マンハッタンで一番過ごしやすい月はと聞かれたら、私は迷わず9月と答えます。晴天率が高く、気温も高すぎず低すぎず、外を歩くのに最適な季節です。そして蚊がいなくなるので、レストランやカフェの野外席での飲食も居心地がいいです。

 

そんな9月も残すところ数日ですが、この時期のマンハッタン・ミッドタウン地区の風物詩は、毎年開かれる国連総会。私の勤務先の界隈、グランドセントラル駅から東に数ブロック、イーストリバーに面するそびえる国連本部に世界中のリーダーが集います。日本のメディアでも、岸田首相がどんな演説したとか、バイデン大統領が何を言ったとか、ニュースで紹介されていますね。最近は#UNGAというハッシュタグでソーシャルメディアでも関連ネタで賑わっているようです。UNGAはUnited Nations General Assemblyの略語です。

 

 

42丁目の目抜き通りを車線制限するので大渋滞が発生したり、あちこちにセキュリティー・バリケードが設置されたりで、関係ない私としてはうざい感じしかなかったのですが、コロナ禍で2年間開催が中止されていたので、世界各国のリーダーをはじめ、久々に世界各国の外交官、市民団体、NGO関係者がミッドタウンを闊歩するのはある意味懐かしくすら感じる光景でした。先週のある夕方、日本代表団と思われる人たちだと思いますが、お決まりのドブネズミスーツとリクルート活動女子風の格好をした一団が、47丁目にあるジャパンソサイエティーから国連本部のすぐ北にある日本政府国連代表部があるビルまで行列をなして歩いていました。もう20年も前に東京で働いていた時の光景がデジャブしてしまいました。日本人のビジネスパーソンって変わらないですね〜。まるで個性がなくて制服みたい。しかし、マンハッタンではそれが日本の個性と見えるのが愉快です。また、グランドセントラル付近の行きつけのイタリアンでランチをしていたら、こちらはイタリアのメディア関係者と思われる人たちの集団が入ってきて、昼からワインをボトルで空けているのをみてお国柄だな〜と思いました。無礼なニューヨーカーに慣れきって基本塩対応のスタッフは、イタリア人達の陽気さに顔も綻びがち。でもそれもそれは最初だけで、なかなか席を空けないから、食器から水から全部引き払い、追い出しにかかるが、イタリア人たちはお構いなしに大声で歓談。コスモポリタンなNYとは言っても、こんなお国柄を観察ができるのもこのUNGAウィークの特有の経験です。

 

ランチの後国連ビルまで散歩。大物の入りを狙い待機するメディア関係者

 

取材陣がごった返していたので、きっと誰か有名人が登場したのでしょう

 

さて、今年の国連総会の週間では少し考えさせられることがありました。この会議の開催にあわせて、私の大学時代の後輩K君がニューヨークを訪問していました。大学時代から国際派で何かと刺激になる存在。彼も、ずっと海外在住の私に一目置いてくれていたのか、こまめに連絡してくれて、細々とですがしっかりと繋がった感じの付き合いが20年。そんな彼から連絡があって、久々に再会しました。仕事で来るから会っていただけませんか!とだけしか言われなかったので、軽い気持ちで行ったのですが、なんと、新卒以来属する組織の幹部になっていて、その出世ぶりに驚愕してしまいました。

 

別に偉ぶることもなく、もちろん上から目線とかそういう雰囲気ではなくて、ただ、ちゃんとした組織の幹部として、リーダーとしてのオーラは隠せない感じでした。リラックスして短パンとポロシャツで参上したのを後悔するくらい自分がみすぼらしく感じました。また、ローカルのニューヨーカーしか来ないような騒々しいバーを待ち合わせに選んでしまってやや反省。そのことを詫びたら、逆にこういうところの方がニューヨークっぽいし、相手がリラックスした服装の方が、ニューヨーカーと会っている、という雰囲気で彼にとっては嬉しいのだそうです。高い志で今の組織に新卒で入った時は、先輩にこき使われたり、超長時間勤務が続いて「こんなつもりじゃなかった」と仕事を何度か辞めたいと言っていたK君。私費留学や、アメリカ移住の相談なんかも受けたのですが、この10年はもう今の仕事でやっていくという覚悟を決めて、一気に頭角を現したようです。雲の上の存在になるまでもう少し。

 

案内したミッドタウンのビルの谷間にある隠れ家バー

 

待ち合わせしたバーから近くのレストランに移動し、色々な話をしてあっという間に時間は過ぎてしまいましたが、とても尊敬したのは、彼は一度もスマホに目を落とさなかったことです。私は日本とは全く関係ないビジネスにいますが、NYに長年住んでると、昔の友人はもちろん、その繋がりで日系企業の新米駐在員とか出張者と会って、仕事とかプライベートの相談などお話をしてくれ、というような機会があります。電話で相談できそうですが、日本人は実際に会いたがります。そういう時に気になるのが、私と話してる間に電話に出たり、テキストしたりする方たち。内心「おっさん、あんたが会いたいというから、会ってやってるだけどね〜」です。まあ、紹介の手前、大目にみていますが、そんなに頻繁に緊急の電話がかかってくるものなのかな〜、と穿った見方をしてしまいます。しかし、K君は、そういう素振りは一切見せませんでした。K君の立場ともなれば四六時中メールをチェックしていないと不安になるでしょうが、こうして大物の片鱗を見せつつ、相手へのリスペクトを忘れない真摯なところがK君が出世してきた理由なのかな、と思いました。

 

澄んだ青空が広がる9月のニューヨークと国連本部ビル

 

一方の私は、今の会社で同じレベルではや7年。ビジネススクール修了してこちらで就職した時は、まずはクビにならない、という、最低限のところにキャリアのゴールを設定したので、出世どころではありませんでした。アメリカの職場は、基本的に自動昇進はなく、社内に空席ができたら上のポストに応募したり、自分の貢献を上司にアピールし昇進交渉を仕掛けることが必要です。収入を増やしたいとかマネジメント職に移行したい、という時には転職も厭いません。キャリアは自分次第です。なので、年下の上司もいるし、かなり年長の同僚もいたりします。今の会社は、アメリカの組織にわりにはドライなクビ切りとかしないし、旦那Dも安定収入があるので、現行満足してしまっていて、キャリアへの野望などは失いがちでした。でも、K君の活躍をみていて、とても眩しく感じて、自分も違う環境に身をおいたら、リーダーシップをとるような仕事をしていたのだろうか、またそんなこと自分にはできるのだろうか、したいのだろうか、などと考えさせられました。K君自身は、ステップを踏みつつ今のポストに到達したのだろうから自分ではあまり意識してはいないようですが、非常に刺激を受けました。自分の場合は、アメリカの組織で、アメリカ人を部下にリーダーシップをとっていくなんて考えられないので、今の会社にいる限りは一スタッフのままでいいと思っていますが、ずっと定年までそれでいいのか、、、。そういえば、国連総会に外交団を率いてやってきたヨーロッパ諸国のトップの中には、30代のリーダーも結構います。そういう人たちから見ると、このマンハッタンはどういう光景に見えるのだろうか。

 

ということで、今月は、国連総会でマンハッタンを訪問中のK君との久々の再会で、自分のキャリアや今後の人生について深く考えさせられる月でもありました。無事テロもなく、国連総会は幕をとじ、ミッドタウンのあたりも平常に戻りました。これから、街路樹の葉が色づき始め、一気に秋に突入していきます。

 

セントラルパークの木々の葉も色が変わり始めました。秋がもうすぐそこ