先日、とても嬉しい事がありました。照れ

 

応用神経科学者の 青砥瑞人 さんの講演会に参加し、最後に少しだけ直接お話しする機会がありました。

 

この1年間、自分なりに学び、考え、実践する中で、世界の見え方が大きく変わりました。

 

でも、その変化は頭の中で起きていることなので、周りにはなかなか伝わらず、「これって変なのかな?」と不安もありました。

 

勇気を出してそのことをお話しすると、

 

「すごく素敵なお話を聞かせてもらいました。」

「とてもいいことですよ。」

「変じゃないですよ。」

 

そんな言葉をかけていただきましたクローバー

 

もちろん、短い時間だったので、お互いに100%伝え合えたわけではないと思います。

 

それでも、自分が歩んできた方向を前向きに受け止めてもらえたことが、本当にうれしかったです。

 

「このまま探求していいんだ~~。」

 

そう思えた、とても素敵な体験でした😊

 

 

この1年間取り組んできたことは…

・心理学

・脳科学

・カウンセリング

・ファシリテーション

・コーチング

 

これらを、仕事、子育てや介護、保護者同士の座談会に活かしながら、

 

「相手を理解し、安心して話せる場をつくること」

 

そして、その先にある

 

「その人自身が、自分で気づき、自分らしい答えを見つけていける関わり方」

 

を、これからも探求していきたいと思っています🍀

父が1週間お風呂に入ってないよ😰

 

「汚いから入ってほしい💦」と言っても、うまくいかない。

 

「鏡に映る痩せた自分の姿を見たくないのかもしれないね。」

 

そう思うと、自分の気持ちが少し楽になったり・・・

 

 

YouTubeに夢中の我が子も😅

 

「やめなさい💨」と言っても、また繰り返す。

 

「やめられないくらいの仕組みが脳ではたらいているんだな。」

 

そう思うと、自分の気持ちが少し楽になったり・・・

 

 

最近・・・・

 

 

介護も子育ても仕事も、

 

相手を動かそうとすると、自分がしんどくなってしまう💦

 

「あ、また動かそうとしてた・・・😲

 

そう気づいたら、まずは相手を理解しようとしてみる。

 

 

そのあとで、

 

「どうしたら自分で動きたくなるだろう?」

 

「どんな声かけなら届くかな?」

 

そんなふうに考え直してみる。

 

不思議と、そのほうが自分も少し楽なんです🍀

 

まだまだ練習中だけど、

 

「あっ、そういうことか!」ってパズルのピースがはまる瞬間があって、

 

それが最近ちょっと楽しかったりします😂

 

 

 

前回の記事では、

コミュニケーションには、

 

① 自分の気持ちを感じて整理する事


② それを言葉で表現する事


③ 相手に伝わるかは別物だと理解する事

 

この3つの壁がある気がする・・・

という話を書きました照れ

 

今回は、
②について改めて考えてみました。

 

①を飛ばして②をやっていた

私は長い間、

宿題をしない子供に対して

 

「宿題しなさい」

「先生に怒られるよ」

「勉強ついていけなくなるよ」

「宿題しなければ遊びに行けません」

 

宿題を出来るようにするために、

動かすような声掛けばかりでした💦

 

AIとの対話で見えてきた事

①で自分の気持ちを整理していくと、

 

「私は今、焦っているんだな」

「将来困ってほしくないと思ってるんだな」

 

 

少しずつ自分の状態が見えてきましたキョロキョロ

(毎日して半年くらいで実感できるぐらいになりました)

 

そのうち

「なんでこんなにイライラするんだろうはてなマーク

「なんで焦るんだろうはてなマーク

 

そんな事を言葉にしていく中で、

 

“これは脳の反応なんだ”

“人は不安になると、
すぐ行動を変えたくなるんだ”

 

という事も、

少しずつ見えてきました乙女のトキメキ

 

すると以前より、

 

自分の感情に飲み込まれるだけじゃなく、

 

「今、自分は反応しているなキョロキョロ

 

と、

 

少し距離を取って見れる瞬間が増えてきた気がします。

 

そしてその事が、

 

子供の状態を見る余裕にも、

 

