最近映画ブログ化していますが、また一つ、とてもいい作品に巡り合ったので引き続きNewFest・ニューヨークLGBTQ 映画祭から観賞作品を紹介させていただきます。

 

 

POPPY FIELDはルーマニアの作品で、自身のセクシャルオリエンテーションに悩む警察官の実話を元にした物語です。前回紹介したFirebirdと同様に東欧が舞台となっていますが、こちらは現代劇です。EU統合で域内の多くの国で同性婚が認められLGBTQに寛容になっているように見える昨今のヨーロッパの潮流の中でも、東ヨーロッパの一部の国では未だ同性愛への偏見や社会的な不寛容は存在しています。そんな現実を改めて感じさせられる映画でした。

 

 

物語は遠距離恋愛の恋人Hadiが主人公の警察官Cristiの元を訪問するところから始まります。その日はCristiはシフト勤務に入り一緒に過ごせない模様。しかし、この日の勤務で、レズビアン映画の上映を妨害する反対派デモと映画の観客達との小競り合いの仲裁の現場に派遣されることになります。そこで、顔見知りのゲイに遭遇してしまうところから物語が展開していきます。

 

この映画は、ゲイである自分の中の同性愛嫌悪、そして職業人としての立場と、ゲイとしての自身のセクシャリティーをどのように折り合いをつけていくかという葛藤を生々しく描いています。同性愛を語ることをタブーとされてきたルーマニア社会で育ったCirstiは、ゲイとしての自分をようやく受け入れ始めつつも、完全に折り合いをつけて生きていく術は身につけていません。そのことで、自分や周囲の人々、そして職場における自分の立ち位置を不安定なものにしていきます。特に警察署という男臭い職場ではその困難は想像に難くありません。彼の葛藤は映画を普遍的な物語にしています。

 

(Cristiは同僚に自分がゲイであることが発覚するのを恐れて不安定になっている)

 

日本はもちろんですが、同性婚が認められオープンそうに見えるアメリカでも、自分が同性愛者であるという事実を受け入れる段階で苦悩する人は多いと思います。そして、職場での振る舞いもとても繊細な問題で、自分から周囲におおっぴらに自分が同性愛者であることをカミングアウトしているような人々は主流ではないと思います。皆なんとか自分の中で微妙なバランスをつけて生きているのが現実です。日本のメディアなどを見ると、欧米各国では、全ての同性愛者が大手を振って人生を謳歌しているなんていう論調をたまに見かけますが、私の感覚ではアメリカでもかなりのセクシャル・マイノリティーが映画の主人公のような葛藤を抱えていると思われます。

 

(映画の上映を妨害するアンチ同性愛者グループ。汚い言葉でセクシャル・マイノリティーを罵る。)

 

また、冒頭、LBGT反対派が映画の上映を妨害する場面も他人事とは思えませんでした。レズビアン映画の上映を妨害する集団が「ゲイはこの国から出ていけ」とか、「オカマは害毒。子供の教育に弊害を与える」とか叫んでいるシーンを映し出していますが、アメリカでもいまだにこう言うことを叫んでLGBTQの存在を社会から抹殺しようと陰謀を巡らしている人々が存在します。トランプ率いる共和党は前政権でこうした層を取り込み、同性愛者の存在を否定するような政策を次々に敷いていました。主に宗教的な思想が背景となっていると思いますが、そうした人たちはこうした不寛容が時には他の人たちの人権の侵害につながっていると言う視点はありません。自分の信条こそが全ての善だと信じて止まないのでほぼ永遠に分かり合えない人たちなのです。日本でも、たいしてLGBTのことを知っていると思えない女性政治家が子供を産まないゲイ・レズビアンには生産性がないと宣っていましたが、日本の場合は主に伝統的家族観や、そもそもの無関心や無知、そして漠然とした生理的嫌悪感がこうした発言に結びついていると思います。一方、映画の舞台のルーマニアなど、宗教的な思想が背景にある文化の場合、その信条を覆すことは不可能に近く、LGBTQへの不寛容は時として攻撃性を帯び、物理的な危害が及ぶこともあります。映画内のシーンのようなヘイトスピーチや活動妨害にはじまり、例えば自分の子供がゲイなら、矯正施設に送ったり、中には色々な形で縁を切ってしまうケースもあるのです。

 

(遠距離恋愛中で、久々に再会するボーイフレンドのHadiとCristi。)

 

POPPY FIELDはそういった社会背景やその中でのセクシャルマイノリティーの葛藤という普遍的なテーマを描いています。最後には悲しい結末を迎えることも多いジャンルですが、この映画はCristiの警察職場の上司や同僚が彼を排除しようとはしないところに希望の光を見たような気がします。また、CristiのボーイフレンドのHadiは同性愛には厳しいと言われるムスリム教徒ですが、宗教と自分のセクシャリティーに折り合いをつけている存在として対照的に描かれています。

 

(Cristiを演じたConrad Mericoffer。物静かな演技が魅力的。この映画でトリノ映画祭で主演男優賞受賞)

 

主人公のCristiを演じたのはルーマニア出身の俳優Conrad Mericofferです。女性と結婚して子供もいるようなのでゲイではないと思いますが、不安や恐れを抱える姿を繊細に演じています。ゲイ受けするイケメンですが、決して必要以上にギラギラせず、葛藤を表現できる静寂の演技ができる俳優だと思いました。すでにヨーロッパ内の映画祭ではこの映画で主演俳優賞なども受賞しているようです。最近、エンタメ界ではゲイ役はゲイの俳優が演じるべき、という動きがありますが、実力主義の世界なので、俳優個人のセクシャリティーではなく映画の物語を聴衆に訴えかけることのできる配役がベストと私は思います。

 

監督のEugen Jebeleanuはルーマニアではほぼ唯一のオープンリーゲイの演出家です。上映後のQ&Aではパリからリモートで作品に関する質問に答えていました。もともと映画監督ではないそうですが、この映画を広めることでルーマニアで実際に起こっている現実を広く世界に知ってもらいたいと、この作品のメガホンを取ることにしたと語っていたのが印象的です。実際にアンチLGBTデモを撮影したブカレストの映画館でもこの映画を上映できる運びになったという希望のあるニュースを知らせてくれました。

 

(主要キャストに指導するEugen Jebeleanu監督。プラハ、ブダペストなど東ヨーロッパ各地でも上映の機会を得ているとのこと)

 

3回にわたってお送りしてきたNewFest・ニューヨークLGBTQ 映画祭からのレポートですが、映画祭は昨日その幕を閉じました。コロナ前に比べまだ上映数は半分程度ですが、世界中から日頃なかなか日の目を見ない作品やそのクリエーター達にニューヨークという地でスポットライトが当たることに改めて、映画祭の意義を感じました。なお、130近い映画が世界各国から集まる中、今年も先進国である日本から参加はありませんでした。多くの日本の作品がこの映画祭で上映されることを願っています。