僕の母は、健康診断で、血液検査で異常が出て、再検査をしてくださいと言われたのですが、そのまま再検査をしないで働いていました。そして暫くして、風邪の症状が出たのですが、単なる風邪と思って、風邪薬を飲んだりしていたのですが、全然その症状が治らないでいました。そして、2週間位すると、家の階段を昇る事もままならなくなり、大きい病院に行きました。そして、血液検査をしたら、白血球が23万という異常な数値がでて、その病院では、血液内科がないので、別の病院を紹介してもらって、その日のうちに、その病院へ行くと、緊急入院という形になりました。
そして、詳しい結果は出てなかったのですが、先生に、
「おそらく、慢性骨髄性白血病が、短期間のうちに、急性化したものと思われます。慢性の白血病が急性化した場合、治すのが難しいです。今は、とても危ない状況です。」
と言われました。その時点での、僕等家族は、白血病の知識は、ほぼゼロに等しく、夏目雅子さんやアンディ・フグさんの様に死んでしまうのかという、ドン底に落とされた様な心境でした。そして、クリーンルームに入った母に、どのように接していいか分からない状況でした。よく、テレビでは、病名を隠したりしている場面とかを見ますが、こちらの先生は、これから辛い抗癌剤等の治療を乗り切る為にも、母には、全てをすでに話していました。そこで、僕は、これから辛い抗癌剤の治療とかを乗り切ってもらう為にも、励ましの言葉とともに、本を持って行きました(僕は、読書が趣味で、蔵書が2,000冊以上あるので、その中から、読んで元気になってもらえそうなのを持っていきました)その時は、僕も気がどうてんしていて、なぜその本を選んだかは、覚えてませんが、浅田次郎の「天切り松闇がたり」を全巻持っていきました。
母もその時、先生の話を聞いて、動揺していたので、何の言葉をかけても、泣き出すばかりでどうしようもない状態でした。そして、僕のお見舞いの品の本を見て、
「こんな時に、本なんて読んでられないよ。いらないから持って帰って」
と言われました。だいぶ後で、母から聞いたのですが、うちの息子は、こんな時に何を考えているんだと思って、息子がよく分からなかったらしいです。しかし、抗癌剤も効いてくれて、何とか移行期位に戻ってきた頃に、母も心のゆとりが出来て、テレビをみたりするようになると、僕が初日に持ってきて、ロッカーにしまいっぱなしだった、浅田次郎の本を読んで、感動して、なぜか母には、力の出る本だったらしく、浅田次郎が好きなり、僕は全ての著書を持っているのですが、全て読んでしまいました(入院期間1年位で)
こういう場合の家族は、すごく難しいです。とにかく、「生きる」気力を持たせてあげないと駄目です。しかも、人それぞれ性格が違うので、その対処方法も違います。そして、退院して、1年後に、再発してしまった時は、さすがに今度は、僕はどうしたらいいか分からなく、「水」以外は何も買っていきませんでした。今はとにかく、未来の話をして、頑張って治せば、楽しい事が出来ると話して、勇気を持ってもらうようにしてます。