つながっているのかもしれないなぁと感じています照れ

 

“動かす言葉”から“気持ちを知る言葉”へ

 

以前は、

「宿題しなさいDASH!」だった言葉が

→「宿題したくないくらい疲れてる?」

→「勉強最近難しくなってきた?」

→「ゲームたのしい?宿題いつする?」

 

というように

 

「子供の気持ちを知るための言葉」

 

が増えてきた気がします。

 

ただ・・・この過程が、

とてつもなくハードルが高い・・ショボーン

 

「余裕がないと、人に優しくできない」
と聞いた事があります。

 

本当にその通りでお願い

まずは私自身の状態を整える事が必要でした。

 

そこに気づいて、
少しずつ調整できるようになるまで、
1年近くかかった気がしますあせる

 

余白を作るようになった

 

「子供は今どんな状態なんだろう?キョロキョロ

 

と、

 

考える余白をつくるために、

情報や物を減らすようになり、

生活自体も少しずつ変わってきました。

 

また、

 

余白を作るためには、

自分と向き合う事も必要でした。

 

私はこの1年、

 

「大人なんだし、
世界情勢ぐらい知るのが当たり前」

 

「TVを流しているだけでも、
脳はずっと情報を処理している」

 

「SNSやゲームは、自分が楽しいからと思っていたが
脳が“楽しい”と感じる仕組みで作られているだけだった」

 

「そんな事知らないの?!と言われる怖さ」

 

「残りの人生どう生きたいのか?わからない」

 

そんな自分とも向き合いながら、

考えを整理し、いろいろ手放してきました。

 

 

“言葉だけ”なら真似できる

ただ

 

“気持ちを知るための声掛け”


は真似出来ても、

 

その先につながっていかなかったのは、

 

その前にある、

 

“自分と向き合う過程”

 

が必要だったからなのかもしれないと感じています。

 

私自身、

自分の不安や焦りを俯瞰して見れないままでは、

結局また、

“今動かそう”

に戻ってしまっていました💦

 

だから私は、

“伝え方”だけを変えようとしても、
うまくいかなかったんだなぁと💦
今は感じています。ショボーン

 

 

 

まず必要だったのは、

相手を変える事より、

 

自分の状態に気づく事だったのかもしれません🌱

 

続きの③は、
また次回書いてみようと思いますパー

 

ちょうど1年前までは、、

コミュニケーションって、
難しいなぁと思っていました。照れ

 

でも今は、
前より、
人と話すことが楽しくなっている乙女のトキメキ

 

なぜだろう・・・はてなマーク

 

 

私は今、
『大きく3つの壁』あるように感じています。

※自分の体験を振り返った感想です

 

① 自分の気持ちを感じて、整理する事

 

② それを言葉で表現する事

 

③ 相手に伝わるかは別物だと理解する事
 

これ・・・・

難しいよな…ガーンあせる

 

しかも誰にも教わってなかくない?

 

 

① 自分の気持ちを感じて、整理する事

昔の私は、

子供が宿題しない時、

「将来困るよ!」

「先生に怒られるよ」

とか脅しにかかっていたように思う。

子供を従わせる感じかな~照れ

 

いい高校に行けるように、学校の勉強をする。

将来困らない様に、勉強する。

これが幸せにつながるって思ってた音譜

 

でも上手くいかないあせる

そのうち子供が「ぼく、バカだからと言うようになる・・・ガーン

 

当時は、

「子どものため」
と思っていた。

でも実際は・・・

 

私の

・不安
・焦り
・普通であってほしい
・将来困ってほしくない
・親としてちゃんとしなきゃ

 

みたいな、
自分の中の気持ちがたくさん混ざっていた。照れ

 

でも、
そこを自分自身の中で整理できていないから、

 

“伝える”
ではなく、

 

“動かそうDASH!
になっていた。

(とりあえす今何とかしたいから)

 

最近は、

まず、
“自分の気持ちドキドキ

と、

“相手の気持ちドキドキ

を分けて考える事を、
意識するようになった。

 

「今のは私の気持ちだな」

 

じゃぁ、
子供はどう思ってるんだろう?キョロキョロ

 

