凸凹親子の甘い生活 -34ページ目

凸凹親子の甘い生活

中学1年の息子(ASD,ADD,LD)のこと、
保育士の母(自称ADHD)が日々感じたことあれこれ。

今日は、きのうのながれで、お母さんのこと書きたくなったから、書きます。


わたしの保育園時代、園児はとても自由で、同じ方向の子ども同士で、登園したり、帰りももっとラフだったと記憶しているのですが、ある日


「今日は、お母さんお迎えにいってあげる」


といわれ、嬉しくて待っていました。園庭であそんでいて、他児がどんどん帰っていくなか、日がとっぷり暮れていきました。最後の一人になり、保育士になにか声をかけられても、


「今日は、お母さん迎えに来るっていったもん」


と言って、真っ暗ななかブランコをこぐわたし。


結局、保育園しめるからと言って、保育士が家まで送ってくれたのですが、お母さんの言った言葉



「ごめん。わすれてた。」



気付けよ❗️子どもが帰ってきていないことに❗️



続いて、小学3~4年の時、発熱のため、学校をお休みしていました。


母親が、仕事を抜けて様子をみにきて、


「何か食べたいものある?」


と聞くので


「ゼリー」


と答えたら、お金を置いて仕事に戻っていきました(笑)。


中学のときは、


「あなたを妊娠したとき、お父さんと別れようと思ってたから、おろそうと思ったけど産んだんだよ。」


って、普通にさらっといわれたことがあり、その時は何をどう思えばよいのかわからなかったけど、こうして覚えてるってことは、傷ついてたのかな。


まあ、細かい話はもっと色々ありますが、


わたしの人生最大つらかった出来事、
長男を出産後3日で亡くしたとき。



そのときよりずっと前に、母親の事は、諦めていたはずだったんだけど、人生で初めて



「一緒にいて」



と、お願いしました。母は、



「お母さん、忙しいから」



と言って、すぐに去っていきました😭


このような母ですが(普通?よそのうちの事はよく分からないから)、愛情が無いわけではなく、だから今、私もこうして生きていられるのだと思うけど、


愛情の表し方?は「支配的」です。


大人になって、自分が程よい距離を持てるようになり、うまく付き合えていると思います。



息子へ

あなたが、大人になって一人になりどうしようもない孤独を感じたとき

必ず母さんのこと思い出して

母さんはすぐにあなたのそばにいき、あなたを抱きしめます。


あなたが、本当に困ったときや、生命の危険を感じたとき

必ず母さんのことを思い出して

母さんは、どんな力を使っても、絶対にあなたを守ります。


母さんの守る力は、すごいんだからね。



皆様 、良い歳をお迎えください。



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発達障がい のことを ちゃんと知りたくて勉強するうちに知ったこと。


発達障がい は 遺伝する。


もともと、息子が のんびり屋さんでぼんやりしていても、私も小さい時にいろいろ遅かったから、似てるなーぐらいにしか思っていなかったけど、遺伝することをしって、いろいろな過去が走馬灯のようによみがえりました。


私は、小学校低学年ごろまでは、何をするにも遅くて、給食もみんなが掃除しているすみで、椅子の上げられた机に囲まれて食べていたし、縄跳びもスキップも鉄棒も苦手で、とにかく鈍くさかったし、忘れ物も多くて、多いどころか、忘れていることさえ気付かないぐらいでした。

忘れもしない、小学4年のとき、教室に掲示されている給食だよりの箸の持ち方をぼんやり眺めていたら、パチンって目が覚めて、イメージでいうと、今までぼんやりしていた世界が、はっきり見えるようになったというか、ぼけたフィルターが一枚なくなったような感じになって、急にいろいろなことが恥ずかしくなって、頑張ろうと思った。

箸を正しく持つこと。

みんなから遅れないようにすること。

忘れ物をしないこと。

身だしなみをちゃんとすること。

など。


とにかく必死に頑張って、ここまで来たけど、私から遺伝したかなー。と思って息子を見ていたら、世の中のみんなは、自分が、脳のなかのある部分を、ぎゅーってして頑張っていることを、そこまで頑張らないでこなせていることが分かってきて、


そうかー、特性だから、そんなに頑張らないでよかったんだ⭐️


と、気づいて、とても楽になった。楽になった分、緊張感がなくなったせいか、いろんな失敗たくさんするようになって、一昨日は、実家と自宅を4往復(車で往復20~30分)。でも、自分の特性だと思うと、あきらめがつくというか、仕方ないなって思って、以前より疲れなくなった。(車で4往復は、普通に肉体が疲れたけど)


まあ、しょうがないか。


と思うと、イライラしないで自分とつきあえるようになった。と思う。いままでは、頑張りすぎてたのが習慣になってたから、当たり前にしてたし、失敗はもっと少なかったけど、



これだけ緊張してたら、周りの人も疲れさせていただろうなって感じる。



一応は、発達障がい と呼ばれることなく生活を送れてきたので、凸凹があっても、普通って言われる範囲なのだと思いますが(?)、発達障がいと定型発達って、どこで区切るのでしょうか?


