をしながら、会社を経営しています。読んだ人の人生が上手くいくように、そう願って書いた小説、文章の原案をここに置いていきます。名前はまだ伏せますが商業出版の著書もあり。小説やコラムや、どんどん欲張って書いていきたいです。楽しんでくれたら嬉しいです。

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「ありがとうございましたー」


口元の右端に笑みを浮かべ、お客さんを店先で見送る。
いつも右端がくいっとあがる。
常連のお客さんにからかわれる美穂子のその笑みのやり方は、
「美穂子スマイル」とそのまんまの名前で呼ばれていた。


---今日は、8人か。まーまー多かったなぁ。


閉店前に、自分がこなしたお客さんの数を心の中で数えてつぶやく。


別に、ヘンなお店に勤めているのではない。
県内でも一番大きな、アロママッサージのチェーン店で、美穂子は働いていた。
短大を卒業してから就いた職業としては、就職先が決まらずやむなくバイトしていた
カフェを含めれば、3つ目だ。


---自分のを癒すのって、ラクじゃないのよね。


「癒しをアナタにプレゼントします」
店先に掲げられた、大きな布製のカンバンの文字を見て、ひとりつぶやいた。


あと2ヶ月で、29歳になる。
なんだかわからないけど、なんとなくこわい。


短大を出てから、自分なりに普通に生きてきたつもりだけど、時々、自分の人生が
おもしろくないような、そんな気がする。好きな人もいないし…前の彼も、そんなに好きじゃなかったかも。
施術用のベッドのシーツをたたみながら、3ヶ月前の別れを急に思い出して、なぜかそんなセリフが頭に浮かんでいた。


『じゃ、店長、失礼しまーす』


22、3歳のスタッフたちが、声をそろえて挨拶していった。
年は若いけど、しっかりものの女の子たちだよね。あんまり私、あわてなくっていいし。


『おつかれさま』


右の口元を微笑ませながら、美穂子は手を振った。


がらがらがら。


夜のシャッターを下ろし、地下鉄の駅に早足で向かう。
それがいつもの、美穂子の1日の終わりだった。


どうして、こんなに時々イライラするのか。
正しいことをしてきたはずなのに。


相変わらずそんなことを考えて、地下鉄に乗っている。
朝も、夜も。


地方の厳格な会社員の父と、教師の母。
少し晩婚な両親のもとで長男として生まれた洋介は、きびしくしつけられた。


同級生の親は、戦後の高度成長を謳歌した世代だが、
洋介の両親は戦争の影を受けていた世代。
もろに教育方針が、違っていた。


「あんな格好をしているヤツらは不良だ」
「本も読まないで遊ぶやつらは、いずれのたれ死ぬ」


少年の頃から、おしゃれをしたり、好きな芸能人の写真を集めることもなかった。
「悪いこと」だと思ったからだ。代わりに、岩波文庫を読み、母親が買ってきてくれる
服だけを着ていた。


大人になっても、同じように、両親の影があった。
地味なグレーのスーツ、白いワイシャツ。


「正しいことをしている。いつかはむくわれる」


そう思って、いつもこの道を歩いていた。
最寄り駅から会社まで、繁華街を過ぎるこの道を。


楽しそうに腕を組むカップルたち。
リラックスしたピンクのカットソーに、恥ずかしくなるくらいだけど
見てしまうミニスカートをはいた女の子。


楽しそうな雰囲気の中、いつも駅までと、駅からを、ひとりで歩いていた。



夜の地下鉄も、まあまあ混んでいるものだ。
たまたま目の前の席が空いてたので座る。


-1つなにか良いことがあったら感謝しましょう
 そうすればお金がたまっていきます


そんな本を一時期読みあさっていたことがある。
そうなのか、と思って1週間ほどやっていたが、やめた。


あんなもん、金持ちが後から「罪滅ぼし」でやってることだ。
罪滅ぼし、という言葉は洋介の父親がよく使っていた言葉だった。
松下幸之助や盛田昭夫、フォード、クライスラー、カーネギー…
日本で言うなら昭和の中ごろ当たりまでに財を成した人たち。見かけはよいことを
やっても、みんな罪滅ぼしに過ぎない、と教えられた。


オレはまじめに生きてるんだ。
だから、何かいいことがあるはずだ。


37年間生きてきて、実は脳みその端っこでそろそろ疑いの気持ちもあった。
ホントにそうなのだろうか?と。


罪滅ぼしのヤツラと違う、まじめな人生のはず。
でも、家庭もない、安い給料、そしてなぜか分からないけれどイライラする日々。


誰かが見てるはずだ。
いや、見ててくれないと困る。
いまさら戻れないのだから。


気もそぞろにめくっていたビジネス書のぺージをめくるとき、前に杖をついた
おばあさんが立っているのに気づいた。


「どうぞ」


こんなとき、救われる気持ちがする。
いや、本当は救ってほしい気持ちと呼ぶのが正しいのかもしれない。


洋介の最寄り駅のホームに、電車が入ろうとしていた。
今日もまた、似たようにしんどい1日が終わる。


天井を見上げたときのことだった。

その店の天井は、あまり高くなかった。


洋介の耳に少し音の割れたアナウンスが聞こえてきた。


「本日のご来店、ありがとうございました。

 当店は午後9時をもちまして、閉店させていただきます…

 またのご来店をこころより…」


ページをめくりかけた手をとめて、本を平積みに戻す。

戻したやつで、ちょうどその日の4冊目だった。


会社の帰りに、気分がくさくさするときには必ずこの本屋に立ち寄る。

そしていろんなビジネス書をぱらぱらとめくってみるのだ。たまに、買う。


「俺だって、がんばってるんだ」


そう自分に言い聞かせる儀式のためでもあった。この秋にはもう37歳になる。

勤務先である小さな部品メーカーで、やっと係長に足がかかろうかという洋介に

とって、次の誕生日は、乗り物酔いのようにゆるやかに気持ちを滅入らせる

イベントだった。


帰りの地下鉄で、カバンに入っている別のビジネス書を開く。

1冊読んだら、かしこくなっている気がする。

ずっと読んでいたら、オレの人生も何か変わるかもしれない。


そう言い聞かせて、自分のイライラを静めるのが平日の夜の、彼の日課だった。