なので子供の気持ちを、聞く事にしている。

 

そして

 

宿題したくない理由は、
1つではないという事びっくり

 

親の私が、
たくさんの感情を抱えていたように、

子供も同じと考えると

 

・疲れているのかもしれないし

・難しくて嫌なのかもしれないし

・失敗したくないのかもしれないし

・わからない事が、
わからないのかもしれないあせる

 

しかも、

子供自身も、
自分の気持ちをうまく説明できないショボーン

という事を意識しながら聞く事。

 

また、聞く余裕をつくる事。

 

(じゃないとまた私のイライラが出てきてしまう💦)

「だらけているむかっ

「やる気がないむかっ

と、
決めつけてしまう自分がでてくるんだよ・・・もやもや

 

とおもう今日この頃照れ


②③はまた次回~パー
 

~朝のピンポーン~

朝5時30分くらいに起きました晴れ

 

夫のお弁当を作って、
朝ごはんの準備あせる

 

夫が起きてきて、
そのあと長男、長女も順番に起きてくる。

 

いつもの朝です。

 

夫が出勤したあと、
6時30分ごろ。

 

ピンポーン。

 

「あれ・・・」

 

 

父親でした

(朝6時30分だよ・・・滝汗滝汗滝汗

(も~~~~~~DASH!

 

昨日は、
母が朝風呂に入っている間に家を出て、
朝7時頃に来ました。

最高記録ですチーン

 

 

~なぜ今来たんだ・・・~

父の手には、
なにかいらない本あせる

(またなんかゴミ持ってきたし滝汗

 

私「ご飯食べた?」

 

と聞くと、

 

父「まだ食べてない」

 

私(なんで来てるんだ💦)

 

私「そうなんだー。
じゃあ、ご飯食べてきたら?」

 

と言ってみても、

 

父「うん・・・」

 

というような、
聞いているような、
聞いていないような返事。

 

(脳に今の言葉届いてなさそうだな・・・滝汗

 

~母は怒りモード~

母親が探しているかもと思い、
電話。

 

すると、

 

お風呂に入っている間に、
いなくなっていたとのこと。

 

母「ご飯食べてないし、どこ行ってん!」

と母は怒りモード。

 

母「迷惑にもほどがあるやろぉ!」

と怒りモード。

 

すると父も、

父「もーーいい!」

と怒りモード。

 

・・・たぶん、
家の中では、
こんなやり取りが毎日なんだろうなと思いました。滝汗

 

 

~子育てと介護は似ている~

最近、あらためて
子育てと介護って、
少し似ているなと感じました。真顔

 

・相手に合わせて声を掛けたり

・感情的にならないようにしたり

・安心できる関わりを考えたり

 

そういう部分は、
すごく似ている。

 

でも、
介護のほうが、
私はハードルが高いなと感じましたあせる

 

子育ては、「できなかったことが、できるようになる」

 

だから、
私もも嬉しくなるし、

自然と褒めることができるラブラブ

 

でも介護は逆で、

「できていたことが、できなくなっていく」

 

逆にひどくなっていくんですけど💦

だから自然とイライラモードがでてくる滝汗

 

~声を掛ける側の気持ち~

介護って、

声を掛ける側の

“自分の気持ちのコントロール”


必要だなぁ・・・・滝汗

 

これないと

相手の行動に気持ちが引っ張られて、

イライラの言葉が出てしまう。

 

そして否定されたと思って、

また認知が悪化するんだろうなぁ・・・・笑い泣き

 

毎日父親に、
私の「気持ちのコントロール筋」
鍛えさせられております💦

 

そんなことを感じた、朝の出来事でした。

「何をしたい」がわからなくなっていた

半年前から、

父の認知症が少しずつ進み、

どこか危うさを感じるようになりました。ガーン

 

「何をしたらいいかわからない」
「何をしたいかわからない」

 

そんな状態になっていて、
気がつけば、
寝ているだけになっており💦

 

立ち上がることも減り、
食欲も落ちていきました。ふとん1ふとん3

 

母親から

「お父さん、なんだか変よ」と相談された時

 