息子を、こんなに頑張らせなくていいように、リラックスしていられる居場所をみつけられるように、ちゃんと就労できるように、サポートしていきたいです。





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今日は 友達の家で 仲間と 餅つき



子どもたちはいつの間にか、大人から離れて基地作り
大人には内緒だよって案内してくれた😊







やっぱり子どもたちは、何人か集まって、自然の中で放し飼いにするのが よいなーって つくづくかんじました。

近くにある、今年の歳神さまの 馬の神様の いる滝に 1年の 御礼をして来ました。(⬇️馬に見える?)




みんな ありがとう、楽しかったね。

よい歳をお迎えください。




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マイペースな息子ちゃん 小学校に入学して集団生活できるか心配でした。

とにかく 学校がいやにならないようにと思って、ランドセル姿を褒めたり、新しい生活に期待感を持たせてのスタートでした。


入学して3日目、学校からもどるなり、ランドセルを玄関先になげつけ、言った一言


「こんなつまらんところ3年までだ❗️」


なぜ3年?と思いながらも、


「そうか、つまらないか~。じゃあ、とりあえず3年頑張ってその後考えようか。」


と、こたえると、うなずいて、その場は納得した。

それから順調に学校に行っていたので安心していたら、1ヶ月くらいたったある日。
やはり学校から帰るなり、言った言葉



「で、いつ終わる?」


「いつ終わるって何が…?」


「いつになったら自由になれるんだ❗️」


……お母さん、それを聞いてから、とにかくあなたを大学に行かせたいと思うようになりました。
自由はその後で、自分で獲得しておくれ。



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息子が小学2年のとき、突然

「俺は、何のために産まれてきた?」
「母さんは、どうして俺を産んだ?」

と、聞いてきた。そんな詩人みたいなこと考えなくていいと思ったので、息子が難しく考えないですむ事を言おうと、とっさに

「母さん、冬寝るとき寒いから、子ども産んで一緒に寝たら、あったかいかなぁと思って産んだ。」
「あんたは、冬に母さんを暖めるために産まれてきたんだよ。」

と答えたら。怒る、怒る。

「ぬおおおー。なんだとー。そんなことのために俺を産んだだと!俺はそんな事のために産まれてきたんじゃない……。」


「俺は……俺は……


生きるために産まれてきたんだ‼️」


息子よ、適当な母さんで、ごめん。
自分で考えて立派な大人になれよ。

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クリニックからの帰りの車の中では、ずっと涙が止まりませんでした。
「普通じゃない」と言われた事、息子のこれからのこと、ショックで考えがまとまらず頭の中はグルグルでした。
それでも、やっぱり先生のこと何かおかしいと思っていて、先生に対して否定的な感情をもつ自分のことを、これがいわゆる「子どもの障がいを受け入れられないお母さん」というものなのかと考えてみたりしていました。

そして、何日も自分の心の中を見つめて見つめて、とことん見つめて出した結論は、息子が普通じゃないとしても、そのクリニックの先生に今後、息子の事を任せられない。ということでした。そして、再び保健センターへ行き、最初に紹介して頂いたクリニックは合わないので、べつのところを紹介してもらえないかお願いしました。経緯をきかれたので、全て伝えてると、

「S先生は市内の子どもさんをほとんど見ていて…」
「お母さんもショックでしょうが、落ち着いて…」

と、「子どもの障がいを受け入れられないお母さん」扱い。

「私は、うちの子の診断に対して文句を言っているのではありません。うちの子どもが普通じゃないならそれでいいです。それをを認めていないのではなく、S先生がどんなに立派な先生でも、今後かかる気はないので、とにかく違うところを知っているなら紹介して欲しい。」

と伝えても、

「ほかに、なかなか見てくれるところはない…」
「お母さん、もう少しかかられて、様子を見て…」

など、話が通じない。それでもおれないでいたら、最初に対応された方は、困った様子で奥の人に相談にいきました。それで、また最初から説明をして、ようやく隣の市にある障がい児専門の病院を紹介していただきました。


