春にも訪問してきたばかりですが、先週ワシントンDC中心部で開かれていたドキュメンタリー映画祭「DC/DOX」作品ウォッチングのためにDCに行ってきました。映画祭では日本からも出品があり、知り合いが関係者として滞在しているので、応援に行ったのでした。

 

アムトラック特急アセラでDC入り。猛暑で36℃。

 

「DC/DOX」は比較的新しい映画祭で、今年2回目、ドキュメンタリー分野では注目の映画祭で、世界中から良質のドキュメンタリーが集まってきています。DCには有名な短編映画祭もあって、3年前に参加してきましたが、総じてDCの映画祭は、NYの映画祭とはまた一味違う雰囲気です。NYに比べてDCで開かれる映画祭は、玄人好みのディープな作品や政治的なメッセージを発する作品が多いです。きっとこれはアメリカ、そして世界の政治の中心ワシントンDCという土地柄なのでしょう。(3年前の短編映画祭訪問期のリンクはこちら)

市内何箇所かに散らばっての上映でしたが、どの会場もゴージャス。映画館のほか、政府機関のビルや国立美術館内のホールなど、普段入れないような建物や、歴史的に建物自体に訪問の価値があるような会場ばかりで、映画鑑賞と同時に観光も楽しめました。パンフレット見たら、アメリカ国務省も広告出してました。日本で言えば、外務省が後援してるような感じです。

 

国会図書館や国立美術館なども会場になっていました

 

映画祭ウォッチャーである私が常々感じているのは、どの映画祭も日本からの出品や日本人映像作家作品がとても少ないということ。今回は久々に日本の作品や日本人のプロデューサーが関わっている作品も複数。日系人の知り合いも携わっているということで期待大でした。日本制作作品でこの訪問でぜひ観たかったのは性暴力被害者でジャーナリストの伊藤詩織さんが、自身の体験を綴ったドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」です。伊藤詩織さんのことはここでは詳しくは取り上げませんが、色々な意味で胸を締め付けられていました。伊藤さんが経験した辛さはもちろん、一連の出来事には日本の恥(特に男社会が作り出している特殊な文化の部分)が反映されている気がして、日本人男性であることを自身で恥ずかしくなる気がするのです。

 

 

 

鑑賞後の感想。やっぱり観て良かった。他の映画祭での前評判もあったのか、金曜夕方というプレミアムスロットの上映でしたが、他にも有力作品が同じ時間帯に上映されていて会場に着いた時は客席があまり埋まっていませんでした。やや不安でしたが、仕事帰りと思われる方々が直前になって増えてきて開始前にはほぼ席も埋まりました。日本人も結構いました。ワシントンといえば、この伊藤詩織さんをホテルの連れ込んだTBSの社員が支局長をしていた場所。因縁を感じます。映画自体も非常によくできていて、技術的にも素晴らしいと思いましたが、やはり何より伊藤さんが伝えたいメッセージ、ミッションがひしひしと伝わってきました。ところどころで号泣する観客もいましたし、最後も大喝采でした。伊藤さん本人は他の映画祭でアジア方面にいるということで、DCには来ていませんでしたが、上映後の公開トークコーナーでは共同プロデューサーEric Nyariさんと編集者Ema Ryan Yamazakiさんが来ていて、内容の濃い質疑応答が展開されました。(なお、二人は夫妻で別の作品もこの映画祭に出品しています)

 

伊藤さんの粘り強い懇願と綿密な捜査で被疑者と言われていた元TBSワシントン支局長の逮捕状も出ていたのに、故・安倍首相への忖度で逮捕直前に中止を指示をしたとされる当時の警視庁刑事部長中村氏が、その後警察庁長官に昇格したという件もありさらに衝撃を受けました。なお、その後、皮肉にも中村氏は安倍氏暗殺事件の警備の不備の責任をとって辞任しています。色々書きたいことはありますが、伊藤さんが被害を訴え裁判を起こした後も、「ハニートラップ」だとか「枕営業失敗」などと想像を絶するような言葉で誹謗中傷を受けていたことも映画では描かれていますが、そういう誹謗中傷を助長した輩の中には現役の女性国会議員なども含まれています。同性愛者には生産性がない、と宣ったあの方です。また、野党議員がこの件での警察側の隠蔽工作疑惑に関して安部首相の責任を追求する場で、自民党の席に元法務大臣で現外務大臣の上川陽子氏が写っているのも見逃しませんでした。上川さん、清廉な方で、庶民(特に女性)に寄り添う姿勢が評判のようですが、どんな気持ちで聞いてたんでしょう。

