眠剤がないので
眠れないことを
眠れないことだと思って
夜を過ごしています。
あんなに不安だった夜だけれど
夜は生活音がしなくていい。
わたしは
わたしはなんなんだろう・・・を繰り返して
許可食をがんばって食べてたけど
あの人が持ってきた
「差し入れだよ~」というものを
詰め込んで吐いた
あの日
大好きな人の勤務先で倒れていて
救急病院に運ばれたら
当番が職場のDrで
精神科の救急に行ったほうがいいと言われ
大好きな人に連れられて
総合病院のERへ受診して
待たされている間に
わたしは
失神とアンガー発作と過呼吸を繰り返し
大好きな人がそれを止め
結局、診察や治療ではなく
病院側の判断で5時間待たされたあげくに
入院になったらしいです
大好きな人は
わたしが帰りたがるのは
死ぬためだと思って
もうこれは入院させるしかないと思ったみたい
入院した元勤務先の総合病院は
わたしの母校もあり
その精神科は
わたしの実習先だった
詰所から1番遠い保護室。
そのとなりの部屋に入院している彼女を
わたしは知っていた
学生時代にも入院していた、その彼女は
とてもきれいな子で
わたしと同年代。
彼女は、当時も保護室にいた。
立てずに
保護室の洗面所までずっていくわたしに
すれ違いざまに
手を差し伸べてくれた
洗面所にしか出る機会がなかったけれど
わたしが出るたびに
彼女は扉のガラス窓から
こちらを見て
微笑んでくれた
何もない
真っ白な病室の中で
彼女の歌声が
とても心地よかった
わたしが何度とびらを叩いても
看護師が来てくれなかったときに
一緒にとびらを叩いてくれた
さみしくて壁をたたいた時に
たたき返してくれた
彼女が手を叩いたときに
わたしが真似したら
「真似しないでよー」と言いながら
手たたき合戦になったりした
わたしが
暴れずにいられたのは
彼女のおかげだった
わたしは
彼女の見えなくてもいいものや
聞こえなくてもいいものを
どうか取り除いて
彼女に幸せになってほしいと
泣いて願った夜もあった
退院する日。
保護室の担当看護師は
必ず食事と洗面の時は保護室内にいることになっているのだけれど
彼女が洗面をしていたときに
「終わったらナースコール押して」と看護師が彼女の元を離れた
彼女はわたしの扉の窓をのぞき込んだ
彼女がわたしを見て
「かわいい。ハムスターみたい」と笑った。
そして
「やさしくしよっ」と言った
何をもってその発言になったのか
わたしにはわからなかったけど
ズシンときて
わたしは頷いた
そう。
やさしくありたいと思っていたはずなのに。
彼女が歌い出したのは
昔流行った曲だった
「げんきですか 君は今も 悲しい顔してるの」
どうして彼女の言葉は
こんなにこんなにキレイなんだろう
どうしてこんなにキレイな心を持つ彼女が
病気なんだろう
わたしは彼女を外に出してあげたかった
でもそれができないことは知っていた
今考えれば
外の世界だけが幸せだとは限らない
ありふれている情報や刺激
何もなく閉ざされているからこそ
守られているものがあると思う
だけど
彼女には
恋をしたり遊んだり
そんなことでいいから
幸せになってほしいと思った
幸せがなにかなんて
自分にもわからないのに
そのときのわたしはそう思っていた
彼女が
とびらの窓に手をあてた
わたしは
その手に自分の手をあてた
何をしても割れない防弾ガラス
看護師を呼ぶのに
1時間叩き続けたことがあった
彼女が手を差し伸べてくれたときに
一瞬触れたことがあった
その彼女の手は
ガラス越しでもあたたかいと思った
彼女は本当に素敵な笑顔を見せてくれた
退院するとき、
わたしは眼鏡をかけた
現実がハッキリと見えるのが怖くて
眼鏡を希望しなかった入院中
だけど
こわくて彼女の部屋を見られなかった
わたしは
ハッキリと彼女のきれいな目を見るのが怖かったのかもしれない
本当は
たくさんたくさんありがとうって言いたかったのに
なにも彼女に伝えられなかった
自分の無力さを知った
それは自分自身に対しても
他人に対しても、であって
わたしは
死ぬことも
生きることもできていない
食べて
吐いて
意識を失って
逃げて
やつあたりして
なにやってんだろ
あたしの居場所は職場だって
自信もってたはずの入院中
今はそれさえも思えない
死ぬ勇気がない
生きる勇気もない
なにやってんだろ