今日は最近ニューヨークで観た中で一番良かった映画「All of Us Strangers」(邦題:「異人たち」)の紹介です。昨年11月に亡くなった脚本家山田太一さんが執筆された「異人たちの夏」(1987年)が原作のイギリス映画です。


「異人たちの夏」は1989年に大林宣彦作品として映画化され今も邦画史に残る名作として有名ですが、今回は設定を東京からロンドンにかえて、登場人物もイギリス人になっています。監督は「さざなみ」「荒野にて」「Looking」などで繊細で情緒的な描写に定評のあるアンドリュー・ヘイです。

 

 

ロンドンで一人暮らしをする脚本家アダム(アンドリュー・スコット)は、同じマンションの住人ハリー(ポール・メスカル)に出会い、やがて恋に落ちます。ハリーとの関係が深まるにつれ、アダムの前に、子供の頃に交通事故で亡くなった両親が目の前に現れるようになります。アダムは両親との時間を取り戻し夢のような日々を過ごすが、、というストーリーです。原作同様、現実と虚構、過去と現在が目まぐるしく変化し、郷愁と寂寥感を感じる重厚感のある物語です。私は大林版を過去に見ていて、大まかな話の流れを知っていたのでついていけましたが、うちの旦那は時空間の変化にやや混乱気味でした。また英語がネイティブでも、アメリカ英語とイギリス英語とではスラングなどが微妙に違ってわかり辛かったようです。

 

 

主人公の職業は原作どおり脚本家ですが、セクシュアリティがゲイに変更されています。知り合いの日本人が、アンドリュー・スコットとポール・メスカルが絡む「異人たち」の広告を見て「えっ、ゲイ映画になっちゃうの?」という反応をしていたのですが、これを「ゲイ映画」と括ってしまうのは大間違いだと思います。確かに原作や大林映画との印象は違いますが、2023年版「異人たち」では原作の持っている世界、そしてテーマはぶれていないと思います。映画化の話は、山田太一さんの生前に打診があったそうで、主人公の設定変更も了解してとのことのようです。小説や漫画の実写化では色々物議を醸すことがありますが、「異人たち」が山田太一の世界をそのまま伝えているのは、監督アンドリュー・ヘイ氏の力量はもちろんですが、ゲイであるヘイ監督が自身の過去の経験を重ね合わせたことで作品の普遍性が引き継がれたのだと思います。このあたりの解説は、映画ジャーナリストの斉藤博昭さんの記事が詳しいです。

 

 

そして、この映画が記憶に残るであろう作品としての成功に欠かせなかったのが主人公を演じる二人の俳優の演技でしょう。まず、脚本家アダムを演じるのは、イギリスの超実力派でベテラン俳優のアンドリュー・スコットです。彼は実生活もゲイですが、自身のセクシャリティーよりも彼の演技力自体で、複雑な過去を背負ったアダムを重厚な主人公として描くことに成功し観客を引き込んでいると思います。なお、アンドリュー・スコットはこの作品でゴールデングローブ賞主演俳優部門でノミネートされました。一方、アダムを過去に誘い込むきっかけになるハリーを演じるのは、最近活躍目覚ましいポール・メスカルです。これもまたハマり役。ポールはゲイではありませんが、こういう若者、都会にいるよね、と見事にリアリティを醸し出しています。数年前まで住んでたアッパーイーストサイドのアパートの同じフロアに住んでた、いつもフラフラしてるけれど深遠なことを言う隣人を思い起こさせました。

 

グリニッチビレッジのAngelika Film Centerで観てきました

 

主演俳優の二人アンドリュー・スコットとポール・メスカルの演技に魅了されてファンになってしまいました。嬉しいことに、二人とも、出演作品が目白押しです。まず、アンドリュー・スコットですが、英国国立劇場(もはや格が違う!という感じ)でアントン・チェーホフの名作戯曲「ワーニャ伯父さん」を1人芝居で描いた舞台劇「ワーニャ(Vanya)」を演じています。本国での反響が凄まじく、早速映像化されて映画館のスクリーンで上映する「ナショナル・シアター・ライブ」としてニューヨークに上陸しました。IFCセンターで上映されていて先週見にいきましたが、彼一人で10役くらい演じていて圧巻でした。いつか彼の舞台を生で見るために本場英国国立劇場に行きたいと思います。

 

 

そして、一方のポール・メスカルは、2000年に公開されて世界的大ヒットとなった映画「グラディエーター」の続編で主人公を演じます。今では大御所のオーストラリア俳優ラッセル・クロウの代表作の一つですが、肉体派のラッセル・クロウが演じたグラディエーターを、細身なポール・メスカルがどう演じるか見当がつきません。ただポール・メスカルの方が古代ローマ人ぽい哲学的な顔をしているので、意外に適役かもなどと考えると楽しみではあります。最近では共演女優と恋の噂も流れて、アメリカの芸能ニュース検索数ナンバーワンを記録するなど、今後注目の新進気鋭の俳優さんです。

 

 

新旧グラディエーター俳優、ローマ彫刻風顔のポール・メスカルと武闘派ラッセル・クロウ

 

最後に、監督アンドリュー・ヘイ氏について。10年以上前の作品「WEEKEND」はゲイを主人公に描いた映画の金字塔として、その後のゲイを扱った作品に大きな影響を与えています。それ以前はゲイムービーといえば、実らない恋の悲劇的なドラマを扱うことが多かったと思いますが、「WEEKEND」は等身大の現代のゲイの淡々とした日常の描写が新鮮でした。


ゲイを主人公に扱う作品だけでなく、ヘイ氏の作品は日常的な情景の中の人間の心情の機微、繊細さの描写が素晴らしいです。映画を観ているだけで、自分も登場人物になったかのような感覚だったり、主人公の友人になったかのような錯覚だったり、、、。すでに次回作が楽しみな監督さんです。

 

どうでもいいんですが、50代に突入したヘイ氏はますますイケオジ・ダディー化に磨きがかかっています。個人的に見た目の性的魅力という点でいうと、私は俳優二人よりもヘイ氏が一番好みかも、という感じ。笑

 

 

 

素晴らしい俳優、映画監督をこうして紹介できるので興奮して話はあちこち飛んでいますが、最後に「異人たち〜All of Us Strangers」の話に戻して、日本のいらっしゃる方に嬉しいニュースの紹介です。なんと4月19日に日本公開だそうです。ぜひ、お近くの映画館に足を運んでみてください。大林バージョンが好きだった方も、きっと楽しめると思います。日本公開ということは、近いうち日本語字幕版もストリーミングされるだろうから、私も字幕付きでもう一度観たいと思います。