 

 

正直、恐れていたように、この映画を観終わったあとは、同じ日本人であることが恥ずかしい、という罪悪感に包まれました。故安倍氏の御用聞きジャーナリストと言われた元TBS社員や事件の隠蔽疑惑が持たれている中村氏など権力側の近い人たちに動きはもちろん、日本の公的システムがこぞって伊藤さんを黙らせようとするような空気感が伝わってきました。

 

一方、周囲のアメリカ人観客の反応としては、この一件を目撃したであろう一般市民は何もしなかったのかという視点があって、なるほどと思いました。例えば、伊藤さんが事件当日タクシーの中で「駅で下ろしてください」と訴えていたのにTBS社員に押し切られて二人をホテルに連れて行ったタクシー運転手、タクシーから降りるところの一部始終を目撃していたドアマン、チェックインさせたフロントなどのホテル関係者。また二人を送り出した飲食店。こういう人たちや市井の人たちが目撃して、何をしていたのか、という視点です。タクシー運転手やホテルのドアマンは映画の中では、証言者、協力者と扱われています。証拠集めをする過程で、この人たちの証言はキーだと思うので、伊藤さんサイドとしてはこの人たちに感謝してるんでしょうけど、もしこういう人たちが、事件当日に誰か一人でも、通報するなり声をあげていたら、そもそもこの伊藤さんは被害に遭わなかったのではと。

 

普段は日本に関するものはなんでも絶賛するうちの旦那Dも、残念がっていました。セキュリティーカメラでは、詩織さんが意識朦朧だったのは明らか。きっと事件当日何人もの人たちがこういうシーンを目撃していたのでは、という失望感を吐露していました。この一件に関して証言を拒否したとされる白金高輪にあるシェラトンホテル側の姿勢も疑問視する声も聞こえました。実際、Dの隣に座ってたアメリカ人の女性は「シェラトン系宿泊拒否しようかしら」と言っていました。

 

日本人の私からしたら、あのホテル元々日本の老舗ホテル。実は私も以前に泊まったことがあります。当時はすでに受動喫煙防止法が制定されて何年たってましたが、館内のあちこちで喫煙できるところがあってタバコ臭いホテルというイメージしかありません。よって日本のおっさん御用達、といった施設でしたので権力に忖度しても驚きではない。今でこそ「シェラトン」を名乗ってますがフランチャイズ契約で所有や運営は「都ホテル」。親元は電鉄会社。日本の組織の代表のような存在です。伊藤氏が連れ込まれる姿を目撃したはずの社員が証言を拒み隠蔽に加担した疑惑もあるのでこの件で印象が悪くなったのは確実。今のところシェラトンブランドの運営会社からはフランチャイズ切られてないので、従業員教育などをして経営者の意識改革などをしたのかもしれません。

 

 

この作品「Black Box Diaries」、アメリカでのメジャー放映も決まったようです。一方日本ではまだ公開未定とのこと。これは日本の配給業界がメディア大手の一角を占めるTBSやその他権力に忖度して話が進まないのか、など深い議論までは聞けませんでした。しかし、こうして世界各地で認められて世界の声を味方につけて、作品が凱旋帰国すれば、そういう日本的な無言圧力で排除されたり、スルーされる可能性は少なくなるのかなと思います。

 

最後のシーン、民事裁判が結審したところで、伊藤さんが「あの時25歳だったのに、33歳になっちゃった」と呟いていたところで私はジーンときてしまいました。「Black Box Diaries」、もしご興味がある方は、ぜひご覧になられてください。

 

なおDC/DOXには前述のEric NyariさんとEma Ryan Yamazakiさんの短編ドキュメンタリー「Instruments of a Beating Heart」も出品されていました。「Instruments of a Beating Heart」は日本の小学校1年生が、2年生に進級して新入生を迎えるための準備を淡々と描いた作品。日本の学校システムの特徴が際立つ、情緒あふれつつ同時に爽やかさを感じる作品でした。

 

ということで、とても充実した映画祭でした。会場が散らばっている関係で見たい作品が重なってしまっていたのが残念。どの映画もストリーミングサービスで見られるようになってくれることを祈りたいです。

 

 

「Black Box Diaries」後の質疑応答。制作者に携わったエリックさんとエマさん

 

LGBTQを題材にした短編集の上映後のパネル。面白かった

 

各作品上映後はクリエーターとの記念撮影や歓談の場が設けられてました