こんにちは、ブログお久しぶりの松浦です。
今日は、3月31日から4月1日にかけて参加した、
野口健と行く復興地応援ツアー
について、ご報告します。


今回のツアーは、震災発生直後から支援活動を続けている、アルピニストの
野口健さんと一緒に、
北上川のがれき撤去や座談会、大川小学校や女川町の訪問を行うというものでした。
NUTSからは、松浦と江波戸の2名が参加しました。


朝7時に新宿駅西口を出発し、バスで宮城県へ。
途中で数回サービスエリアに寄り、14時30分過ぎに北上川へ到着しました。
北上川は良質なヨシが採れることで有名なのですが、東日本大震災による津波の影響でがれきの下敷きになってしまい、壊滅的な打撃を受けていたのです。


当日は雨の予報で、午前中は土砂降りだったのですが、私たちが到着するころには小雨になり、何とか1時間強作業することができました。
ヨシ原には家屋に使用されていたであろう木材やコンクリート、電灯やタイヤのホイール、倒木など、とにかくいろいろなものが散乱していました。
たったの1時間ちょっとで、こんなにも多くのがれきが集まりました。

 


作業後は野口健さん、そして何度も被災地に足を運び、支援を続ける泉椿魚さんによる座談会が開かれました。
今回僕はスタッフでの参加だったので、ゆっくりお話を聞くことができなかったのですが、

「今回『復興地応援ツアー』という名前を付けるにあたり、各方面から批判の言葉を多く頂いた。
確かに、震災の爪痕を色濃く残している被災地を訪れて観光をするなんて、不謹慎だと思う方も多い。
しかし、港が活動を再開し、それに伴って地元の飲食店も店を開き始めている中で、地元の方がふるまってくれる地元の料理を美味しく頂くことも重要な復興支援であり、元あった街の営みを取り戻していくことも考えなくてはならない。
だから僕は、あえて『ツアー』という言葉を使ったんだ」

という健さんの言葉が、強く印象に残っています。


2日目は、津波で大きな被害を受けた吉浜小学校、大川小学校を訪問しました。
どちらの小学校も、ほとんどの窓ガラスが割れ、教室の中もめちゃくちゃ。
廊下、階段、教室まで砂だらけです。

  

数多くの生徒、職員の方々が亡くなり、震災発生直後の対応について色々な意見が出ていますが、
海から5kmも離れている場所で、しかも震度7というとんでもない揺れの後で、当時の先生方の精神状態は想像もできません。
ただただ呆然と校舎を、そして何もなくなってしまった学校の周囲を見つめることしかできませんでした。


その後は現地の観光協会の方や現地で商店を営む方のお話を聞き、地元の海産物を食べ、
高政の蒲鉾をお土産に買って東京へと向かいました。
バスの中では、ツアー参加者の感想や意見の交換を行いましたが、
「この一回で終わらせることなく、たとえ現地に行くことができなくても、何か一つでも続けていくことが重要」
という考えを持っているようでした。



今回のツアーで僕が強く感じたことは、
「被災された方の気持ちは、被災された方にしかわからない」
ということです。

被災地を訪れた知り合いに話を聞くと、必ずと言っていいほど
「思っていたよりも現地の方は元気だった」
「もっと沈んだ雰囲気だと思っていたが、想像していた以上に活気があった」
などの声を聞きます。
テレビでも、辛い中でも頑張っている方の映像がよく使われます。
今回のツアーでも、観光協会の方も、商店の方も、どなたもみんな明るく、笑顔で話してくださいました。

しかし、その誰もが津波で家が流されたり、家族が奪われたり、友達を大勢亡くしたりしているのです。
僕は20年生きてきてまだ大切な人を失うという経験をしたことがないので、自分の大切な人、大切なものを突然、しかもたくさん奪われた方々の気持ちは想像もできません。
その悲しみを乗り越え、笑顔で話せるようになるまでの苦悩もはかり知れません。
そんな僕たちが、物知り顔で「お気持ちはわかります」なんて、口が裂けても言えないと強く思いました。

ただ、「わからない」ことと「わかろうとしない」ことは全く違います。
震災が起きて一年が過ぎ、「今さらだなぁ」という思いもありましたが、まだまだやらなければいけないことはあるし、お手伝いできることもたくさんあると感じました。
実際に訪れないと、目で見ないと、お話を聞かないとわからないことも沢山あると知りました。
スタッフとして参加しましたが、本当に沢山のことを得た、感じた2日間でした。