「もし、トイレも一人でできなくなったら……滝汗」 

「お風呂に入れなくなってしまったら……滝汗

 

そうなれば、母も私も、今以上の負担を背負うことになります。 

 

「それは困るハッなんとか食い止めなければあせる」 とおもい

リハビリを兼ねて私の仕事や家事の手伝いをお願いする事にしました。

 

 

父親の行動を否定しないようにしながら、

 

「助かる~」
「ありがとう」

 

そんな声かけを意識しました。

(気が付いた子供と同じような関わりをしてました笑い


本人の気持ちを聞くようにしているうちに、

 

「また車の免許を取りたい」と、


口にする場面も出るようになりました。照れ

 


階段でのある出来事

ある日、
部屋でガサゴソ音がするので見に行くと、
父と階段のところで鉢合わせしたハッ

 

父の手には、
私がメルカリの梱包用に用意していた綺麗な袋が数枚。

 

「あ、持っていこうとしたんだな真顔

 

そう思った瞬間、

父はその袋を自分の後ろへサッと隠しました。

 

 

 私に見えないように。

 

その姿を見た時、
なんとも言えない気持ちになったチーン


父の人間性

父には昔から少し、

そういうところがあったのかもしれないあせる

 

「見つからなければいい」
「これくらいならいい」

 

自分と他人の物の境界の曖昧さは、
あったのかもしれないなぁ・・・と感じた。

 

でも、

その感覚って、
本当は自分自身が一番見ているよね・・・滝汗

 

そういう事を、
父はあまり考える機会がなかったのかもしれない。

 

積み重ねていくと

自分を信じられなくなったり、
自信が持てなくなったり、

 

「自分はダメな人間なんだあせる

 

そんな感覚につながっていく気がしていますガーン

 

父は、
自分の事を好きでいられたのかなぁ・・・

そんな悲しさを感じた日がありました。

 

 


みなさんは
親の“人としての隙間”のようなものが見えて、
悲しくなる瞬間はありますか~?

📄「みんな入ってるんだ」という思い込み

会員だった当時のPTAの資料に、こんな一文がありました。

 

「現在、約90%の方に加入いただいております。皆様の温かいご協力、本当にありがとうございます!」

 

それを見て私は、
照れ「へ〜、やっぱりみんな入ってるんだな」
と、何の疑いもなく思っていました。

 


🔍 違和感のはじまりは「数字の数え方」

ところが。

 

PTA副会長を引き受けて、中に入ったとき。
運営の裏側をのぞいたことで、ひとつの違和感に気づきました。

 

それは、「数字の数え方」。

 

「1家庭でパパとママ、それぞれ加入で2口(2人分)」

 

資料では「家庭」ではなく、
「保護者の人数」で数えられていました。

 


🤔 その90%って、何を表しているの?

あれ……?

 

じゃあ、本当は何パーセントの“家庭”が入っているんだろう?

 

そう考えたとき、
この「90%」という数字の意味が、少し曖昧に感じられました。

 


🌫️ 「入らないといけない」という空気

今振り返ると。

その「90%」という数字を見たときに、

 

「PTAみんな入ってるんだな~(入るのが当然)照れ

 

そういう空気を、確かに感じていました。

 

そしてもうひとつ、印象に残っているのが、

 

「皆様の温かいご協力、本当にありがとうございます!」

 

という言葉です。

 

本来は感謝の言葉のはずなのに、
どこかで私は、

 

「ご協力しない事=よくないこと」
のように空気を感じてしまっていました。


本来、PTAは任意団体のはずなのに。

 

資料の中の「感謝」と「9割」という言葉が重なることで、
いつの間にか

 

「入って当然」
「入らない選択はしにくい」

 

そんな空気が、静かに作られていくんだなって、感じました。滝汗

 

 

あのときは気づかなかったけれど。

 

 

みなさんは、こういう言葉や数字を見たとき、
どんなふうに感じていますか?照れ

 

はじめに 📋

新しい年度がスタートしましたね🌸 

 

今まさにPTA役員になって「これからどうなるんだろう…」とドキドキしている方も多いのではないでしょうか。

 

