先月から今月にかけて私のお気に入りのミニシアターの一つCinema Villageにほぼ毎週通い、なかなか観られない映画を立て続けに鑑賞してきました。Cinema VillageはGreenwich Villageにあって、インディーズ映画や外国作品などを主に上映しています。週ごとに3作品を上映しているので、月に12から15のラインナップで、もちろん名作ばかり。計画して通ってたわけではなくて、予告編見て次週の上映作品も見たいという誘惑に抗えず、結果的に毎週リピートすることになったというのが正直なところです。

 

 

昨年春に公開されて映画祭などで高い評価を得てジワジワと上映会場が増えていた「Past Lives」はその一つです。辛口の筈のニューヨークに住むゲイ友や女子友がまるで示し合わせたかのように勧めてきたのでずっと気になっていたのですが、最初にマンハッタンで上映された時には見逃してしまっていました。

 

物語は韓国ソウルで同じ小学校に通うHae SungとNa Youngの初恋を軸に始まります。その後、Na Youngは家族と共にカナダに移住し消息は途絶えます。Hae Sungは突然自分の前から姿を消してしまったNa Young(後にNoraと改名)にもう一度会いたいとソーシャルメディアで彼女を探し求め、12年後ついに二人はオンラインでつながります。いい雰囲気になりそうでしたが、キャリアを優先したいNoraにとって遠距離恋愛に踏み込む覚悟はありませんでした。そしてさらに12年後、舞台はニューヨーク。ユダヤ系アメリカ人男性Artherと結婚したNoraをHae Sungがニューヨークを訪問する、、という24年の年月を刻む悠大なドラマです。タイトル通り前世の話や人間関係の陰陽などの概念が登場人物を通して丁寧に説明されています。それがNoraを取り巻く二人の男性の関係性を切なく儚く、そして力強く描かれる土台になっており、見終わった後には、人生っていいな、と心に染み入るような仕上がりになっています。誘った時はあまり乗り気でなかったうちの旦那も、アメリカ人夫のArtherの立場からストーリーに共感したようです。

 

 

「Past Lives」は新進気鋭の劇作家Celine Song氏の監督デビュー作で、彼女自身の自伝的物語とも言える映画であり、数年前にアカデミー賞を賑わせた韓国系移民の物語「ミナリ」同様、北米におけるアジア系移民の現実を淡々とそして緻密に描いています。ここ数年、韓国系アメリカ人・カナダ人の北米における映画界での活躍はめざましく、無理に白人に迎合したり他人種と競合したりせず、自らのルーツを発揮した作風が認められるようになっているのはいい傾向だと思います。

 

主人公のNoraを演じたのはLA生まれの韓国系2世アメリカ人女優Greta Leeです。韓国語はほぼ話せなかったそうですが、この映画に出たことがきっかけで学び直したそうです。幼馴染のHae Sungはドイツ生まれの韓国系俳優Teo Yooが演じています。二人の抑揚のある演技が陰陽の概念をうまく醸し出していました。またNoraの旦那役はJohn Magaroが演じていて、アジア人女性と結婚した繊細なユダヤ系白人男性という役柄をこちらも抑え目に、しかし絶妙に表現していたと思います。実生活でもアジア人女性と結婚しているようです。ということで俳優たち自身が役に対する思い入れが深くキャスティングは最高だったと思います。このキャスティングの妙が映画の高評価の一つの要素とも言えるでしょう。

 

左からJohn Magaro、Celine Song、Greta Lee、Teo Yoo

 

アメリカにおけるアジア系移民という立ち位置にいる私にとってもいくつも印象深いシーンがありました。特に、劇中でユダヤ系白人であるArtherが韓国語を習っているのは、実用を目指すのではなく、韓国語の寝言を言うNoraと少しでも親密になりたいからなのだ、と告白するシーン。実はこのくだり、私にも身に覚えがあって、旦那に指摘されてハッとしました。うちの旦那も一時期日本語を学ぼうとしたことがあったのですが、まず日常では使わないし、どうせモノになるまでには相当な時間と労力を要するからやめとけば、とネガティブ発言してしまったのです。旦那は寂しそうな顔をしていましたが、彼から見ると私の中に日本語で構築された踏み入れられない精神世界が存在し、その世界を理解するのに、自分が日本語を習うことは助けになるのでは、と思ったそうなのです。異文化カップルが遭遇するこうした普遍的な体験をこうして描いているCeline Song監督の手腕に脱帽です。

 

 

マンハッタンの深夜のバーでNoraを真ん中に3人で酒を飲むシーンも印象的でした。この3人の関係性が周囲から見るとなかなかわからないというような、他の客の視点から俯瞰しています。NoraとArtherがカップルで、Hae SungはNoraの兄か弟なのか、それとも、NoraとHae Sungがカップルで、白人であるArtherはどちらかの友人か、、、。ゲイ映画ばかり観ていて、さらにはアジアンとジューイッシュの同性カップルが周囲に結構存在する私とDにとっては、Hae SungとArtherが同性婚したカップルで、Noraはゲイとつるむのが好きな女か、Hae Sungの姉か妹というシナリオがあってもいいよね、と馬鹿話で盛り上がってしまいました(笑)。まあ、それはさておき、久しぶりに観たストレート男女の物語はとても新鮮でした。

 

ニューヨークの日本人の友人知人に勧めたところ、観た人は皆絶賛してくれました。現在ANAの国際線機内エンターテイメントで観られるそうで、この年末年始にANA便でお出かけになられた方は見る機会があったかもしれません。世界的にヒットの兆候を見せており、日本でも「再会」という邦題がついて4月に公開が始まるそうです。