暖かい日が続きニューヨークの街が華やぐこの季節、メトロポリタン・オペラ(MET)でチャイコフスキーの名作オペラ「Eugene Onegin(エウゲニ・オネーギン)」のマチネ公演を観劇する機会に恵まれました。「エウゲニ・オネーギン」は、プーシキンの小説に基づくチャイコフスキーの傑作叙情劇です。無垢な少女タチヤーナとニヒルな青年貴族オネーギンのすれ違う愛を描き、チャイコフスキーならではの甘美で情熱的な旋律が全編を彩ります。

 

 

https://www.metopera.org/season/2025-26-season/eugene-onegin/

 

ニューヨークに来てすぐの頃は、オペラとは、着飾って近辺のレストランの「シアターメニュー」(時間が掛からない料理の3コースメニュー)で軽いディナーをして、夜8時ごろに始まるショーを観るものだ、と固定観念があって、実際タキシードや黒スーツに身を包んで行ってたものの、郊外に住むようになって夜のショーに行くのは面倒になりました。観終わって家に着くのが深夜2時近くになってしまうので、、、。ということで、最近はマチネ一辺倒。なんとなく観客の雰囲気が明るく、家族連れや若い層も多く見受けられます。荘厳な照明の夜のMETもいいですが、春の日差しが差し込む昼間のロビーの雰囲気も素敵でした。

 

MET、マチネは明るい日差しが差し込む

 

 

ニューヨークに来たての頃に、自身もバリトン歌手で、声楽の教鞭をとってたアメリカ人ゲイの知り合い(今は亡くなっています)が、夜のショーの方がパフォーマンスが先鋭されている、というようなことを言っていたので、マチネには邪道感を持っていましたが、素人の私には、そこまでの違いは正直わかりません。

 

さて、この「エウゲニ・オネーギン」、チャイコスフスキーによるロシア作品。METはロシアによるウクライナ侵略の抗議の意味合いも含め、ロシア作品の上演は避けていたように思えますが、プーシキンやチャイコフスキーが生み出した芸術に罪はないということで、自粛から久々のロシア語オペラカムバック。それとバランスを取るためなのかは知りませんが、主役の青年貴族オネーギンを演じたのは、ウクライナ・キエフ出身のIurii Samoilov(ユーリ・サモイロフ)。

 

 

有名なオペラなので、結末もすでに知っている人も多いとは思いますが、ネタバレしないように、当たり障りのない感想を書くと、やはりチャイコフスキーの真骨頂。ロシア文学の詩的な世界観と絶妙に調和していました。オーケストラの演奏はダイナミックで、時に繊細、時に激しくドラマを盛り上げます。アリアやコーラスは、登場人物たちの心の葛藤や切なさを鮮やかに浮かび上がらせ、観客の感情を揺さぶります。舞台美術や衣装も見事で、19世紀ロシアの雰囲気を色鮮やかに再現していました。

 

主演を務めたキャスト陣も良かったです。主人公オネーギンを演じたユーリ・サモイロフは、その深みのある声と繊細な演技で観客を魅了。タチヤーナ役のリトアニア出身Asmik Grigorian(アスミック・グリゴリアン)は、若さの瑞々しさと複雑な感情を巧みに表現し、特に有名な第1幕の"手紙の場"では会場全体が息を呑むような静寂に包まれていました。ロシア語圏の出身で私生活でも友達として仲がいいという二人の共演は、舞台にリアリティと情熱をもたらし、観る者を物語の世界に誘います。以下ステージ写真はMETのインスタからの借り物。

 

第1幕「手紙」のシーン

 

 

最後にオネーギンはタチヤーナに愛を告げる

 

個人的には、第2幕の、 オネーギンと親友レンスキーの決闘のシーンが一番心揺さぶられました。オネーギンは、親友レンスキーの婚約者オリガに色目を使い、それに激怒したレンスキーと決闘に発展。決闘でオネーギンはレンスキーの命を奪います。その決闘前の荒涼とした原野での、自らの死を悟ったようなレンスキーの独唱が素晴らしかったです。レンスキーを演じたのはStanislas de Barbeyrac(スタニスラス・バベイラック)。私には彼がこのオペラの主役のように見えてしまいました。まるでチャイコフスキーがレインスキーという登場人物に自分の魂を吹き込んだかのような、、、。

 

主役を喰う演技とは彼のこと

 

 

この作品に思い入れのある方はあらかじめ申し上げておきたいのですが、ここからは私のゲイとしての独断たっぷりの批評が入ります。よって、熱烈なオペラファンで、作品に独自の強い思入れのある方は読み飛ばした方がいいかもです。

 

さて、その批評とは、、。実は、このオペラの裏テーマは、オネーギンとレンスキーの青年公爵2人の男の友情、兄弟愛、ブロマンスなのではと私は受け取りました。2人の決闘シーンである第2幕がクライマックスにも感じます。もちろん、元ネタのプーシキンの小説にオネーギンがゲイだったというストーリーは一切ありませんが、やはり、オペラ化の途中でチャイコフスキーが同志愛的裏テーマを加えたという感じでしょうか。

 

最近もその人生が映画化されましたが、チャイコフスキーはすでに生前から知られていたほどの男色で、それは彼の職業人生において大きな葛藤を抱えていました。彼は同性愛者であることを世間には隠し通さなければならず、その孤独や苦悩が作品にも影響を与えていると言われています。特に「エウゲニ・オネーギン」の中に描かれる抑えきれない感情や、報われない愛の哀しみには、チャイコフスキー自身の心情が色濃く反映されているように感じられるのです。よって、彼の音楽に込められた切実な想いが、時代を超えて聴く人の胸に響くのです。それは、ヒロインタチヤーナへの愛の吐露でもそうですが、作品の2人の登場人物男性オネーギンとレンスキーにチャイコフスキー自身の生活を重ねあわされているような、、、。

 

ディーバという言葉があるように、オペラは、ヒロイン女性が中心人物になることが多いですが、タイトルについているように「エウゲニ・オネーギン」という男性が主役のオペラ、、、。こうして歴史を夢想するとロマンが膨らみます。深読みしすぎでしょうか。

 

亡くなる親友レンスキーを腕の中に抱くオネーギン

 

現代でも通用しそうなモテ筋ゲイ

 

 

ところで、このMET公演の指揮者ティムール・ザンギエフ(Timur Zangiev)、今年この作品でMETデビューの新進気鋭のロシア人マエストロです。最後に出演者と一緒に登場しましたが、若っ!32歳だそうです。若き精鋭、綺羅星の如く現れた音楽界の新星、今後の活躍に期待です。

 

ということで、いろいろ書いてしまいましたが、METでの「Eugene Onegin」は、チャイコフスキーの人生と芸術、そして舞台芸術の魅力が凝縮された素晴らしい公演でした。オペラファンはもちろん、初めて観る方にも強くおすすめしたい作品です。マチネならではの明るく華やかな会場の雰囲気と、エネルギーを存分に感じられる公演でした。

 

華やかでありながら、どこか哀しみを帯びたこの物語は、ゲイである我々にとても訴求したストーリー、演出でしたし、現代を生きるニューヨーカーにも深く訴えかけてくる内容だと思います。