昨年、私が活動の中で感じていた「モヤっと」を書き残しておこうと思います。

 

📝 もしかしたら、みなさんの悩みをひもとくヒントや、解決の種になるかもしれません🌱


モヤっとのはじまり 😶‍🌫️

会計「副会長のハンコがいります。また持ってきてください」

 

私「なんのために必要なんですか?❓」 

 

会計 「PTAまつりの領収書には、副会長の印鑑を押す決まりなんです」

 

—— 「決まり」

 

なんだか、すごくモヤっとしました。😶

 

そのときはうまく言葉にできなかったけれど、

「なんか嫌だな」という感覚だけが胸に残りました。 

 

結局、100均で買ったハンコをそのまま預けることに…。😟

 

※そして今年。

 新しく副会長になった方も、全く同じところで引っかかっていました。

 「これって…なんかよくないのでは?💦」

 

やっぱり、そう思うよね・・・


本来の流れとは 💡

1️⃣ 確認(領収書の内容を見る) 

2️⃣ 納得(間違いがないかチェック) 

3️⃣ 承認(よし、OK!とハンコを押す)

 

「私が責任を持って確認しました」という意思表示のはず。🤝

 

でも実際は、ハンコだけを預けて、会計さんがポンポン押していく。 

 

これって、形だけ。意味がないどころか、ちょっと怖いなと感じました。

 

「これ、内容を一番わかっている会計さんの印鑑でよくない?🤔」

 

 そんな疑問がふと浮かびました。

 

わざわざ副会長の印鑑を使うのは、「ちゃんと複数人でチェックしてますよ」というポーズを作るため?(中身は空っぽだよ・・)

 


 

見えてきたこと 🔍

もしかしたら最初は、ちゃんとチェックしていたのかもしれません。 

 

でも、みんな忙しい。💦

 

 いつしか「印鑑を預ける」というショートカットが生まれて、

それが「正しいやり方」として引き継がれてきた。

 

ちゃんと理由を伝えないまま、方法だけ伝授して次の人へ。 

 

PTAの本当の恐ろしさの一つは、

  「考えなくても回ってしまう仕組みが、自然と受け継がれていくこと」

なんだと気づきました。🕸️


おわりに 🌈

この1年で感じたモヤを立ち止まって考えてみると、そこには違和感の正体がちゃんと隠れていました。

 

 「なんか変だな」と感じるそのセンサー、大切にしていいんだよって。✨

 

同じようにモヤモヤしている誰かの心に、少しでも届きますように。🕊️

 

 

1. 「校閲」って何?という戸惑い💦

PTA副会長になって、活動の中で一番「?」だったのが、 

「これ、校閲お願いします」っていう言葉。

 

正直最初はよくわからなかったなぁ🤔

 

なんとなく「チェックしてね」ってことかな?くらいの感覚。

 

 でも、何を見ればいいのか、ルールなんてどこにもないので🤷‍♀️

 

誤字? 内容? それとも文章の流れ?

 

だからとりあえず目を通して、

 大きな違和感がなければ「大丈夫です👍」って返す。

 

「正直、何が正解か判断するのも難しいので、

『他の方がOKなら私も大丈夫です』と伝えてやり過ごしていました。

 

「本当にこんなチェックでいいの……?」

 心の中では、ずっとそんな正体不明の不安を抱えていました。

 


2. 指摘した瞬間に、空気が凍る🥶

でもあるとき、 「ここ、保護者が読んだらちょっと分かりにくいかも💦」

「こうした方が分かりやすいかもしれない💡」

と思って、そのまま伝えてみたことがあったんです。

 

すると返ってきたのは、滝汗

 

「そこまで言う……?😒」

 「一生懸命やってる人に対して、ちょっと厳しすぎない?😢」 

「そんな体裁まで求められても……😞」

っていう、冷めた空気。

 

ただ、良くなると思って気づいたことを言っただけなのに。

 一瞬で「和を乱す悪者」になったような、あの居心地の悪さ……💧

 


3. 考えるのをやめていく自分😑

――それ以来、チェックの仕方を変えました。

 

誤字だけを見る👀

 内容には、あまり踏み込まない。

 