途中までしかできなかった「田中ビネー」は、初日に、続きをしたのか、後日したのか
記憶にないのですが、とにかくその最初のクリニックで最後まで受けています。

まだまだつづく…

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息子が、初めて発達のことで診察を受けたのは年長のとき。

個性的だったことや、「何か出来るようになる」ことがまわりの子どもより、なんとなく1年くらい遅れている感じがしていたので、小学校入学に不安を感じてのことでした。

診察の日、子どもながらに何か不安を感じるのか、お気に入りのウレタンで手作りしたかいじゅう3匹をリュックにつめこみ
「ついてきてもらう」
と背中に背負って行きました。

病院につくと、診察の前にまず心理テストをするとのことで、担当の方に 「田中ビネー」をしてもらいました。テストの部屋は待合室のすぐ隣で ガラスのドア1枚で仕切られているのみでした。途中息子は、部屋をでて、私のほうにやってきました。
「おわったの?」
ときいてもなにもいわないので???
と思っていると、担当の方が部屋からでてきたので、
「終わったのですか?お部屋に戻るようにいいますか?」
ときくと
「そのままで」
といわれたので???のまま過ごしました。

そのあと、医師との面談で、診察室に入るなり、
「こんな子が、普通な訳ないでしょう。今まで気付かないなんて、お母さんもおかしいのね。」
といわれ、びっくりして
「え?」
と聞き返すと、
「お母さんも、人の話がきけないのね。」
「あなたの息子おかしいから、テストもちゃんと受けられなかった。」
いろいろな患者さんのカルテのようなものを何枚も見せられ、
「こういう子も、こういう子もみんな私のところに相談に来る。」
「わたしのところじゃないと、直せない。」

など、一方的に話しをしてきていました。私は、ショックで、頭が回転しないながらも、何か違和感を感じていました。しかも、この時息子も同席していて、息子の前での発言です。

当時A県で3本の指に入ると言われるくらい、権威のある先生だと聞いていました。

つづく…

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このブログを、覗いてくれる方は、子どもの発達に少しでも心配を持たれている方々かな~。

と考え、知っていると役に立ちそうな情報を少し。

発達障がい児の支援者のための勉強会で聞いてきました。



学校に配慮をお願いした時に、


「……くんだけ特別扱いは出来ない」


そう言われた経験はありませんか?


感情論で伝えても、話が前にすすみません。

合理的配慮として、お願いしてみましょう。


合理的配慮とは、

障がいがあるためにおこる問題の解決を、各人の自助努力だけに求めるのではなく、社会的環境を、論理にかなった適切な変更や調整をすることによって解決するというものである。


平成23年度 障がい者基本法の改正により、「差別の禁止」項目の第4条第22項に、


「社会的障壁の除去は、それを必要としている障がい者が現に存し、かつ、その実施に伴なう負担が過重でないときは、それをおこたることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がなされなければならない。」


と、合理的配慮がなされない場合は差別であると規定された。(発達障がいも含みます。)


これによって、国、県、市町村は、その役割に応じ、障がいのある子どもにあった支援を整備しなければならない義務をおいました。


今は実施に向けての準備段階(実質的には違憲状態)ですが、平成28年度より、法的な根拠のもとに、合理的配慮がなされるよう予算が学校におりるようになるらしいです。


この基準を知っていると、学校と話し合いがしやすくなるかとおもいます。


全国LD親の会のページの学校におけるユニバーサルデザインについて
http://www.jpald.net/research/universal_design.html


高校入試における文科省のだしている合理的配慮について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/054_2/shiryo/attach/1283071.htm


文科省の出している合理的配慮の例
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1297377.htm



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これから、発達にでこぼのある息子との甘い生活をつづろうと思います。
何から書けばよいのやら、ですが、まずは、昨日のマラソン大会のエピソードを…

昨日は、息子のマラソン大会でした。

1年生のときはどべ2
2年生のときはどべ(しかも、1,2年合同で走った順位が❗️)

昨年の落ち込みかたは凄かったので、不安に感じながらも、今年は高学年(4年生)と合同だから、まあ、最後でも去年よりは落ち込まないだろうと安心していました。

そして、結果はどべ2でした。

長距離はお腹が痛くなっちゃうからという理由で嫌いで、「ドベだったらやだよ~」と大会前から言っているので、「じゃあ、母さんと練習する?」ときいても努力も嫌いな息子。それでも、順位が低いと落ち込むんです~。

「お腹痛いのに、最後まで走ってえらいね。」
「一生懸命走ってた顔かっこよかったよ。」

などと伝えているうちに、笑顔がではじめ言った言葉、
「おれ、母さんが見とらん場所で、すごいお腹が痛かったから、止まって手をあげて、
「ヘイ、タクシー」
って言っとっただよ。」
「それ、みんな見てた?」
「うん、先生には「そんな元気があるなら走りなさい」っていわれた。」

それぐらい苦しいんだということを、つたえたかったらしいが、息子よ、その表現では君の苦しみは伝わらない…。

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