みんなが「OK」って言ってるなら、

 どんなにおかしな文章でも、そのまま通す。

 

だって、指摘すれば悪者になるから。

 だったら、最初から何も言わないほうが、お互い平和。

 

そう思ってしまうのは、私にとって自然な流れでした😢

 


4. どこまでも、かみ合わない会話🌀

あるとき、PTAのルール(会則)を変えることになったときのこと。

 

「説明が足りないんじゃない?」という保護者からの意見に対して、 

役員会で作られた回答は「手続きが楽になるから」という理由だけでした。

 

「なぜ変える必要があるのか💡」 

「今、何が問題か・・・」

 

一番大事なところが抜けてるよ、と伝えてみたんです。

返ってきたのは、

「じゃあ、タイトルを変えたら、これでわかる?🤨」

という言葉。

 

……あ、これ、会話が根本的にかみ合ってない。 

もう、これ以上は無理だ、とおもいました🏳

 


5.まとめ🌸

仕事では出会わないような多様な人と関わったこの1年。 

私が学んだのは、PTAという場所の「本当の恐ろしさ」でした👻

 

これってそこにいる人で決まるんですよね・・・

 

私は、来期からPTAを「脱退する」ことにしました。

 

もし今、PTAの中でうまくいかなくて悩んでいる人がいたら。 

それは、決してあなたのせいではないと思います。

 

個人の問題じゃなくて、組織の仕組みがそうなっちゃってるんだ。 

この1年で、身に染みてわかりました。照れ

 

息子の歯磨きは、だいたい30秒で終わる。滝汗


シャカシャカっと音はするけれど、


「え、もう終わり?」とつい言ってしまう。

 

今朝は、その瞬間に


息子の前で、口を出しながら内省してみた。

 


あんぐり「えっ?!もう終わり?短くない?」

 

照れ「パパが全部磨いたらいいよ!って言ってたもん」

 

不安「パパ、伝え方まちがえたんだよ、きっと」

 

えーん「パパがそれでいいーーーって言ってたもん!!」
(ギャー)

 

不安そうか~あせるどうしようかな・・・・

「〇君は歯磨きだけじゃなく、字がグチャグチャなのも、
トイレもビショビショで出てくるのも・・・」

 

ニコニコ「もしかして、“早く終わらせたい”っていう感じがある?」

 

ショボーン「うん」

 

ニコニコ「それって…やりたくないから?」

 

ショボーン「うん」

 

ニコニコ「ということは……歯磨きイヤないんだね」

 

ショボーン「うん」

 


悲しい「そか~ママは虫歯になったことがあって、
痛かったし、歯医者の治療も本当にイヤだったんだよね。」

「だから、〇〇君にはそんな思いして欲しくないから

2分は磨いて~と言ってたんだと思う」

 

ひらめき「〇〇君は虫歯になったことがないもんね・・・」

 

ショボーン「うん」

 

指差し「じゃあさ、一回虫歯になってみようか!笑い

 

ガーン「えっイヤーー!」

 

指差し「ママが今ブツブツ言ってたのは、
ママの中でのお話なの。覚悟決めたから大丈夫スター

 

指差し「30秒でも、ちゃんと磨けてるかもしれないし」

  「そのままでいいよ~」

 

指差し「大丈夫ちゃんと虫歯なれると思うから~合格

 

ガーン「イヤーーーー!!!」

 


……そんなやりとりを、今朝していました。笑い

 

実は心の中では『虫歯になったらどうしよう』とドキドキしている自分もいました。

 

その瞬間は、私も本当に覚悟したんです。

 

でも、あとからよく考えれば…… 

 

「あ、私、夜に仕上げ磨きしてるわ」 びっくりと気が付きました(笑)

 

「だから大丈夫」という親の安心感は、 あえて本人には言わないように~

 

何より彼自身に、自分の体のことを考えて欲しいんだ~照れ

こんな感じで今朝のモヤモヤ着地しました。

 


「みなさんのご家庭では、朝の歯磨き(あるいは宿題や片付けなど)どうされていますか?

『もう終わり!?』って言いたくなる瞬間、ありませんか?(笑)」